チフネの日記
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2012年10月21日(日) わかってもらえない話 跡→リョ

ベンチで退屈そうに欠伸をしているリョーマに、
「ほらよ」と跡部はファンタのペットボトルを差し出してやった。

「サンキュ」
「心が篭ってねえ言い方だな」
「でもさっきのゲーム、取った方が買いに行くって話だったでしょ。
そんで勝ったのが俺」
「可愛くない言い方だな。ったく、青学の連中はどういう教育しているんだ」
言ったって聞かないだろうと諦めつつも、跡部は愚痴を零した。
リョーマは聞いていないかのようにファンタを美味しそうに飲んでいる。

「休憩したらもう1ゲームやるぞ。次は俺が勝ってやる」
「それは無理。次も俺が勝つよ」
「お前なあ。俺をなんだと思っているんだ?ああん?」
「サル山の大将」
「いい加減そのネタ引っ張るの止めろ」

二人が会話している間に、周囲からくすくす笑い声が聞こえる。
携帯のカメラのシャッター音も。
決して馬鹿にされているわけじゃない。むしろ、その反対だ。

「あのさ。ゲームやる前にあれ、なんとかしてくれない?」

あれ、とリョーマがフェンスの向こうを顎で差す。
「なんだよ。気が散って集中出来ないとか言うんじゃないだろうな?
そんな言い訳通用しないぜ」
「そうじゃなくてあんたがちょっとでも相手してやればどっか行くんじゃないの。
ちょっとでも静かになった方が良いし」
「お前は俺に生贄になれと言うのか」
「そんな大袈裟なものじゃないでしょ。大体あれ、あんたのファンってやつじゃないの?」

コート周辺にいる女の子達はたしかに跡部目当てで来ている。
どこからこの場所が漏れたのかわからないが、先週リョーマと打った時よりもギャラリーが増えている。
放っておくと次はもっと増えるだろう。
これで嫌になったと、リョーマが会うのを止めると言い出したら厄介だ。
仕方無いと、跡部は立ち上がってフェンスの方へと向かった。

近付いて来る跡部を見て期待半分、何言われるかと身構えるの半分という女の子達に、
「お前ら、どっか行け」と跡部は言った。

「こっちは遊びで来ているんじゃねーんだよ。
テニスをする気がないのなら帰れ。というか、俺様の視界から消えろ」

その言葉に皆、さーっと引いて行く。
何あれ、偉そうにという声も聞こえた。
明日にはこの噂が広まって、見学に来る者も減るだろうなと思った。
だけどそんなことはどうでもいい。
折角、青学のルーキー・越前リョーマとテニスが出来る貴重な時間の方がずっと大事だ。
それにしても青学に近いからと、この屋外コートを選んだのだが(リョーマが来るのに楽だと思ってだ)、ギャラリーがこんなに集まるとは思わなかった。
次回からは邪魔されないような所にした方がいいかと考える。
いきなり自分の屋敷に呼ぶのは引かれると思って遠慮してたが、もうそろそろ招いてもいいだろうか。

「あそこまで言えって、言ってないんだけど」
跡部の声を聞いていたリョーマが、不満そうな声を出す。

「なだよ。追っ払ってやったんだぞ」
「あんな言い方だと後で何か言われるかもしれないっすよ。評判も下がったりして」
「別に、構わねえよ」
「はあ。他人事だからいいけど。
ちょっと愛想振り撒いて余所に行って欲しいって言えば、あの人達も引いてくれたんじゃないっすか?
あんたに気があるみたいだったし」
「俺にその気はねえよ」
「ふーん。全然、興味も無いの?」

じっと見詰めて来るリョーマに目を逸らし、「ああ」と頷く。

ここでお前以外に興味が無いと言ったらどんな顔をするのだろう。
わざわざ他校生と毎週待ち合わせてファンタを買ってやる為に、手塚加減してゲームを落としているなんて、好意がなければ出来るはずがない。
リョーマは全くわかっていない。


「……静かになったから、ゲーム再開するぞ」
「いいよ、いつでも」

ニヤッと勝気な笑みを浮かべるリョーマに、(テニス馬鹿)と内心で呟く。

どうやったらリョーマにこの想いをわかってもらえるのか、
それはゲームを取るよりもよっぽど難しい気がした。

終わり


チフネ