チフネの日記
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部員達からの苦情を受けて、リョーマはサーブをする態勢を取った。 そしてフェンスに向かって思い切り打ち込む。
ものすごい音を立てて、ボールがフェンスにめり込むのが見えた その向こう側では軽く体を引いて回避した跡部が、ニヤニヤ笑いながらこちらを満ちる。 ボールを回収する為、リョーマはフェンスへと向かった。
「そこに居られると危ないからどっか行って」 「危なくもなんともねえよ。俺様の反射神経なら、なんなく避けられる」 「……そうじゃなくて、邪魔だって言ってんの。あんたの存在に、皆が迷惑しているんだけど」
うん、うんと青学の部員達が頷いている。 しかしそれでへこたれるような跡部じゃない。
「なんだよ。練習に集中できねえとか、腑抜けた連中だな。もっと精進しろ」 「あんたに駄目出しされると更にムカつく気がする。いいからどっか余所行ってよ。 でないと一緒に帰らないよ」 最終手段を持ち出すと、跡部は未練がましい目をしながら、わかったとその場から退散する。 ほっとしたのも束の間、今度は樹の陰に隠れて見ている。 あれでばれないと思うのか。 いい加減にしろ、と脱力する。 最初の頃、跡部に説教していた手塚も近頃は何も言わなくなった。 何を言っても無駄だという境地に達したのかもしれないが、 そうでない部員達にとってはたまったものではない。
「今日も跡部は絶好調だね」 「不二先輩……」 困っているというより楽しんでいるという顔付きで話し掛けて来た不二に、 「なんとかする方法ってないっすかね」と聞いてみる。 この際、誰でもいい。迎えに来る度フェンスに張り付いてこちらを凝視する跡部を止める手段を教えてくれるのなら、悪魔だって構わない。 「なんとか、ね。僕は気にならないけど」 「俺は、嫌っす」 「そう。だったら彼にも同じ気持ちになってもらったら?」 「え?同じ?」 「自分も嫌だと思ったのなら止めるんじゃないかな」 頑張ってと笑う不二に、そう上手くいくか?とリョーマは首を傾げる。 しかしやってみないことには、何も始まらない。 どんな案でも活用するしかないのだ。
翌日。 タイミングよく青学の部活は休みだったので、リョーマは氷帝へと向かった。 いつもなら自主練習に励むところだが、今日は不二にアドバイスをされたことを実行しようと思った。 (期待はしてないけど……) 良くも悪くも跡部は人から注目を集めている。 誰かから見られることなんて、なんとも思わないだろう。 失敗で終わりそうだなと歩いていると、「リョーマ!」と大声で名前を呼ばれた。
「どうしたんだ。待ちきれなくて会いに来たのか? 言ってくれれば今日の練習は休みしてやったのに。今から休みだって連絡回すか」 「何言ってんの。とりあえず、離せ」 いきなり抱きついて来た跡部に、こんな所で見付かるなんてと、舌打ちする。 出来れば練習時間まで知られたくなかった。 「けど、俺に会いに来たのは事実だろ? 他に相手がいるっていうのなら、そいつを今すぐ締め上げてやるだけだ」 「そんなんじゃない!えーっと、そう!どんな練習してるのか分析しに来た」 「お前が?」 「そうっすよ。悪い?」 「いや、悪くはないが……。まあ、いい。 だったら特等席で俺様の華麗な姿を見せてやるぜ」 「特等席ってどこ」 「コート内にあるベンチだ」 「却下」 バカじゃないのと、リョーマは額に手を当てた。 他校生をコートに入れて見学させるなんて有り得ない。 「どうせ見るなら近くがいいだろう。大丈夫だ。俺が許可する」 「許可とかそういう問題じゃない!俺はコートの外から見学させてもらうから」 「それじゃ一緒にいられないじゃないか」 「……当たり前でしょ。あんたは部活に行って。さぼったら怒るから」 「仕方無えな」
ようやく跡部を追い払ったところで、息を吐く。 今のやり取りだけで、なんだか疲れてしまった。 もう帰りたいと思ったが、折角ここまで来たんだからと言い聞かせて、リョーマは氷帝テニス部のコートへと向かった。
氷帝はレギュラー専用のコートと、準レギュラーと他の部員達とのコートが別れている。 人数が多いのも大変だねと他人事のように呟いて、レギュラーがいるコートへと移動する。 もたれるのにちょうど良さそうな樹を見付けて、そこに背を預けて跡部を捜す。 目立つから、すぐに見付かった。 他の部員に指示している所だ。 熱心な様子に、(あの人も部長をやっている時は、まともなんだけどなあ)と考える。 普段の言動がおかし過ぎるけど、さすがに氷帝の部長としてコートに立っている時は、きちんとした対応をしている。 いつもそうしてくれ、とリョーマは思った。 それが聞こえたわけじゃないだろうに、ふと跡部がこちらを向いた。 視線が合ったのは、一秒か二秒くらいか。 すぐに跡部は他の部員の方を向いた。 (良かった。あそこで名前呼ばれたりしたら、どうしようかと思った) こっちに来いとか言い出さずにいて、良かった。 驚くくらい、跡部の態度は普通だ。 ほっとしながら観察を続ける。
同じことをしてみたらと不二は言っていたが、 さすがにフェンスへ齧り付くような真似は出来ない。 こうして遠くから見ているだけって、やっぱり効果無いよなあと考える。
やがてコートに入った跡部が、ボールを上げた。 サーブはネットを越えず、地面へ落ちた。 ミスか、珍しい。それとも新しい技の開発中なのかもしれない。 そのままぼんやりと跡部を見ていると、「越前やんか」と声を掛けられる。 「あ。忍足さん」 「どないしたんや。そんな所で。 跡部を待つなら、中に入ってベンチに座ったらどうや?」 この人も同じことを言うのか、と肩を落とす。 「俺、他校生なんだけど」 「跡部が許可するんやから、ええやろ。遠慮する気持ちはわかるけどな。 でもそこに居ると集中出来んで困るんじゃないか」 「え、誰が」 「決まっとるやろ」 ニヤッと笑って、忍足はコートを振り返る。 するとこっちを凝視して突っ立っている跡部と目が会った。
「おー、怖っ。俺は退散するわ」 「ちょっと」 忍足が離れるのと同時に、跡部がすごい勢いでこっちに走って来る。 「リョーマ!」 ほとんどフェンスに激突しそうな勢いに驚いていると、 こっちに来いというように手招きされる。 「何?」 「やっぱり、中に入って来い。嫌なら部室行って待ってろ」 「あのさ、俺は視察に来ているんだけど」 「そんなのただの口実だろ。頼むからそこに立っているのは止めてくれ。 誰がお前にちょっかい掛けてくるかと思うと、テニスに集中出来ない。 このままだと部長としての威厳が無くなりそうだ」 あんたに威厳ってあったの?と言いたかったが、 必死な様子に顔を立ててやるかと思い直す。 これでも氷帝の部長だ。部長がこれでは、部員達が動揺するだろう。
「わかった。部室の方へ行く。でも」 「でも、なんだ」 「あんたもこれから青学に来る時は大人しく車の中で待ってろよ。 見てるだけでも練習の邪魔になるって、これでわかったでしょ。 条件を飲まないと、ここから動いてやらない」 「わかった!わかったから!頼むから移動してくれ」 「約束したからね」
わかった、と大きく頷く跡部に、仕方無いなと肩を竦める。 レギュラー専用の部室に置いてあるソファの寝心地は最高だ。 どうせならそっちで横になっている方が良いに決まっている。 いつも出入りしている為、入り口のパスワードもわかっている。 「じゃ、行くよ」 「おう」 ほっとした顔をする跡部に、軽く手を振って歩き出す。 不二の言葉に期待せず乗ったわけだが、結果として成功したようだ。
(これで大人しくなってくれればいいんだけど)
もし理解してくれなかったら、休みの度に氷帝に来てやるまでだ。
ふと振り返って、再び練習を始めた跡部を見詰める。
立ち止まった気配に気付いたらしく、思い切り空振りしてしまう。 バツが悪そうにしている跡部にくすくす笑って、 またすぐに背を向けて歩き出す。
(見られて動揺するなんて、可愛いところもあるじゃん)
そうさせるのは自分だけだと思うと、気分がいい。 良いアイデアを出してくれた不二に、明日お礼を言おうと想いながら、今度こそ部室へ向かった。
チフネ
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