チフネの日記
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部活も学校も休みだというのに、リョーマは制服を着て外出していた。 バッグの中にはお弁当も入っている。 それでいて、向かうのは学校ではない。 跡部の家だというのだから、妙な感じだ。
(あの人、一体何考えてんの)
家への誘いはいつものことだ。 広々としたテニスコートと美味しい食事や菓子が用意されるので、それについては文句はない。 おかしいのは、跡部の言動だけだ。
『明日、制服を着て来いよ。あと、弁当も持って来い』
意味不明な言葉に、「何それ」と聞き返しても、跡部は教えてくれなかった。 何故、休みの日にわざわざ制服? 疑問に思うリョーマ『いいから着て来い』と跡部は命令口調で言った。 「理由を話してくれないのなら、着ていかないよ」 『明日、話す』 「今、聞きたいんだけど」 『色々複雑な事情だ。電話では説明できねえな』 嘘付け、とリョーマは思った。 跡部がこういうことを言い出すのは、大抵しょうもない理由だ。 それで何度ケンカになったかわからない。 しかしここで引かないと、ごねて大変なのはわかっている。 すっぽかすのは簡単だが、その後青学にずっと通い詰めてフェンスに張り付き「何故、来てくれなかったんだ」と延々と訴えるという嫌がらせをする。 はっきり言って、性質が悪い。
リョーマは、一旦折れることにした。 制服着て行く位なら、どうってことはない。 まだマシな部類の我侭だ。 「わかった。でも明日、ちゃんと説明はしてくれるよね?」 ああ、と跡部は満足そうに言った。 そして弁当も忘れるなよと付け加えて、会話は終わった。
弁当持参、という意味もわからない。 跡部の家で働いている人達が、一斉に休みを取るというのか。 いや、それにしても変だ。 食事を出せないとしても、外に注文するとか食べに行くとかいくらでも選択肢はあるはず。
(もしかして、庶民の味を食べたくなったとか??)
いつも食事は跡部が用意してくれる。 それを文句言われたり、何か請求されたことはなかったが、 たまにはリョーマが普段食べているものがどんなのか、興味を持ったのかもしれない。 だったらそう言えばいいのにと思いながら、母親に少し多めの量の弁当を作ってもらうように頼んだ。
「よく来たな、越前」
待ってたぞと、ご機嫌な様子で出迎えてくれた跡部に、リョーマは目を瞬かせた。 跡部も制服姿だ。 学校に行くわけでもなのに、氷帝の制服を着ている。 一体、なんだ。目的がわからない。 しかも屋敷内にはいつも通り働いている人達がいる。 弁当を用意する必要ってあったのか?と疑問に思うリョーマの腕を引っ張って、 「昼食にするぞ」と、跡部は言った。 約束した時間は正午ちょっと前で、お腹は空いている。 だけど何かよくわからないがテンションが高い跡部に不安になる。
(こういう時、ろくな展開にならないんだよね)
いざとなったら、逃げよう。 そうしようと、リョーマは若干引き気味に、跡部の後ろを歩く。
連れて来られたのは、ガーデンテラスだった。 テーブルには何故か重箱とお茶が置かれている。しかも、一つだけ。 跡部の分の昼食だろうか。 ぼんやりと眺めていると、「座れよ」と、跡部が椅子を引いてくれた。 「弁当持って来たんだろ。出せよ」 「あ、うん……」 反射的に頷き、バッグの中から弁当を取り出す。 何これ。庶民の弁当との比較がしたいのか? だとしたら悪趣味と思いながら、蓋を開ける。
「いただきます」 この際、跡部のことは気にしない。いないものとして弁当を食べよう。 箸を持っておかずを掴もうとすると、「それ、美味そうだな」と言われる。 「は?」 「一つ、もらってもいいか?」 「え、なんで」 あんた、すごく立派な重箱用意しているじゃん、と思った。 それなのに人のおかずを欲しがる理由がわからない。 しかし跡部は、「俺の弁当からも、欲しいのがあったら持ってっていい。 だから、それくれ」と言う。 弁当っていうレベルじゃない料理の数々をこちらに見せて、「なんでもいいぞ」と言う跡部に、 リョーマは「いいけど」と頷いた。 「そうか、じゃあこれ貰うな」 跡部は白身魚のフライを一つ抓んだ。昨日の晩御飯のおかずと同じものだ。 弁当を作って欲しいと言った為、母は多めに揚げて取っておいてくれた。 「うん、美味いな」 跡部が食べているものほどでは無いと思うが、妙に嬉しそうに美味い美味いと頷いている。 しかしそれは一度切りでは終わらず、他のおかずも交換して欲しいと、次々要求される。
(だったら重箱と俺の弁当を交換した方が早いんじゃない?) なんでこんな回りくどいやり方をするのだろう。 面倒くさいと思いつつ、リョーマは跡部の重箱から遠慮なく料理を口へ運ぶ。 これを食べることが出来ただけ、良かったと思うしかない。
「で、一体なんなの。制服来て、弁当食べて、意味あるの?」
全てを食べ終わってから、お茶を飲む間に説明を聞くことにした。 もっと何か裏があるがあるかと思えば、食べて終わっただけ。 拍子抜けだ。 跡部の頭の中を理解出来たことは無いが、せめてどうしてこんなことをしようと思っただけかは聞いておきたい。
問い掛けに、「なんだ鈍いにも程があるな」と、跡部はどこか勝ち誇ったように言った。 イラッとさせられたが、「普通はわかんないよ」と答える。 「しょうがねえなあ。この状況見てもわからないのかよ」 思わずそこの重箱の蓋で殴りそうになったが、ぐっと堪える。
「いいから、教えてくれない?」 「ああ、わかった。まず、俺達は普段別々の学校に通っている」 「うん」 「学校で一緒に昼食を食う機会はない」 「うん」 「そういうわけだ」 「どういうわけだよ」 わかるように言ってくれ。 目で訴えると、跡部はやれやれというように首を竦める。 やっぱり殴ってもいいかともう一度思ったが、そこも我慢する。 こうして人は大人になっていくのかと、ぼんやり考えた。
「校内で待ち合わせをして昼食を取ることも出来ないよな。 お前にそんな寂しい思いをさせているんじゃないかと思って、せめてもの演出だ。 少しは満足したか?」 「満足って……」
寂しい思いはしていない。 むしろ跡部がいない方が静かだとは、口にしなかた。 騒がれてもも面倒くさい。
(ああ、でもそういうことか)
ここまで来て、ようやくわかった。 どうせ氷帝で仲良くお弁当を食べている恋人達を見て、羨ましくなったのだろう。 しかし別々の学校に通っている自分達には永久にそんな機会は訪れない。 だったら擬似的でもいいからと考え、制服を着て来いだの、弁当を持って来いだの言い出したわけだ。 休日だけど、跡部の頭の中では「お昼休みに待ち合わせて、恋人と一緒にご飯を食べている」という図に変換されているらしい。
なんていうか、しょうもない人だと思う。 それに付き合っている自分も、同じ位変わり者だ。 フッと笑うと跡部が「どうした?と不思議そうな目をして、顔を覗き込んで来た。
「いや、跡部さんらしいというかううん、意外かな。 あんたなら氷帝の制服を作らせるくらいはやるかなと思ったから」 適当な言葉を述べたのだが、跡部はショックを受けたように固まってしまった。 「跡部さん?」 「それだ!」 「え?」 立ち上がって跡部は「そうするべきだった!」と声を上げる。
「お前が氷帝の制服を着れば、校内でも堂々と一緒に居られる。 何故それに気付かなかったのか。チッ、俺としたことが……」 「あの、もしもし?」 「だが安心しろ。望み通り制服はすぐに用意させる。 明日にでも出来上がるだろ。昼休みには間に合うな。 よし、まずはサイズを測らせろ」 「……何考えてんの。氷帝にも行かないよ」
そこから跡部の暴走を止めるまで、時間をかなり費やすことになる。 余計なことを言うんじゃなかったと、リョーマはかなり後悔した。
しかし跡部が校内で一緒に弁当を食べるという野望を諦めるはずもなく、 後日青学の制服を着て現われ、ちょっとした騒動を起すことになる。 リョーマがそれを知るのは、もう少し先のことだ。
終わり
チフネ
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