チフネの日記
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2012年10月04日(木) 誕生日の話 跡リョ

リョーマが怒るのはいつも自分の言動が原因だ。

突如切られた通話に、またやったと跡部は後悔した。
すぐに掛け直すが、繋がらない。
電源を切ったのかと肩を落とす。
謝罪に出向くしかない。それでリョーマに許してもらおう。いつものパターンだ。
でも今日だけはそんな余裕はない。

(馬鹿だ。……わかっていたはずなのに、リョーマに酷いことを言った)

誕生日にケンカなんてしたくなかった。
会えないのなら尚更だ。
跡部の誕生日には客を招いて盛大なパーティーが屋敷で行われる。
ただの誕生日パーティーではない。
仕事や家の繋がりといった利益が絡んだものだ。
これまでなら割り切って顔を出していたが、今年は事情が違う。
なにしろ口説いて口説いてやっと付き合えた恋人がいる。
二人でささやかなお祝いをして過ごしたいという人並みの願望はあった。
だがそんな我侭が許されるはずがない。この家に生まれた者としての責任は負うべきだと理解している。
ごめんな、とリョーマに謝ったとき、「仕方無いっすよ」とドライな言葉が返ってきた。
強がっているわくでもなく、誕生日に過ごせなくても問題ないという顔に、
がっかりしたことを覚えている。
それでも一緒に居たかったと、愚痴を零してから止まらなくなった。

面倒くさい。お前と二人きりで過ごしたいのにと何度も何度も跡部はそんな事を口にした。
その度にリョーマは「はいはい。でもどうしようも無いでしょ」と流していた。
だけど今日、部活に行く前のリョーマに最後だからと電話して掛けたのは失敗だった。

「今から家へ帰るが、パーティーなんて出たくねえ。青学に行ってお前の顔を見たい」
「何言ってんの。さっさと帰りなよ。準備だってあるんでしょ」
そっけない言い方にもう少し残念に思ってくれてもいいのにと拗ねた気持ちになった。

だからつい、「なんだよ。俺のことなんてどうでも良さそうだな。
誕生日なんて祝いたくないと思っているのか」と言ってしまった。

「それ、本気で言っているんすか?」
低い声に、しまったと思った。だけどもう遅い。
「俺がいつどうでもいいなんて言った?
大体俺がパーティーなんて行くの止めて、一緒に居たいって言ったら困るのはあんただろ!
なのに祝いたくもないとかよく言えるね。
ふざけんな!」

一方的に言って、通話は切られた。

(怒っていたよな……)

当然だ、と跡部は思った。
どうでもいいなんて言うべきじゃなかった。
好きでもない相手と付き合うような奴じゃないことはよくわかっている。
そっけなくしていたのは、跡部に家の用事を優先するよう促していたからだ。
リョーマ本当はお祝いしたいと考えていたかもしれない。
でもそれは口に出せない。
言えば跡部は困るだろうし、行動に移したら立場が悪くなるのはわかっている。


(何やっているんだ。俺は最低だな……)

謝罪に行く時間すらないのが恨めしい。
車のドアを開けて待っている運転手を見て、力無く前へと進む。
明日は朝一で謝罪に行こう。
こんな朝早くから何やってんのと、また怒られるかもしれない。
それでも許してくれるまで謝るつもりだ。
いつだってそうやって、仲直りしてきたのだから。













家へ到着するとパーティーの準備はほとんど終わっていた。
後は来客達が来るのを待つのみだ。
着替えをする為に跡部は自室へと向かう。
この日の為に用意されたスーツに身を包んで、跡部家の一員として相応しい振る舞いをしなければならない。
馬鹿らしいがこれも務めだ。
せめてこの位はこなしておかないと、またリョーマに叱られる。
言いたいことを飲み込んで素っ気無い態度を取り続けていたのは、跡部に責務を果たせるためだった。
だだをこねている場合じゃないと今更ながら気付かされる。

髪型を整え直したところで、ノックの音が聞こえた。

「なんだ」
「景吾様。お客様がお見えになっています」
「誰だ。まだ始まる時間じゃないだろ」
どこぞの家のお嬢様が媚を売る為に早くやって来たのかと、顔を顰める。
しかし「いえ、越前様がどうしてもと言って来ています」の声に、部屋を飛び出す。

「あいつはどこだ!?」
「ここにいるけど」
使用人の後ろからひょこっと出てきたリョーマに、跡部は目を見開く。

「リョーマ!?」
「景吾様。あまり時間はございません。ご注意ください」
一礼して使用人は去って行く。
ここまでこっそりリョーマを連れて来たのには感謝するばかりだ。
事情をよくわかっている者だから、跡部の為にするべきことだと判断したに違いない。
リョーマを部屋に引き入れて、ドアを閉める。
そして「部活はどうしたんだ」と尋ねた。
本当ならまだ練習時間のはずだ。ここに居るということは、部活をさぼったということになる。


「用があるって早退した。
けどさぼりだってバレているから明日グラウンド100周かも」
どうしてくれんのと笑うリョーマに、「だったらなんでここに来たんだ」と返す。
「……お前、怒っていたんじゃないのかよ」
「怒ってるよ。今だって。
けど誕生日にケンカするのもなんか嫌だし、だからここに来た。
俺の所為で不機嫌な顔を晒してパーティーに支障出るのもまずいかなと思って」

ハイ、とリョーマは肩に掛けたバッグから包みを取り出して跡部の手に渡す。

「俺にくれるのか?」
「他に誰がいるんすか。
まあ、俺の少ない小遣いで買えるようなものなんて限られているから、大したもんじゃないけど」
「いや、嬉しい。その、お前の気持ちが」
まさか用意してくれているとは思わなかったから、嬉しさで顔が赤くなる。

こちらの顔を見て、リョーマは小さく笑った。
「本当は明日渡そうと思っていた。
……祝う気持ちはあったよ。だからどうでもいいなんて、言わないで欲しい」
「リョーマ!」

感極まって抱きつこうとした所を、するりと逃げられる。
「おい、何故逃げる」
「スーツ、皺になったら大変でしょ。それに時間ないって言ってたよね?」
「キスするくらいの時間はある」
「馬鹿言っていないで、早く行きなよ。主役が遅れたら格好つかないよ」

俺は帰ると言って出て行こうとするリョーマの腕を掴んで、引き止める。

「あのさ。今はこんなことしている場合じゃ」
「ごめんな」

素直に謝った跡部に、リョーマは目を丸くする。

「お前に酷いことを言った。
祝いたくないなんて、決め付けて悪かった」
「もう、いいよ。あんたがだだ捏ねるのはいつものことだってわかってる」

穏やかに言うリョーマに、やっぱり離したくないなと考える。
どうして自分は一番祝って欲しい人がいないパーティーなんて出なければいけないのだろう。
理不尽だ。

だからつい、
「我侭、もう一個言っていいか」という言葉が零れた。

「え?」
「やっぱり今日、少しの時間でもいいから、お前と過ごしたい。
こっちが終わったら、家に行ってもいいか?」
「終わってって、何時に来れんの?」
「日付を越えることはないだろ」
「さすがに寝てるよ」

笑ってリョーマはドアを開けて、そして振り向く。

「まあ、起きている間に連絡が来たら、もうちょっとだけ待ってやってもいいけど」
「リョーマ!」
「じゃ、頑張って」

再び捕まえようとする前に、リョーマは出て行ってしまった。
それでも待っていてくれると言ってくれたのが嬉しくて、顔がにやけてしまう。

用意は済んだのかと確認しに来た使用人に指摘されるまで、
跡部の顔の筋肉は緩みっぱなしだった。

その後、お開きになると同時にメールを送り、車をすっ飛ばして越前家へと向かう。

出迎えてくれたリョーマはほとんど眠りそうになっていて、話もままならない状態だったけど、
ろれつの回らない声で「誕生日、おめでと……」と言ってくれた。
それだけでも、今年は良い誕生日を迎えたなと思った。


終わり


チフネ