チフネの日記
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2012年08月10日(金) |
lost 悲劇編 43.越前リョーマ |
さっきから外を眺めている千石に、 「もうすぐ晴れるよ。外ばっかり見ても仕方無いでしょ」とリョーマは言った。
「折角の門出なんだから晴れますようにって祈ったのに効かなかったー。 ごめんね、リョーマ君」 「いや、千石さんの所為じゃないから」 天気がどうなんて関係ない。 飛行機さえ飛べばそれで良かった。
八月某日。 今日はリョーマがアメリカへと出発する日だ。 千石と青学の先輩達が一緒になって見送りに来てくれた。 個人戦の方も終わったから皆で見送らないとね!と言ったのは菊丸だ。 湿っぽいのはパスと、以前のリョーマなら断っていただろう。 でも今は、先輩達の好意を素直に受け取れる。彼らのことを大切に思っているからだ。
「おチビ、俺のこと忘れちゃ嫌だよー!向こうでも頑張ってね!」 「英二、ここで騒いだら他の人にも迷惑だろう。皆、見ているぞ」 「向こうに言って、根を上げて戻って来るんじゃねえぞ」 「海堂の今の台詞は照れ隠しも入っているな」 「ハハッ、マムシの野郎、普通に挨拶くらい出来ないのかよ」 「なんだと、桃城!」 「こら、お前達止めないか! そうだ、越前。タカさんから店の手伝いがあるから来られないけど、よろしくと頑張れって言っていたぞ」 大石の言葉に、「ありがとうっす」とリョーマは頷いた。 乾を挟んで、海堂と桃城はまだやり合っている。どっちも頑張れと声を上げる菊丸を大石が窘める。 いつもの光景に、なんだか安心してしまう。
「越前」 「あ、不二先輩」 穏やかな笑みを浮かべて、不二が話し掛けて来た。 「向こうに行っても、きっと沢山の壁にぶつかるとは思う。 だけど、負けないで。僕との勝負もまだついていないんだからね。絶対、再戦しよう」 「わかっているっす」 その答えに不二はよろしいというように、頭を撫でてきた。 きっと投げ出したりしたらものすごく怒るだろうなと、想像する。 だけど決して逃げるつもりはない。 その位の覚悟を抱いて、行くのだから。
「ほら、千石。君からも声を掛けてあげないと、越前待ってるよ?」 まだ外をを見ていた千石の首根っこを掴んで、「はい」とリョーマの前に投げ出す。 「不二君、乱暴!俺はまだ心の準備出来てないだけなのに!」 そう言ってから、千石は困ったように頭を掻いた。 「わかっていたけど、リョーマ君がいなくなるのはやっぱり寂しいよ。最後までこんなこと言ってごめん。 でも、リョーマ君が望む道を歩んで行くのを嬉しいとも思ってる。 君はやっぱりコートに戻るべきだと思うから」
頑張って、と言った千石の声は掠れていて、泣くのを堪えているのだとわかった。
「うん。ありがとう」
本当に千石には世話になった。友達でいてくれたことに感謝してもし切れない。 記憶を失くした自分も、きっと同じように親しみを感じていたはずだ。
「それでさ、リョーマ君」 「何?」 「俺、お節介だったとわかっていても今日のことを跡部君に連絡しちゃったんだよね。 やっぱりこんな形でお別れするなんて無いと思って。 だから出発ぎりぎりまで待っててくれない?もしかしたら来るかもしれないでしょ」 千石の言葉に、リョーマは笑って「来ないよ」と答えた。 「え?」 「絶対に来ないよ」 「なんで?それってどういうこと?」 「千石さんには話してなかったけど、あの時待っている人との所に戻ってって、言ったんだ。 それで納得しているみたいだった」 「リョーマ君……」 「千石さんにも跡部sんは行くとは言わなかったんでしょ。それで正解だと思う」 「でも、まだ跡部君は」 「いいっすよ、もう」
ニッと笑ってみせると、千石はそれ以上何も言えないというように口を噤んだ。 当事者が納得しているのに騒ぎ続けてもどうしようもないと思ったのだろう。
「おーい、越前。晴れてきたぞ!」 「門出に相応しい天気になったにゃ」 「あれ、虹が出てるよ」 「本当だ。珍しいな」
先輩達が見ている方向へ視線を移す。 雲の切れ間から薄く光が差す中、大きな虹が架かっているのが見えた。
『もし、虹を見付けたら……』
こんな時にどうして、と大きく目を見開く。 一緒にいなかったら連絡をして、必ず二人で虹を見る。 そんなの無理と笑い飛ばすことも出来たのに、交わした約束。 今ここで虹を見付けるなんて思いもしなかった。 だけどもう、跡部に連絡することはない。
(ごめん、約束守れなかった)
さよならと虹に呟いて、別れを告げる。
最後まで酷いことばかり言った自分を、どうか忘れて。
チフネ
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