チフネの日記
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2012年08月08日(水) lost 悲劇編 41.跡部景吾

千石は自ら「俺、席外すね」と言ってくれた。
「俺がいない方が忍足君も本音を話しやすいと思うんだ」
そう耳打ちして、去って行った。
千石の後に続こうとしたリョーマに「お前は関係者だろうが」と跡部は引き止めた。
「こいつの話を最後まで聞く義務がある。違うか?」
「……」
忍足は何も言わない。どっちでも良さそうな顔をしている。
まるで関係ないという態度に、ムッとする。誰の所為でこんなことになっているというのか。
しかしまずは言い訳を聞いてからだ。

跡部とリョーマ、そして忍足の二人は会場から少し離れたテニスコートまで歩いた。
決勝が終わったばかりなので辺りには誰もいない。
話をするにはちょうど良かった。
立ち止まり、跡部は改めて忍足の顔を見た。

「なんや。言いたいことがあったら遠慮せんと言えばええやろ。
そうやってじっと見られると落ち着かんわ」
「茶化す場面じゃねえぞ」
「茶化しているわけやない。いちいち突っ掛かってくんなや」
はあ、と溜息をつかれる。
なんでこっちが困らせているようになっているんだよと、跡部は思った。
今回のことでどれだけ迷惑を掛けられたか、忍足は事の重大さに気付いていないのか。
まさか、と首を振る。

「じゃあ聞くが、お前があの女達に指示を出して越前の噂をばら撒いたのは事実なんだよな?」
あの女達、というのは勿論中等部の二人組みだ。

『こうすればジロー先輩が喜ぶからって、そう言ったんです』
『それに忍足先輩だって協力してくれたら嬉しいって』
『だから色んな人にメールして、その度毎に先輩は褒めてくれました』
『ジロー先輩もたしかに喜んでいたから、余計に止められなくなって』
『忍足先輩に言われるまま、続けていました』

お前らの名前を公表されたくなかったら、大人しく知っていることを全部話せと、
跡部の強い口調に本気を感じとった二人は、泣きながら真相を喋った。

「結構あっさり喋りよったな。結局、その程度か」
利用した二人のことを呆れたように言う忍足に苛々させられる。
お前が唆したからだろと言いたいのをぐっと堪えた。
被害者は自分じゃない。リョーマだ。
そのリョーマが黙ったままなので、文句を言いたくても言えない。

「じゃあ、認めるのか」
「そうや。俺があの子らに頼んで噂をばら撒いてもろうた。
ジローが越前のこをと嫌ってるのは知ってたからな。
都合の悪い噂を流したらジローが喜ぶ。詳しい情報を話したら親しくなれるって教えてやった。
実施、ジローも嬉しそうにしてたやろ。
越前が困ればいいって、俺にも言っていたからなあ」
「忍足っ」
「ああ。関係ない話やったな」
忍足は悪びれもせず笑いながら話している。
信じられない思いで、顔をまじまじと見る。

一体、こいつは誰なんだ。
中等部から一緒にチームメイトとして側にいたはずの男が、全く知らない他人のように映った。

「俺は、お前が関わっているなんて信じたくなかった。
あの女達が嘘をついていると今でもそう思いたい。
けど、これが真実なんだな」
「思いもしなかったか?」
小さく笑う忍足に、ぷつっとそれまで堪えていた何かが切れた気がした。

「笑い事かよ!」
胸倉を掴んで叫ぶ。
するとそれまで黙っていたリョーマが「跡部さん!」と腕を掴んで止めに入って来た。
「こんな所で問題起こすのはまずいっす!」
「うるせえ!こいつが今回の元凶なんだぞ。平静でいられるかよ!」
制止するリョーマの声を無視して、忍足に詰め寄る。
「なんであんな噂をばら撒いた!?越前がお前に何したって言うんだよ!」
「何も。ただ越前が困ればいい。そう思うからやっただけや」

こんな状態でも忍足は平然としている。
何を考えているか、跡部には全く読めない。

「ショック受けとるようやなあ。けど、これが真実や。
俺があの二人をけし掛けて、越前の悪口をばらまいた。犯人がわかってすっきりしたか?」
「……何故そんなことをした。困ればいい、なんてふざけた理由だけじゃないだろ」
ようやく声を絞り出して問い掛ける。
忍足の言っていることがわからない。
なんでそこまでしてリョーマを傷付けたいと思ったのだろうか?
二人の間に接点がそこまであったとは考えられない。
しかし忍足はわかっていないなという目を向けて来た。

「困ればええと本気で思うてたよ。いっぺん位痛い目に合うべきやってずっとそう考えてた」

忍足の言葉に目を見開く。
痛い目に合うべきだって?リョーマの態度が生意気だから?嫉妬する位に才能が溢れているからら?記憶喪失になって青学に迷惑を掛けたから?記憶が戻って彼女を傷つけたから?
でもそんなこと、忍足が決めることじゃない。

「お前がやったことで、こいつがどんな思いをしたかわかっているのか!?
知らない連中に絡まれ、陰口を叩かれて、傷付かないはずがないだろ。
ふざけんな!」

抑えられない言葉が溢れてしまった。リョーマに任そうと思っていたはずなのに、堪えられなかった。
それでも跡部の言葉に、忍足は興味なさそうに答える。

「けど、俺と同じようなことを考えとる奴は他にもおるやろ」
「何!?」
「最初にあの子らをけしかけて噂をばら撒かせたのは確かに俺や。
なのに他にも、噂を流した奴がおる。言っとくけど、俺はそっちとは関わってないからな。
それに根拠が無い噂に、反応した連中も同じや。
越前のこと嫌いやから、一緒になって叩いてたんとちゃうか?
結局、越前は周囲から邪魔者みたいに思われてたんや。日頃の行いか知らんが、自業自得やな」

悪意を口にする忍足に、呆然とする。
さすがのリョーマも顔色を失って、言葉も出ないようだ。
たしかに忍足とは別に、青学にも噂をばら撒いていた人物はいた。
しかしこの言い方はあんまりだろう。そこまで言われるようなことだろうか。

「お前……そんなことがいい訳として通ると思ってるのかよ?」
「思うてへんよ。けどそれだけ大勢の人間が越前を不愉快にさせる存在だと認識していると理解してもらわんとな」
「忍足!」

これ以上聞きたくないというように大声を上げると、
「図星を指されたからって、怒ることないやん」と笑われた。
「存在するだけで嫌われるとか、気の毒やなとは思うてるよ」
「てめえは本気でそんな風に思ってるのかよ?」
問い掛けに忍足は「そうやな」と頷いた。

「勿論越前に全ての原因があるとは思うてへん。
あの越前南次郎の子供として生まれて、才能を引き継いで、それを伸ばせるだけの恵まれた環境にいることは越前の所為やないからな。
それを妬むのは筋違いや。けど、割り切れんものもある。
なんでこいつばっかりが恵まれているんや。
しかも一度はテニスを捨てたんやで。記憶を失くしたからもうテニスはやらないって我侭言いよって、おかしいやろ。
やる気さえ出せばまた上を狙えるんやで。理解者も周りにおるのに、こいつはテニスをあっさり捨てよった。
お前のことも!
あっさり捨てたくせに、記憶が戻ったらyりを戻したい?
そんな都合の良い話がるかい。全部、自分の思い通りにでもなると思うてるんか。
ほんまムカつくわ」

忍足の言葉を聞いて、それは違うと心の中で呟いた。
リョーマが自分を捨てたんじゃない。
酷いことをしてその罪から逃げたのは俺だ。
しかしそれを口にする前に、
「言いたいことはこれだけや。もう帰っていいか」と言われる。

「俺が噂をばら撒いた犯人やってわかった今、もう用は無いはずやろ」
「忍足……」
「安心せえ。俺はテニス部辞めるつもりや。接点を失くした方がお互いの為になるからな」
「本気なのか?お前、こんなことでテニス部辞めるつもりかよ!?」
意外な言葉に、声を上げる。
忍足は想定内という顔をして、肩をちょっと竦めた。
「本気や。それにお前かて俺をチームメイトとして見ることは出来へんやろ。顔も見たくはいはずや。
それに俺がいたって足を引っ張るだけ。全国制覇出来るほどの才能はもってないからな。今回の大会でよくわかった。
叶えることが出来るのは……」

ちらっとリョーマを見て、忍足はすぐに目を逸らす。

「ほんまもんの天才だけや」

歩き出す忍足の背中に、跡部は声を掛ける。

「そんなもの誰が決めたんだ。才能が無いからって勝手に諦めているのはお前の方だろ。
それでも上を目指してみろよ。挑戦する前に逃げ出すなんて、それこそ格好悪いだろうが!」

足を止めて忍足は顔だけこちらを向ける。

「お前は持っている側のやつやからな。
きっと俺の気持ちは理解出来ん。それで、ええんや」
「忍足っ」

ひらっと手を上げて、忍足は去って行った。

理解出来ないなんて、そんなはずはない。

(俺も、リョーマの才能に嫉妬していた)

自分より年下なのに、試合に負けて、その上ライバルだった手塚に認められていて、
それにテニスを続けることを反対されている環境でもなく、むしろ両親から応援されてる。
好きな道を進んでいけることを羨んだことだってあった。
だけど、それ以上にリョーマのことを認めていた。
いずれテニスで世界のトップに立つのが当然というように受け止めていた。
自分はそこに行けないのは薄々わかっていて、それを悔しく思う気落ちはたしかにあったのだ。

(俺が持っている側なんて、とんだ勘違いだ)

リョーマの近くにいたからこそ、自分はそこまでの才能がないというのを嫌でも自覚させられた。

(けど、やっぱり嫌いにはなれないんだ)

妬みを通り越す位の強い気持ちで惹かれていた。好きだったんだ。
真正面からリョーマの顔を見て、あの頃の気持ちを思い出した。


チフネ