チフネの日記
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2012年08月03日(金) lost 悲劇編 36.跡部景吾

全国大会2日目。
ダブルスは負けたが、その後跡部がきっちりと勝ちをとり、次のシングルス2も先輩が勝利を収めた。
(次は準々決勝か)
勝ち上がったら当たるかもしれないね、と言っていた千石のことを思い出す。
結果はどうなったのだろう。
確認するかと考えた所で、「跡部」とジローに名前を呼ばれて顔を上げる。

ジローとまともに顔を合わせるのは、あの日以来だ。
二年前の真実を話してから、微妙に避けられていた。
無理も無い。
ジローは跡部の嘘を信じていたから、リョーマに辛く当たっていた。
嘘だと聞かされて、ショックを受けたのだろう。自分のやったことはなんだったのかと後悔して、その反動で自分を恨んでも仕方無いと跡部は思っていた。

今、話しかけてくるのは罵倒する為か。
だとしても受け入れるべきだ。
身構える跡部に、ジローは吹っ切れたような顔を向けて「今、ちょっといい?」と聞いた。

「ああ」
「俺、ね。昨日リョーマに会ってきたよ」
いきなりの話についていけず、跡部は固まってしまう。
リョーマに会った?それで、全部話してきたというのか。
目を見開く跡部に言いたいことがわかったのか、ジローは違う違うというように首を振った。

「ごめんって、言ってきただけだよ。
でも、それで許されるとは思ってない。でもね、謝りたかったんだ」
「そう、か」
「うん。あの時、俺はリョーマを傷付けようと思っていたのは事実だ。
跡部を守りたくて、だから酷いこと言って遠ざけようとしてた。
でも本当のことを聞かされて、自分が間違っているって気付いた。
だから謝罪するべきだって、思った」

跡部は何も言えなかった。
ジローをそうさせたのは自分の所為だ。
だけどジローは責めたりしないで、自分の行動だけを省みてリョーマに謝罪することを選んだ。
全部跡部に責任を被せて、言い逃れることだって出来るのに、そうしない。
ジローの潔さが眩しくて、目を逸らしてしまう。
それに対して何か言うわけでもなく、ジローは静かな口調で話を続けた。

「それで、考えてたんだ。俺、やっぱり跡部が嘘ついてたことをすぐに許すことは出来そうにない」
「……」
「最初から全部本当のことを話してくれたら、驚くかもしれないけど、やっぱり跡部の味方になったと思うよ。
そうしたら、間違えずに二人がどうやったら一緒にいられるか、考えることが出来た。
勿論、言いたく無かったって気持もわかるよ。
わかるけど……それでも言って欲しかった」
「そうだな」

小さく頷くと、ジローは「リョーマには何も言って無いよ」と言った。
「話すかどうかは、跡部が決めることだと思うんだ。
そうだよね?」
「……わかってる」
ジローに話した内容をリョーマにも正直に打ち明けるべきか。
今はどうするのか、答えは出ていない。
罪滅ぼしに悪意ある噂を流している犯人を探し出すことに躍起になってるが、
それらが終わったら、今度は自分の罪と向き合う番だ。
話したら、きっと軽蔑される。
あの時のように罵られて、顔も見たくないと言われるかもしれない。
表情を暗くする跡部に、「責めてるわけじゃないんだ」とジローは言った。

「どうするのかは跡部に任せるから。俺はもう口出ししたりしないよ」
「ジロー」
「嘘つかれたのはたしかにショックだったC、怒ってもいるけど、
跡部は友達だから。
でも、今は少し時間が欲しい。自分が納得出来るまで、考えたいんだ」

嘘ついていたことで、ジローが離れても引き止められないと思っていた。
それでも友達だと言ってくれた。それだけで十分だった。

「じゃあ、明日の試合も頑張ってね」
「おう」

帰ろうとするジローを見送っていると、いつか見た中等部の女子生徒が近付いて行くのに気付く。

「芥川先輩!お疲れ様です」
「あー、うん。でも俺、試合に出てないけど。今日は何?」
「先輩からメールの返事が無いから気になったんで、様子を見に来ました。
ここのところ、忙しかったんですか?」
必死な様子の彼女に、ジローは面倒臭そうに答える。
「あのさ、もう俺にいちいち報告しなくていいから。ああいうメールはもう止めて」
「先輩?」
「だからあんな噂とか、聞きたくないないって言ってるの」
「聞きたくないってどういうことですか?
先輩だって興味持っていたじゃないですか」
「……あの時はね。でも今は違う。
もうそういうのは止めにしたい。面白がるようなことじゃないってわかったんだ」
「そんな。芥川先輩が喜んでくれるから、私は……」
泣きそうになる彼女に「ごめんね」とジローは言った。
「でももう嫌な奴になりたくない。だからメールしないで」
ジローがそういった途端、彼女の顔つきが変わった。
「私とはもう話もしたくないってことなんですか!?そんなのって酷い!」
「そういう、わけじゃ」

困った顔をしているジローに、ここは仲裁するべきかと跡部は身を乗り出し掛けた。
興奮した様子の彼女は、こちらに気付いていない。

「先輩のために色々情報を教えたのに。
あの越前って人が皆から色々言われているのを知って、先輩だって喜んでいたのに!」
「それは、否定しないけど」
「おい、ちょっと待て」
リョーマの名前が出たことで、跡部は黙っていられずに声を上げた。
「今の話はどういうことだ」
「あ……」
跡部がいることに気付いた彼女は顔色を変えて、身を翻して走って逃げてしまう。
いきなりの行動だったので、捕まえることが出来なかった。
「待て!くそっ、ジロー、今の女はなんだ。
なんで越前の話をしていた?」
「それは……」
一瞬言葉を濁すが、隠しておけないと判断したのかジローはすぐに話してくれた。

「リョーマの噂が流れる度に、あの子は俺にこんな話があるって教えてくれていたんだ。
リョーマが困っているのをいい気味だって思っていたから、一緒になって喜んでいた。……ごめん」
「その件は別にいい。今の女の名前と学年とクラスはわかるか?」
「名前ならわかるよ。噂を聞いたら連絡くれるってメアドを交換する時に教えてくれたから」
ほら、とポケットから携帯を取り出して見せてくる。
ちょっと貸せと強引に奪い、さっきの女の連絡先を自分の携帯へと登録する。

「どうしたの、跡部。あの子に聞きたいことがあるの?」
「ああ。お前の気を引くために越前の情報を集めていたとしたら、噂の出所も知っているかもしれねえだろ」
あれだけ必死になる位だ。
ジローに最新の噂を教えるために、常にリョーマの話を気に掛けていた可能性は高い。

「なるほど。そういう考えもあるんだ」
感心したように声を上げるジローに、「そういえば、今日はもう一人はどうした」と尋ねる。
「え?もう一人?」
「今の奴、いつも二人組でつるんでお前に声掛けていただろ」
「ああ。そういえば。
でも、だったら忍足の所に行ったんじゃないかな」
「忍足?なんであいつの名前が出て来るんだよ」
二人共ジローのファンじゃなかったのか。
忍足からはそう聞いている。
しかしジローは「違うよー」と否定した。

「さっきの子は確かに俺のファンだけどもう一人は忍足が目当てなんだよ。そう聞いたもん」
「本当、なんだな?」
「うん」

嘘を言っているように見えない。
じゃあ、どういうことだと跡部は眉を寄せた。
忍足の思い違いか?
いや、あの二人組が忍足に話し掛けているのを見たことがある。
ジローがどこにいるか聞かれたと、忍足はそう言っていたじゃないか。
けれどそれは本当のことなんだろうか。
そもそもそんな嘘をついて、何になるだろう。忍足にとって、メリットがあることなのか?

「跡部?どうしたの?」
顔を覗き込んで来たジローに「なんでもねえ」と首を振る。
そして解散した部員達の中に、忍足の姿を探す。
話を聞こうと思ったが、もう帰ってしまったようで、見付けることは出来なかった。


チフネ