チフネの日記
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2012年08月02日(木) |
lost 悲劇編 35.越前リョーマ |
聞き込みなんて柄ではない。 わかっているが、宍戸は自分から引き受けた。 最後までやり遂げるつもりで、目に付いた生徒達に片っ端から声を掛けてはいるが、 成果は芳しくない。
「宍戸さん、もう帰りましょうよ。夏休みだから出て来る生徒もほとんどいないじゃないですか」 「帰りたいならお前は先に帰れよ。付き合う義理は無いだろ」 「そんなこと言っても、宍戸さん一人でどうにかなるものじゃないですよね。 実際、さっきの子達にも逃げられそうになってましたし」 「……」
ちょっと聞きたいことがあると、青学中等部の校門前で声を掛けるだけで精一杯だ。 緊張した顔で尋ねるものだから、相手も身構えてしまう。 噂の件で聞きたいことがと言ったところで不信感を露にして、 皆そそくさと立ち去ろうとする。 鳳がフォローしてくれるおかげで何とか話はしてくれるようになっているが、 情報は何も掴めない。
「今の所、有益な情報もないっていうのに帰るのもな……」 「仕方無いですよ。俺達に出来ることなんてたかがしれてます。 さっさと跡部さんに任せた方がいいです」 「お前な。その跡部が大会で忙しいから、出来ることをしておきたいんだろうが」 「宍戸さんには向いていません。不審者として通報される前に退散するべきじゃないですか」
いちいち本当のことを指摘してくる鳳に反論する気も無く、がくっと肩を落とす。 たしかにもう夕方も過ぎて部活に出て来ている生徒も帰ったかもしれない。 出直すかと顔を上げたところで、向こうから歩いて来る人影に気付く。
「あれ。宍戸君と鳳君?こんな所で何してるの」 「いや、何って」
とっさの言い訳も出て来ない。これじゃ本当に不審者だな宍戸は思った。
すぐ側に、跡部がいる。 だけど触れられない。距離を縮めようと、リョーマは手を伸ばした。 後、少し。だけど届かない。 気付いてと叫ぶ前に、跡部はリョーマに背を向けて、知らない誰か肩を抱いて行ってしまう。 好きだって、言ったくせに。 どうして自分を置いて行くのか理解出来ずに立ち竦む。 こんなの悪い夢だと口に出そうとした瞬間、 「これは現実だ」と誰かが耳元で囁いた。
「……」
目を開けると、まだ室内は暗い。夜明け前のようだ。 こんな時間に目が覚めるのは珍しい。 額には汗をかいていて、それが気持ち悪くて手で拭う。 すると愛猫がのそっと起き上がり、こちらに近付いて来た。 ゆっくりと足音も立てずに来るカルピンは、どうかしたのかというように顔をじっと見詰めて来る。 主人の不安を察知して、心配してくれてるのだろうか。 大丈夫だよというように手を伸ばして、軽くカルピンの頭や体を撫でてやる。 それで伝わったのかわからないが、カルピンはまたもとの寝床へ戻って行った。 朝まではまだ時間がある。 それまでお互い眠っていようという意味なのかもしれない。 だけどさっき見た夢の所為で、目を閉じても寝付けそうになかった。
跡部がもう自分を見ていないことはわかってる。 犯人探しに協力してくれているのは、ただの義務感からだ。 勘違いするなと、胸の内で呟く。 もうすぐ、自分はアメリカへ行く。 そうしたら跡部との関わりは今度こそ消えるだろう。 このまま日本にいたら、ずっと未練を引き摺ることになる。 それがアメリカ行きを決めた理由の一つでもあった。 跡部と顔を合わす可能性がほとんど無くなる場所に行けば、その内忘れていくんじゃないか。 ここに留まっていたら、いつどこでバッタリ会うかわからない。 お互いのためにも自分がここを離れるのが一番良い。
(本当に忘れられるかはわからないけど)
押し切られて付き合い始めたはずなのに、一緒にいるのが楽しなって心地良くなって、自分の心の中に跡部という存在が大きく占められていくのを感じていた。 そんなこと言ったら調子に乗るとわかっているから口に出さなかったけど。
(ちゃんと、伝えておけば良かった)
好きだよと、今言っても跡部には届かない。 想いを口にするだけのことが相手に迷惑が掛かるなんて考えもしなかった。
いつの間にか、眠っていた。 起きた時にはもう家族は起きていた。 朝ご飯を済ませた後、リョーマは部屋の整理に取り掛かることにした。 立ち止まっていても仕方無い。 アメリカへ行く為の準備をしようと、あちこち引き出しを開ける。 いらないもの、持って行くものを分けていく。 ついでに大掃除もしようと思った。 ここでの思い出を全て捨ててしまうくらいの覚悟で、行くまでに空っぽにしてしまおう。 そうすれば少しでも未練がなくなるかもしれない。
ゴミ袋に5枚ほど詰め込んだところで、ふう、と息を吐いた。 時間を確認するともう夕方を過ぎている。 途端に、空腹を覚える。昼ご飯も食べずに掃除していたからだ。 何かないかと階段を降りて、そういえばと思い出す。 今日は両親も従姉も帰りが遅いと聞いていた。 朝ご飯は用意してあったが、昼食は何とかしろと言って小銭を渡されていた。 仕方無い。コンビニまで行くかと玄関へ向かう。 誰かが戻って来るまで待つにはお腹が空き過ぎた。
靴を履き、外へと出る。 空はまだ明るく、軽く吹く風も生温い。 ファンタも買おうかなと思いながら歩いて行く。
(先輩達の試合はもう終わっているかな)
大会真っ最中の青学の先輩達にもアメリカに行くことを伝えるべきだろう。 黙ったまま旅立つよいうな真似はさすがに出来ない。 しかし今は大事な時期だ。彼らには大会のことだけ集中して欲しい。 千石は呼び出されたから言うことが出来たけど、本当は自分のことなんかよりテニスに集中して欲しかった。 そんなことを言ったら怒るだろうから、口には出さないけど。
(先輩達には、大会終わったら伝えよう) まだ日にちは決まっていない。しかし南次郎の様子から、遠くないと気付いていた。 いつでも行けるようにしておけとも言われている。突然、明日行くと言われても驚かない。 テニスがやれる環境を作ってくれようとしている。そんな南次郎の心遣いは、今のリョーマにとってありがたいものだった。
(あれ……) コンビニの近くまで来たところで、立ち止まる。 向こうから歩いて来る見覚えある姿に目を見開く。 なんで、ジローがここに。いや、理由は一つしかないだろう。 跡部にもう余計なことをするなと、再び釘を刺しに来たのだろう。 宍戸達へ跡部に話さないでと頼んだが、最後まで頷いてくれなかった。 跡部なら間違いなく突き止めることが出来ると、主張していた。 話してしまった可能性はゼロではない。
しかしそれを知ったジローはどう思ったか。 またリョーマが跡部に近付き惑わせていると受け取ったに違いない。 そんなんじゃないのに。 非難される前に逃げ出そうとすると、「待って!」と引き止められる。
「待って、リョーマ。俺の話を聞いて」 追いかけて来るジローに、リョーマは顔を前に向けたまま答える。 「話なんて無いっす。俺は跡部さんのことをこれ以上振り回すつもりなんて無いっすから」 「違う、違うって!そうじゃないんだ」 追いかけて来る気配に、リョーマはスピードを上げようとした。 角を曲がって走れば、ジローを撒けるはずだ。 が、前をよくみていなかったので、ちょうど死角になっている所に立っていた人にぶつかってしまう。
「きゃっ」 「あ……」 リョーマがぶつかった人はその場に座り込んでしまう。 「大丈夫っすか!?」 慌てて立たせようと手を伸ばすが、「平気」とそそくさと立ち上がって行ってしまった。
「今の、って」 ちらっとしか顔を見ていないが、青学の生徒じゃないだろうか。 制服姿でないから確信は持てない。でも昨日擦れ違った中に居た気がした。
「リョーマ!」 腕を掴まれ、ジローから逃げている途中だったことを思い出す。 「怪我してない?大丈夫?」 「……大丈夫。手、放してもらえるっすか」 「あ、うん」 言う通り手を解放してくれたジローに、「何すか」と目を逸らしたまま言う。 追いつかれた今、逃げ出すつもりはなかった。 一言、二言嫌味を覚悟して終わらせようとリョーマは思った。 しかしジローは予想と全く言葉を口にした。
「この間はごめん。勘違いでリョーマに酷いことばっかり言った。本当にごめん」 「え?」 「許して欲しいとは言わない。 けどこれだけは言っておきたかったんだ。リョーマは悪くないんだって。 全部、俺の勘違いだったんだ」
一体何を話しているのだろう。 ジローの言っている意味がわからず、リョーマは小さく首を傾げる。
「勘違いって、一体どういうことっすか?」 「ごめん。俺の口からは言えない」 ジローは頭を下げた。 「忘れちゃっているんだよね。リョーマは今までの記憶を取り戻したけど、代わりにこの二年間過ごした記憶を失くした。 リョーマが思い出すか、跡部が話さない限り、俺は何も言えない」 「跡部さん?あの人が何か関係しているんすか?」 困ったような顔をして、ジローは目を逸らした。 言いたくないとうことあのか。 それ以上無理に聞き出すこと出来ず黙ったままでいると、 「どうしたらいいかなんて、俺もわからないんだ」とジローは小さな声でそう言った。
チフネ
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