チフネの日記
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2012年08月01日(水) lost 悲劇編 34.跡部景吾

インターハイが始まった。
その前にリョーマの件を解決しておきたかったが、時間が無さ過ぎた。
終わったら、本格的に調査に乗り出そうと跡部は考えていた。
人を使ってなんて生温いやり方は捨てて、自ら情報を聞き回る覚悟もしている。
そうしようと顔を上げたところで、こちらを見ているジローに気付く。
挨拶する前にふいっと目を背けられてしまった。

(俺とは話もしたくないのか)

二年前の真実を語った後、ジローは黙って跡部の家から出て行った。
最低だと罵られた方がマシだった。
無視される方がよっぽど堪える。
それだけのことをした報いだと思って、受け止めるしかない。
嘘をついてリョーマの所為にして、被害者ぶっていた自分の責は大きい。
ジローの気の済むようにしてやろうと思った。

「よ、跡部。いよいよ本番やな」
「忍足」
準備は万端だという顔で、忍足が跡部の横に立った。
「なんだ。さすがのお前もやる気を出しているのか?」
「そりゃレギュラーやからな。初戦のオーダーにも名前が乗ってるし。
これでやる気出んかったら、監督に怒られるわ」
「当たり前だ。大体てめーがやる気になれば、去年だってレギュラー入り出来たんじゃねえのか。
出し惜しみするようなことは許さねえからな」
「出し惜しみなんてしてへんわ。レギュラー入りかて、やっとの思いで叶ったんやからな」
「何言ってるんだ。てめえの実力はそんなもんじゃ」
「あのな、跡部。中等部に入学した当時は、たしかにお前と互角に打ち合うた。
けどそれから何年経っていると思うてるんや。
俺は天才なんかやない。そうだったとしたら、とっくにレギュラー入りしとったわ」
「……」

忍足の意外な言葉に、何を返したら良いかわからずに黙る。
そんなこと、考えもしなかった。天才と呼ばれるのに相応しいと、認めていたのに。

「驚いたか?けど、これが現実や。
今まで先輩達相手に手を抜いとったことなんかない。
負けて、本当に悔しくて、努力してやっとレギュラー入り出来たんや」

困ったような顔をして笑う忍足に、言葉を詰まらせる。
忍足がそこまで努力していたなんて、知らなかった。
手を抜いていたからレギュラー入り出来ないんだと、一年の時にそう怒った時もあったが、
忍足は「勝てへんから、しゃあないやん」とへらへら笑っていた。
先輩に恨まれたくないから面倒ごとを避けてるんだと、そう解釈してたが、
本当に勝てなかったのか。
氷帝は確かにテニスでの名門校だが、忍足なら先輩にだって負けないと思っていたのに。
あの頃、レギュラーを決める試合で負けたのは、演技じゃなかったのか。


「そんな顔せんといてや。俺が強くなったから、レギュラー入りになれたのは事実やろ?
今日は目一杯暴れさせてもらうわ」
「……そうだな。期待してるぜ」
「ははっ。プレッシャーになるから、そこそこにな」

軽口で返す忍足の表情はいつもと変わらない。
中等部の入学直後に対戦した時は本当に強くて、同じ学年でこれほど打てる相手が同じ学校にいるかと思うと嬉しかった。
ずっとその評価は変わらなかった。
お前なら勝てるだろと怒った跡部に対して、忍足は一体どんな気持ちでいたのだろうか。

「跡部。受付に行こうぜ」
三年生のレギュラーに呼ばれ、ハッと思考を戻す。
そうだ。今考えることじゃない。
目の前の大会に集中するべきだ。

「行くぞ」
胸を張り、背筋を伸ばして前へ進む。
今は氷帝の部長として、このチームで勝つことだけを考えよう。






















「あーとーべくん!」



千石が声を掛けて来たのは、一回戦が終わって、すぐのことだった。
さすがインターハイともなると、相手も強くなっている。
しかし忍足がストレートで勝ち、それが勢いになったのか先輩二人のダブルスが僅差で勝ってくれた。消化試合も危なげなく勝ちを取り、幸先の良いスタートを切った。

「すごいね。今年の氷帝は。優勝しちゃうんじゃなの?」
「そういうお前のtころはどうなんだよ」
山吹とは別ブロックの為、勝ち進むまでは当たることはない。
「勝ったよ。けど明日はわからないなあ」
「随分弱気じゃねえか」
「そりゃこれだけ強敵がいたらね。やっぱり俺にとって全国制覇って高過ぎる目標だよ」
「そうかよ。けど俺に愚痴るな。もっと親しい連中にそういうことは言えよ」
「そうじゃなくって。跡部君に会い来たのは、リョーマ君のことなんだけど」
ぴくっと、跡部は眉を上げた。
「あいつのことで何かわかったのか!?」
「ち、違う。そうじゃなくって。跡部君の方で新しい情報を掴んでないのかなと思って、確認しに来ただけ」
「嘘だろ。てめえ、何か隠してるな」
情報を得たら、お互いに連絡し合うという約束をしていた。
なのいわざわざ確認なんて、試合会場も違うのに来たのは、別の意図があるとしか思えない。
「あいつのことで、俺に隠し事をするなよ!」
逃がさないように千石の襟首を掴みかかろうとするが、
「何やってるんだ、跡部」と遮られる。

「宍戸」
「こんな所で揉め事を起こす気か!?」
「揉め事なんて、俺はそんなつもりじゃ」
「お前は部長だろ。それなのに部員を動揺させるような真似するな」
周囲から何事だという目を向けられ、冷静になる。
一回戦が終わったばかりだ。宍戸の言う通り、騒いでいい場所ではない。

「千石。お前も何しに来た」
非難するような目で見るしに「だって」と、千石はもごもとご言い訳をする。
「本当に何も言わないでいいのかって考えたら、居ても立ってもいられなくなったんだ。
だってこのままだと……」
言葉を濁して千石は「やっぱりなんでもない」と首を振った。
「俺から言うことじゃないね。今日、来たのは間違いだった」
「待て、千石。何か知ってるのなら言えよ。黙っているなんて卑怯だぞ」
「落ち着け、跡部。越前だってお前には迷惑掛けたくないって、だから口止めさせただけだろ」
宍戸の言葉に、振り返る。

「なんでてめえがそんな事知っているんだ?」
「あ」
「じゃ、そういうことで!」
「千石っ!」
一瞬の隙をついて、千石は逃走してしまった。
気まずそうに顔を背けている宍戸に「説明しろ」と詰め寄る。

「お前、越前と会ったのか」
「いや、それは」
「宍戸さん。もう正直に話した方がいいです。
大体、跡部さんに隠すこと自体が間違っているんです」
間に入るようにして、鳳が声を上げた。
こいつまで関わっているのか。
そう思って尋ねると、鳳は「ええ、不本意ながら」と頷いた。

「とにかく場所を変えましょう。ここじゃ、目立ち過ぎます」
鳳の言う通りだ。
今日の試合は終わったので、まず部員達に解散を言い渡す。
こちらの様子を伺っていた部員達も、バラバラと散って行く。
唯一忍足だけが「おい。どないなってるんや」と寄って来た。
「さっきの千石やろ。なんであいつがここに?お前ら一体何の話を」
「悪い。俺はちょっとこいつらと話がある」
宍戸と鳳に視線を移すと、「せやったら俺も」と言われる。
しかし「遠慮してもらえないか。じっくり聞きたいことだからな」と跡部はきっぱりと拒絶した。
宍戸と鳳と千石がこそこそと動いていたことが気に入らない。しかも自分に隠し事をしようとした。
その辺をきっちり追求する必要がある。
跡部の迫力に呑まれたのか、「わかった」と忍足は引いた。

「何かあったら連絡してくれや」
「ああ」
「ほな。また明日な」

手を上げる忍足のずっと後方に、ジローが立っている。
何か言いたそうにしているが、結局そのまま帰って行く。
今は話し掛ける段階ではないと判断し、跡部は改めて宍戸と鳳に向き直った。

「さて。詳しく聞かせてもらおうか」
「いいですよ。元々俺は跡部さんに全部報告するべきだと思っていましたから」
「おい、鳳」
「越前君の言うことなんて放っておけばいいんです。
何を勿体ぶっているのかわかりませんが、隠していいことなんて一つもない」
「……」
辛らつな言い方だが、話してくれる気はあるらしい。
三人で会場から出て、話が出来そうな場所へと移動した。







「氷帝の生徒が犯人かもしれないってことか」
宍戸と鳳の話を聞いて、跡部は小さく唸った。
やはり中等部をもっと徹底的に洗う必要があった。
大会前だからと言い訳せず、自ら調査に乗り出していればもっと早く解決出来たかもしれない。
「いや、だからまだ確定してないって千石も言ってた。
氷帝の誰かだとしても越前が彼女と別れた直後にすぐにその噂が流れたのも変なんだって。
もしかしたら、青学の誰かかもしれない」
暴走しないようにと、宍戸が釘を刺される。
「案外、青学の生徒なんじゃないですかね。
記憶を失くした間に誰かの恨みを買ったのかもしれませんよ」
鳳の棘のある言い方にムッとするが、可能性としてはゼロではない。
それに鳳は宍戸が協力しているのが気に入らないだけで、嘘や隠し事はしない。
宍戸と千石が黙ったままでいた情報を跡部に話そうとしてくれていた。その点だけでも有り難い存在だ。
「青学か。向こうにも当たってみる必要があるな」
今の中等部につてはないが、高等部にいるテニス部の連中から手を回すことは出来るかもしれない。
早速連絡を取ってみるかと考えた所で、
「今は止めとけよ」と宍戸に言われた。

「ああ?さっさと片付けないとまたそいつがどんな噂を流すかわかったもんじゃねえだろ」
「今は大会中だぞ。もしお前がそんなことしてると越前が知ったらどう思う?」
「それは、」
「氷帝の部長としてやるべきことがあるんじゃないか。
それを放って犯人探ししたって聞かされても、越前は喜ばないだろ」
「……」

宍戸の言う通りだったので、反論の言葉も出なかった。
だがこのままじっとしているわけにもいかない。
やっと手掛かりが掴めたのに。
拳をきつく握り締めると、「俺の方でも探っておくから」と言われる。
「青学の連中も大会中だから協力を仰ぐことは出来ないが、聞き込みくらいは出来るだろ」
「宍戸さん、何もそこまで」
「俺がそうしたいんだ。いいだろ、跡部。お前が動けない間は、俺がフォローしておくから。
だから今は大会に集中していろ。な?」

真剣な表情に、跡部はわかったと頷いた。
「でもいいのかよ。お前がそこまでする義理は無いはずだろ」
「いや、……たいしたことは出来ないかもしれないが、せめてこの位はさせてくれ。
情報が入ったら、今度はちゃんとお前に連絡する」
「そう、か」

鳳はまだ不満そうだが、宍戸の決意が固いと見て黙っている。
たしかに闇雲に青学に乗り込んでも、得られるものは無いかもしれない。
リョーマに知られたら、また拒絶されるだけだ。
それどころか「大会を蔑ろにして何してんの、信じられない」と軽蔑される可能性だってある。
宍戸は信頼出来る奴だ。ここは彼に任せておくべきだろう。

「わかった。頼む」
頭を下げて、跡部はそう言った。


チフネ