チフネの日記
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2012年04月01日(日) |
lost 悲劇編 25.越前リョーマ |
跡部だけには知られたくなかった。 他の誰に何を言われてもいい。 だけど跡部だけには同情的な目を向けられたくない。 それなのに、全部知ってた上に、手を差し伸べるようなことをするあんて。
息が上がり、リョーマは立ち止まった。 以前はこの位の距離を走ったってどうってことなかったのに、 もう限界が来ている。 今の自分がひどく惨めに思えた。 空白の二年の間に失ったものはあまりにも大きい。
(泣いたって何も変わらない) 目に力を込めて、必死で零れそうになる涙を堪える。
釘は刺しておいたから、これ以上跡部が関わって来る事は無いだろう。 同情して力を貸してくれようとしているらしいが、今のリョーマにとってそうされる方がよっぽど辛い。 無関係になったのだから、もう何もしなくてもいい。 変に期待を持たすような真似は止めてほしい。
いっそもう跡部と会えない位、遠い所へ行きたい。 そうしたら関わることはなくなる。偶然会うこともなくなる。 そんなことを考えながらトボトボと歩いていると、バッグに入れていた携帯が着信を知らせた。 まさか跡部じゃないだろうなと疑いながら表示を確認すると、それは千石からだった。
「もしもし?」 「リョーマ君?今、部活終わった所なんだけど、これから会えない? 一人でテニスするよりも二人で打った方が楽しいよ!ちょっとだけでも、どうかな」
明るい声で捲くし立てる千石に、跡部と会う前だったらいいよって答えただろうなと考える。 だけど今は何だか疲れてしまって、そんな気になれない。
「ごめん。今日はちょっと無理」 「あー、いいよ。突然だったし。また今度打とうよ」 「うん……」
弱弱しく返事すると、千石に「何かあったの?」と言われる。 「別に何も。なんでそんな風に言うんすか」 「だって、元気無さそうじゃない。 リョーマ君、今どこにいるの?そこ、外なんでしょ?」 「えっと」 最寄りの駅に向かっている所だと正直に告げると、「今からそっち行く」と千石が声を上げた。 「え、でも……」 「そこ、俺の家から近いんだ。そのまま遊びに来ない?えっと、降りる駅は」 「あの」 「俺、コンビニでお菓子とファンタ買って置くから!そのまま乗ったら2つ目で降りてね。絶対だよ」 「いや、だから」 「じゃあ、また後で」 「ちょっと」 断る前に通話は切られた。
「……どうしよう」 正直、誰かと会って話す状態ではない。 メールを送って断ろうかと考える。 でも折角誘ってくれた千石の気持ちを考えると、このまま帰るのもどうかと思われた。 いつだって彼は自分に優しかった。気遣ってくれた。 (仕方無い……) ちょっとお菓子を食べてファンタを飲んだら帰ればいいかと考えて、改めて駅へと向かった。
「おーい、リョーマ君!こっち、こっちー!」 手を振る千石を見て、そんなに大声出すことにのにと、リョーマは小走りで千石の元へと走った。 「どーも。そんな声上げなくても聞こえてるっすよ」 「あ、ごめん。気付いてくれないかと思って、必死になってた」 明るく笑って、千石は頭を掻く。 もう一方の手はコンビニの袋を下げていた。 さっきの会話通り、買い物を済ませていたらしい。
「じゃあ、行こうか」 先に歩く千石の少し後をついて行きながら、どこまで歩くんだろうと考える。 「そんなに遠くないからね」 あっち、と指差して、千石は顔をこちらに向けた。 「以前も何度か遊びに来てくれたんだけど、すっかり忘れちゃっているね」 「そう、なんだ」 記憶喪失だった頃の自分は、千石の家に行ったことがあるのか。しかし全く覚えていない。 一瞬申し訳なさそうにした気持ちが顔に出たのか、 「気にしないでね」と千石がそんな風に言った。 「今もリョーマ君と友達でいられて嬉しいからさ。また覚えていけばいいよ」 「うん」 その言い方に、ほっとする。 責められたり、非難することもなく、態度を変えずに側に居てくれる。 記憶を取り戻してから、そんな千石の態度に救われていたのかもしれない。
「おじゃまします」 「どうぞ遠慮なく上がって。夜までどうせ誰も帰って来ないからさ。 姉ちゃんがたまに彼氏を連れて来ることはあるけど、今日はバイトだから帰りは遅いと思う」 靴をぽいぽい脱ぎ捨てて行く千石の後に続いて、家の中へと入る。 通された千石の自室は適度に散らかっているが、足の踏み場の無いということでもない。
「そのクッションの上にでも座って」 千石に言われ、床に置いてあるハート型のクッションの上に腰を降ろした。 男子高校生の趣味じゃなさそうなそれは、おそらく前に付き合っていた彼女からもらったものだろう。 別れたからといっても、捨てたりしない。千石はそういう所、無頓着っぽい。 よく見ると他にもぬいぐるみやら、ファンシーなものが部屋に置いてある。
「やっぱり気になる?片付けしなくちゃいけないってわかっているけど、ついほったらかしになっちゃって」 リョーマの無遠慮な視線に苦笑しつつ、千石は「はい」とファンタのペットボトルを渡してきた。 「今は別にこれといって付き合っている子はいないし、そうなったら大掃除すればいいかなと思って」 正直な物の言い方に、小さく笑う。 以前の自分なら呆れていたかもしれないが、千石のそういう開けっぴろげな所は嫌いではないと思っている。
「でも千石さんってもてるんでしょ。すぐに新しい彼女が出来そうだけど」 「いや、それがなかなか。俺もいつまでもいい加減な恋愛ばかりしていられないと考え始めているんだよね」 はあと溜息をついて千石はリョーマの方を向いた。
「俺より年下の君が真面目に悩んで、色々考えているのを見ているとさ、 何が好きなのかわからないのにとっかえひっかえの付き合いを続けていいものかって。 ちゃんと考えてみようって今は思っている所なんだ」 似合わないよねと笑う千石に、「そんなことない」とリョーマは言った。
「以前はわからなかったけど、ここ最近の付き合いで千石さんがいい人だってことはわかっているつもりっすよ。 似合わないなんて言葉で諦めないで欲しい。 それに千石さんのことをちゃんと好きになる人はいると思うから」
リョーマの言葉に千石は目を丸くした後、「ありがと」と、照れ臭そうに言った。
「じゃあ、相手が見付かったら、リョーマ君に一番最初に報告するね!」 きっと千石ならすぐに見付かるはずだと、力強く頷く。 二年前は軽い奴だという位の印象しか持っていなかったが、それは間違いだった。 親しくなってからわかることもある。 千石のおかげでさっきまでの暗く重い気持ちが少し晴れた気がした。
「なんか、ごめんね。 リョーマ君を元気付けようして、逆に俺が励まされちゃったね」 本題からずれたなあと呟く声に、リョーマは顔を引き締めた。 友人として信頼出来る彼にならば、今日あったことを話すことが出来る。
「俺の方は……、実は今日、偶然にも跡部さんと会ったんだ」 「跡部君に!?それで?」 「俺のことに関する噂の件、全部知ってて調べているんだて言われた。 誰が犯人なのか突き止めようとしているけど、余計なことしないでって逃げて来た」 「えっと、それじゃあ……」 千石は少し戸惑いながら、口を開いた。 「跡部君はもう知っているんだよね。リョーマ君に対して誰かが中傷のメールをばらまいているってこと」 「そうっす」 「調べるってどこまでわかったんだろう?何か聞いた?」 「そこまでは、わかっていないみたい」 「だけど跡部君が本気を出したらわからないことは無いと思う。 ねえ、この件に関してだけ頼るわけにはいかないのかな?」
千石の問いに、リョーマは首を横に振った。 たしかに自分だけではどうにも解決出来ないかもしれない。 跡部なら犯人を見つけ出す程の人脈と権力を持っているだろう。 それでもどうしても頼りたくは無い。 同情から手を差し伸べられるなんて、真っ平だ。
「そっか。リョーマ君がそう言うのなら仕方無いね」 少しだけ残念そうに、千石は言った。 「俺は跡部君に任せるのが、本当は一番いいと思うんだ。 すぐに犯人を見つけ出してしょっ引いて来る位、わけなさそうだから。 リョーマ君だって早い所煩わしい問題から解放されたいでしょ?」 「でも跡部さんの手は借りたくない。 もう別れたんだから……。今付き合っている彼女を大事にしていればいい。 俺に関わっている場合じゃないんだ。 いくら可哀相って同情してくれとしても、嬉しくないっすよ」
そんなの嫌だと、リョーマは俯いた。 その髪に、千石の手が優しく触れて撫でて来る。
「跡部君は同情でそいているわけじゃないと思うけど。 どっちにしろ二人にとっては辛いことだよね」
同情じゃなければ何だという質問はしなかった。 千石の言う通り辛いままなのには変わりない。
どんな事情があるにしろ、二人で一緒に歩く道をこの先に見付けることは出来ないのだから。
チフネ
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