チフネの日記
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2012年02月26日(日) 不二リョ 二人しか知らない

がっくりと肩を落とした桃城を見ながら、リョーマは「俺の勝ち」と言った。

「早くファンタ買って来てくださいよ。あ、グレープ味ね」
「お前……。先輩をパシリに使うとか良心が咎めたりしないのか」
「しないっす。それにこのラリーに勝った方が相手の分の飲み物を買って来るって言い出したのは桃先輩でしょ」

早く、と急かすと「へいへい」と桃城は諦めたようにコートから出て、自販機へと走って行った。

手塚は生徒会で不在。大石も用事で遅れるという連絡が入っている。二人がいないテニス部はいつもより比較的ゆるい空気が流れている。
そうでなければラリーで賭けなんて絶対出来ない。
おかげでファンタ代浮いた、とリョーマは帽子の陰で笑った。

そこへ、
「おチビ!桃にお使い行かせたの?」
「菊丸先輩」
筋トレに飽きたらしい菊丸が汗を拭きながら話し掛けて来た。

「しまった。俺の分も頼んでおくんだったー。勿論、桃のおごりで」
桃城が聞いていたら泣くぞ、とリョーマは思った。それとも諦めて黙って言うことを訊くかもしれない。
「ま、いいや。桃の分をもらっちゃおうっと」
「強奪する気満々っすね」
「ちょっともらうだけだよー!足りなかったら桃がまた買いに行けば済むことだにゃ」
「へえ……」
ちょっとばかり桃城に同情する。上下関係を叩き込まれている桃城は菊丸の言葉に逆らえないだろう。いっそのこと、最初から頼んだ方が手間が無くて良かったかもしれない。
そんな気持ちが顔に出たのか、菊丸はちょっと眉を寄せて口をひらいた。
「先輩をパシリに使っているおチビに非難がましい目で見られる覚えはにゃい!
むしろおチビの方がいけないんだぞー」
「は?俺は賭けに勝っただけっすよ。いけないって、何がっすか」
菊丸はくるっと目を丸くして「無自覚かよ!」と笑った。

「だっておチビって桃に対してもそうだけど、誰のことも先輩を先輩とも思っていないでしょ。
してもらうのが当然て感じで、勝負でも手を抜くどころかボコボコにするもんね」
「勝負なんだから当たり前でしょ」
「だからあ、それも場合によるんだって。
お遊びの時くらいは先輩を立ててもいいんじゃないかにゃー。
さっきだっていっつも桃に奢ってもらっているんだからさ、たまには自分が……って思ったりしないか」
「うん」

考える間もなく頷くと「やっぱりおチビだね」と菊丸はまた笑った。

「不二と一緒の時もそんな風なのかにゃ?」
「なんで不二先輩がここで出て来るんすか」
リョーマと不二が付き合っていることを知っている気は意味ありげに「さあ」と肩を竦めた。

「ただ不二も大変だなーって思って。生意気な恋人のお守りに振り回されているんだろうにゃ」
「余計なお世話っす」
「おチビ、その目怖いよっ」
笑いながら言う菊丸に(知らないくせに)と内心で溜息をつく。
だけど何らかの情報を与えるつもりもないから、黙っておいた。

「あー、桃。やっと帰って来たあ。待ってたよん」
「なんで英二先輩が待っているんすか」
「そりゃ理由は一つしかないでしょ」
ニヤッと笑う菊丸に、桃城は諦めたように自分用に買ってきたペットボトルを渡す。
先輩には逆らえない。そんな桃城の態度に、ある意味感心すらする。
「桃先輩、ファンタちょうだい」
「おう……」
ちゃんと買って来たファンタグレープを受け取り、リョーマは早速それを開けた。

飲みながら、ふと菊丸に言われたことをもう一度考える。
(不二先輩が俺に振り回されてる……?そんなわけないでしょ)

無意識にコートに目を向ける。不二は河村相手に打ち合っていた。
サーブする瞬間、視線に気付いたのかちらっと不二がこちらを見る。
気付かなかった振りをして、リョーマはそっと視線を外した。
そんなことしても、誤魔化し切れないのはわかっていたけど。








「今日、英二と何を話していたの?」

やっぱり聞いて来たかと起き上がるにもだるい体をベッドに横たえたまま、「大したことじゃないっすよ」と答える。
どうせなら帰り道を歩いている時に聞けばいいのに。
その時はどうでもいい会話をしていた。明日の天気とか、占いのこととか。
今、裸になって何も隠すものが無い状態でする話だろうか。
面倒くさいと顔を背けて欠伸する。眠いという意志表示をしたけど、不二ははぐらかすことを許してくれない。

「大したことじゃないなら、言えるよね?」と顔を近付けて迫って来た。

微笑んでいるけど、茶化せる空気じゃないとこれまでの経験から学んでいた。
なんでもないことでも、不二は気にする。
全て知っていないと気が済まないようだ。
ここで無視するのは、良いことではない。むしろ明日の朝練に出られなくなる危険がある。
ただでさえ体力を削られているのに、これ以上は辛い。
さっさと言ってしまおうと、リョーマは口を開いた。

「俺がよく桃先輩をパシリにしてるから、不二先輩にも同じことをして振り回しているんじゃないかって言われただけっすよ」
「へえ。案外当たっているかも」
くすっと笑う不二に「どこが当たっているんすか」と、抗議した。
「どっちかというと我侭言っているのは先輩の方でしょ」
「そうだっけ?」
「そうだよ。いたいけな俺に何をしているのか、胸に手を当ててよく考えたら?」
「でも、嫌じゃないでしょ」
そう言って不二はリョーマの額にキスをした。

「さっきだって、あんなに積極的だったじゃない。
嫌だったらここに来ることもしない。そうでしょ?」
今の不二の笑顔に擬音を付けるとしたら、ニヤニヤというものがぴったりだと思った。
ここで蒸し返すか、と軽く睨む。
「先輩って意地が悪いっすよね」
「そうかな?君のことが好きなだけだよ」
そう言ってくっ付いて来る不二に「今日はもうしなから」と釘を刺しておく。

そろそろ不二の母親が帰ってくるころだろう。
不在なのをいいことにちょっと頑張り過ぎた。がっついていたのはリョーマも同じだったから、その点は文句言わない。
でもこれは完全に二人きりになれる時にだけ、というルールだ。
母親に見られたら失神じゃ済まない。
お互いの為に我慢というものは必要だ。


「えー。今のいい感じだったのに」
「いい感じ、じゃないっすよ。もうシャワー浴びたい。体ベタベタする。ファンタも飲みたい」
「しょうがないなあ」
困ったように眉をよせるが、すぐに不二は「おいで」とリョーマの手を引っ張った。

「じゃあ、一緒にシャワー浴びるだけで勘弁してあげる」
「いいけど。何もしないでよ」
「わかってるよ。だって僕は君の言うなりだからね」

何言ってんのとと思いつつ、シャツだけかろうじて引っ掛けて不二の手を握ったまま部屋の外へと出る。
結局は、不二の言う通りになってしまう。
甘くなったよなと、自分を振り返ってリョーマは内心で苦笑する。

さっき不二が言っていた通り、拒むという選択肢だってあるはずだ。
それをしないのは、出来ないのは不二が好きだからだ。
それに不二が自分に夢中になってくれる瞬間も好き。告白された時よりも愛されていることを全身で教えてくれる。
テニスをしている時よりも真剣なんじゃないかと疑問に思うが、まだそれは口に出してはいない。
不二にとって自分が一番大事という優越感に浸っていたいからかもしれない

だけどそんな素振り、普段は決して見せたりしない
学校や家ではクールで生意気な越前リョーマのままだ。
不二といる時だけ。
何もかも受け入れる自分を見せるのは、不二にだけだ。
誰も知らなくていい。不二と自分以外、知る必要もない。
独占欲の強い不二はそのことぉよくわかっていて、外ではもっと甘えてなんて絶対に言わない。
二人きりの時だけ、そう言われる。

「背中流してあげるね。あとは、足と腕を胸も」
「それって結局全身撫で回すって意味じゃないっすか」
「いいから、いいから」
「よくない」

こんな所でと思ったが、最後は了承してしまうんだろうなと考える。

振り回されているのは、自分の方。
従順で物分りがよくて生意気じゃない自分なんて、不二にしか見せられないからだ。

終わり



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