チフネの日記
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| 2012年02月01日(水) |
苦悩のラズベリー 1 不二リョ |
その日の放課後。 担任に呼び出しを受けた菊丸を待つ為、不二は一人で教室に残っていた。 クラスメイト達は帰宅したり、部活へ行った為お喋りする相手もいない。 だから今日の課題を解いている。 本当なら不二も部活に励んでいる時間だが、昼過ぎから雨が降った所為で休みとなった。 体育館は他の部活が使っているからトレーニングも出来ない。 その上、手塚は生徒会で不在だ。休みになるのは当然の流れだ。 それぞれ自主練習するという連絡が来たが、この雨ではどうにもならないだろう。 暇だなあと、不二は溜息を零した。
家に帰ったらサボテンの世話をしたり、写真の整理とか色々やることはある。 しかし菊丸が「傘持っていないー。不二、入れて行って!」と泣きつくものだから、こうして残って待っているというわけだ。 相方の大石はクラスの用事があるから、一緒に帰れないらしい。 ちなみに菊丸が呼び出されたのは課題を忘れたという理由だ。なんでちゃんとやってこないんだ、と愚痴っぽく呟く。 待つのが面倒だと思ってもさすがに二年近く付き合っている友人を見捨てて帰るようなことは出来ない。 そんなことしたら後で菊丸が「なんで置いて帰ったんだよ!」と騒ぐからというのもあるが。
窓の外に視線を移し、帰って行く生徒達をぼんやりと眺める。 走って行く者、友人と並んで傘を差す者、一つの傘に入っている恋人達、とそれぞれの風景がそこにある。 こんな所から見つけられるはずはないのに、つい(いないかな……)と、不二はリョーマの姿を探した。
今日は部活が休みだから、明日の朝まで会うことはない。 学年が違う為、偶然会うことも滅多に無い。リョーマとの教室はかなり離れている。 こんな時、自分とリョーマとの接点は部活しかないんだと思い知らされる。 それが無くなった途端、ぷつりと糸のように縁は切れてしまうのだろう。
(寂し過ぎる……)
強い意志を宿した大きな目を持つ彼と、もっと親しくなりたい。距離を縮めたい。 そんな気持ちを持っていることを、不二はもう自覚していた。 最初はちょっと強い、面白そうな一年生が入部して来たくらいに思っていたのだが、 リョーマの強さはちょっとなんてものじゃない。 一日ごとに成長していく姿に目を奪われ、気にしている間に好きになっていた。 こんな気持ちを抱いているなんて、リョーマは知りもしない。 大体、接点も少ない。会話もほとんどしたことがない。 同じ部活の中でリョーマが親しいのは桃城だ。次が菊丸か。 自分はきっとただの先輩という括りの中にしかいないのだろう。
元々不二は誰かを好きになって積極的にアプローチしていく性格ではない。 でもこれはあんまりだと、自分でもわかっている。 親しくなりたいのなら毎日一言交わすような気持ちをもたなくては、距離は縮まらない。
(わかってはいるんだけど……)
リョーマを前にすると緊張してしまう。 変なことを言って嫌われたらどうしよう。悪い印象を与えたくない。 その気持ちが不二に二の足を踏ませている。 天才なんて呼ばれているけど、本当はただの小心者。 好きな子に近付くことさえ躊躇っている。
そんな不二の想いに、つい最近気付いたものがいる。 菊丸だ。 クラスでも部活でも一緒にいるからか、微妙な態度の変化を見抜いたようだ。 「ひょっとして、不二っておチビのこと気になっているの?」と、非情にストレートに聞いてきた。 否定するのは簡単だが、友人に嘘をつきたくなかったのと、もしかして協力してくれるかもしれないと思って、「うん、そうなんだ」と答えた。 すると「だったらもっとおチビにわかるようアプローチしないと」という在り来たりな意見が返って来た。 わかってる。出来るならそうしてる。 憮然とする不二に「本気の恋にはなかなか手が出せないってこと?意外な見ちゃった」と菊丸は笑うだけだった。 からかわれるだけなら、やっぱり打ち明けるべきではなかった。 しかし言ってしまったものは仕方無い。 それから事あるごとに「おチビに話し掛けるチャンスだよ」と背中を押されたりするが、やっぱりまだ踏み出せないでいる。 そんな不二を見て、菊丸も「このまま見ているだけじゃ、誰かに取られても知らないよ」と意見してきた。
リョーマが他の誰かのことを見る。 今はテニスだけしか頭に無さそうな彼だが、どうなるかなんてそんなのわからない。 取られたくない。できたら自分の方を見て欲しい。
(その為には自分が変わるしかないんだ)
せめて部活が中止になっても顔を合わせる位親しくなりたい。 明日は菊丸の言う通り、話し掛けてみようか。 そんなことを考えている間に、教室のドアが開く音が聞こえた。
「やっほー、不二。おまたせ!」 「英二か……」 「あれ?どったの、そんな暗い顔して。待ちくたびれている間に考え事でもしてた?」
にゃははと明るく笑う菊丸に「そうだよ」と不二は低い声を出した。
「してたよ。このあまりある時間に色々考えることが出来た」 「えっと、不二?」 「英二の言う通りだよ。足踏みしている間に越前を誰かに取られてしまうかもしれない。 そうなる位なら告白して僕と付き合ってもらえるようにするべきだよね!」 「ちょっと、不二!声大きい!」 「何?他に誰も残っていないんだから、構わないじゃないか」
しんと静かな教室に、不二の声はよく通った。 でも菊丸しかいないのだから、何を焦る必要があるのだろう。 首を傾げると、「あのさ……」と菊丸は頭を書きながら言う。
「廊下にも聞こえているから、もうちょっと静かに話すべきかなと思って。 ねえ、おチビ」
ハハッと引き攣った笑いを浮かべた菊丸はひょいっと体を動かす。 その後ろには固まったままこちらを見詰めているリョーマの姿が見えた。
「え、越前?なんで、ここに」 「職員室でばったり会ったんだよ。どうせ部活休みだし、不二と三人でどこかに寄って行こうって話になって連れて来たんだけど。 まさか不二があんなこと言い出すとは思わなくって」
驚いちゃったと続ける菊丸の声はもう耳に入ってこなかった。
「今の、聞いてた?」 確認するようにリョーマに問い掛けると、僅かに目を見開いてからこくんと頷く。
今の話を聞かれていた。 それって、つまり。
「あああああ!」 「ちょっと、不二!どこ行くの!?」
荷物も放り出したまま、不二は菊丸とリョーマを押し退けて廊下へと飛び出し、そのまま走り出した。
アプローチする前にこの想いを知られたなんて、間抜け過ぎる。
明日、どんな顔をしてリョーマに会ったら良いのだろう。 恥かしさからこのまま消えてしまいたいと願いながら、降り続く雨の中飛び出した。
チフネ

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