チフネの日記
DiaryINDEX|past|will
いつも以上に不機嫌そうな跡部の顔を見て、リョーマは一瞬どうするべきか迷った。 構うと長くなることはわかっている。 余計な気力は出来るだけ使いたくない。 この合宿では全員がライバルだ。 だから出来るだけ揉め事は避けて通りたい所だが、恋人の不調を見て見ぬ振りはさすがに良心が痛む。 それに放っておけば後で面倒なことに巻き込まれるのはわかっている。 だったら出来るだけ早く片付けた方が良い。
諦めの境地で「どうしたんすか」とリョーマは跡部に声を掛けた。
「お前か……。どうもこうもねえよ」 ぐしゃっと自分の髪を掴んで言う跡部に、相当参っているなと思った。 原因は大体想像できる。 「あまりよく眠れてないんでしょ」 目のしたにあるクマを見て、そう尋ねると「ああ」と跡部は頷く。 「同室の連中の歯軋りやらいびきやら寝言やらで、寝るどころじゃなかった。とんだ厄日だったぜ」 いつもと違いげっそりとした様子だ。 「お前の方はどうなんだよ。うるさかったりしなかったのか?」 「さあ。俺、直ぐ寝ちゃったからわかんないっす」 リョーマは布団に入ったら三秒も待たずに 眠ることが出来る。 羨ましそうな顔をしている跡部は、その逆だ。 意外と繊細なところを持っていると知っている。 慣れない環境はともかくとして、よく知らない人達、しかも睡眠を妨害するような行為をするような者と同じ部屋でぐっすりと寝るのは難しい。 睡眠不足となると、トレーニングにも影響する。 体調管理も選手として大切な要素の一つだ。
「今日の練習、平気っすか」 リョーマの言葉に、跡部は「大丈夫だ」と答える。 「この位、どうってことねえよ。心配すんな」 「はあ……」 しかしとても大丈夫そうには見えない。 強がっていること位、すぐにわかる。
それでも跡部は普通を装うのだろう。 強がりも大概にしろと、よろよろと歩く姿に溜息をつく。
(とりあえず今日一日、様子を見ておこう……)
何かあったら手を貸す位の気持ちでいればいい。 今何かを言ったところで聞くわけがないし、弱音を吐くこともまずないのだから。
困った人だと、自分のことを棚上げしてリョーマは胸の内で呟いた。
その日の夜。 風呂上りにファンタでも飲もうと、軽い足取りで自販機に向かう途中、 リョーマはベンチで横たわっている人影を見付けた。 「跡部さん!?」 何しているんだと、慌てて駆け寄る。 合宿での人数が多い所為で夕飯時に見付けることが出来なかったから、後で訪ねていこうと考えていた。 なのに部屋ではなく、こんな所で寝そべっているとは。
(どうなってんの)
上から見下ろす格好で跡部の顔を確認すると、朝より悪くなっているようだ。 これは医務室に連れて行くべきか。 そう思って「コーチ呼んでくる」と走り出そうとする直前、跡部に腕を捕まれた。 「ちょっと待て。大袈裟にするな」 「大袈裟って。具合悪いんでしょ。大人しくしてた方がいいって」 「平気だ。寝れば治る」 「だったら自分の部屋で寝ろよ。こんな所で風邪でも引いたらどうするんすか」
そんなことで選抜から漏れたら許さない。 じっと睨み付けると「お前の言う通りだよな」と、跡部は顔を歪めて、体を起こす。 「けど、あの部屋に戻っても結局うるさくて眠れないかと思うと帰るのが面倒になったんだ。 いっそここの方が眠れるかと思った」 「それで風邪引いたら意味無いのに……。 ねえ、やっぱりコーチに相談したら?」 リョーマの提案に、跡部は視線を逸らせたまま答える。 「嫌だ。こんなこと位で参っているようじゃこの先やっていけるかどうかわからないって、判断されちまうかもしれないだろ」 「それは、違うとは言い切れないけど」 どうしたものかと、リョーマは眉を寄せる。 このままここで寝かせるわけにはいかない。 しかし睡眠不足のままだと、跡部は倒れてしまう。 そうさせたくないと思う気持ちから手を振り解けないまま突っ立っていると、 ぐいっと体ごと引っ張られる。
「ちょっと、何して」 いつ誰が通り掛るかもわからないのにと、リョーマは抗議の声を上げる。 しかし「少しの間、大人しくしてろ」と、命令口調のわりには弱弱しい跡部の声に、黙ってしまう。動けなくなる。
「こうしていると安心するんだよ。やっぱりお前の側が一番落ち着くな」 「……」
少し穏やかになった表情に、返事をすることさえも出来なかった。 だって自分が側にいるだけで跡部の調子が良くなるのなら、そうしてやりたいと思うから。 つくづく自分も甘いよなあと、跡部の背に手を回した。
「ちょっとの間だからね」 「ああ」
目を閉じて体重を掛けてくる跡部に、「重い」と文句を言わず、リョーマは大人しくしていた。 そんなに疲れているのならさっさと申請でも抗議でも全員を追い出すとかなんでもすればいいのに、 出来ないのが跡部なんだよなあと思う。
でも、そんなプライドの高さも嫌いじゃない。 自分だけに無防備になる所も。
せめて風邪引かないようにと、体温を与えるように密着する。 跡部の心音を聞きながら、リョーマもいつしか目を閉じてうとうととしていた。
その後、消灯時間になっても戻らないことにルームメイト達が探しに来て、 くっ付いて寝ているところを目撃されてしまう。 そんなに離れられないのならどっか空き部屋でやってくれと、適当な所に押し込められて、リョーマは大変恥かしい思いをするのだが、安眠と恋人と二人きりで過ごせる部屋を手に入れた跡部は、ご機嫌だったという。
終わり
チフネ

|