チフネの日記
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2011年12月11日(日) 食卓の風景 不二リョ

たまに実家に帰る時、不二は必ず何か料理を覚えていく。
「ちゃんと自炊しているのね」
感心したように言う母に、「うん」と笑顔を返す。
「一人暮らししてみて、母さんの有難みがよくわかったよ。
毎日献立を考えるのって大変だね」
「ふふ、わかってくれた?それで、今日は何を教えて欲しいの」
何でもどうぞと言う母へ、不二は「カレー」と答えた。
「え?カレーなんて簡単じゃない。知らないわけじゃないんでしょう?」
まさかの質問に、母は怪訝な顔をする。
しかし不二は真顔で「普通のカレーの味付けってどんなものか教えて欲しいんだ」と言った。







一人暮らしを始めて一年になる。
大学に進学すると同時に家を出ることは前から決めていた。
通学時間の為だけでなく、生活力をつけることを目的としている。
勿論一人なら気兼ねもなく恋人を呼べるという下心もあるのだが、その恋人とは頻繁に会うことは出来ない。
不二よりもはるかに忙しく、世界を飛び回って戦っているのだから。
当の本人は強い相手と試合出来るのが楽しくて仕方なく、そうそうプレッシャーも無いのだけれど、
それでも休む場所として必ず不二の所にやって来る。
テニスのプロとして活躍している選手、越前リョーマ。それが不二の恋人だ。


「ただいま」
「おかえり、越前」
不二の部屋に寄る時はただいまと言ってくれることが嬉しくて、つい顔がにやける。
「何笑っているんすか」
中等部の頃より少し背が伸びて、不二との目線が近くなった。
リョーマに問われて「君が来てくれるのが嬉しいんだよ」と、恥かしげもなく答える。
「何言ってんの。休みの時は出来るだけ来るって言ってるのに。
それにこの会話も何度目?いい加減慣れてよ」
「うーん。まあ、出来るだけね」
不二としても今も信じられない気分が続いている。

リョーマがプロを目指して遠くに行ってしまったら、付き合いは途絶えてしまうと思い込んでいた。
日本に留まっている自分と、世界の強豪を相手に駆け回るリョーマとでは釣り合いも取れない。
ここらで手を放そうと考えて話を切り出したところ、リョーマに滅茶苦茶怒られた。
「俺のこと嫌いになったんじゃないんでしょ。
遠距離でもいい、続けてみて無理だってわかってから別れ話をしろよ。
やってもないのに諦めるなんて、俺は嫌だ。絶対に認めない!」

本気で怒るリョーマを見たのはこれが初めてかもしれない。
むすっとしてそっぽ向くような可愛らしいものじゃなく、真っ赤になって怒鳴っている。
リョーマの本気が伝わって、不二の方でもやっと自分の気持ちを認めた。
「別れたくない」
泣きながら告白したのも、今はいい思い出だ。
とにかく二人は別れを回避し、今日に至る。
会える回数は人並みより少ない。
それでも幸せだからこの関係をずっと続けていきたいとも思っている。




「今日、カレー?」

鼻をひくっと動かしたリョーマに「そうだよ」と不二は答える。
「え、でも俺……あんまり辛いのは」
「大丈夫。自信作だから是非食べてみて」
ほら、と玄関先でまだもたもたしているリョーマの手を引っ張って、部屋へと入れる。
「この間、食べたいって言ったじゃない。だから頑張って作ったんだ」
「言ったけど、さあ」
「いいからいいから、心配しないで」

前回リョーマが訪ねて来たとき、隣の部屋の住人がカレーを作っていてその匂いに刺激されて「カレーがたべたい」と呟いたことを覚えていた。
作ろうかと言ったのだが、「ううん。他の料理作る予定で揃えてあるんでしょ。だから、いいや」と顔を引き攣らせて答えたことも忘れていない。
多分、ものすごく辛いカレーが出て来ると予測したのだろう。
実際不二も普通の味とのカレーなんて作れなかったから、危険を察知したリョーマは正しいと思った。
だからこそ、今度来た時はリョーマが食べられるようなカレーを作っておこうと考えていたのだ。


「本当に大丈夫っすか?」
お皿に盛ったカレーを見て、リョーマは不安げな顔をしている。
「平気だよ。これ、市販のルーだから」
「そうなの?意外……。不二先輩ならもっとスパイスに凝ったものを好むと思っていたのに」
「僕一人だったらね。さあ、冷めない内にどうぞ」
「いただきます」
市販の、と聞いて安心したのだろう。
リョーマはスプーンを手に取って、カレーを一口掬って口へと運ぶ。
「うん、美味しい」
「良かった。市販のもので失敗したら、それはそれで困るけどね」

普通のカレーを作りたい。
母親に尋ねたところ「だったら市販のルーを使いなさい。間違っても変なもの入れちゃ駄目よ。それさえ守れば誰でも食べられるものが出来るから」と真っ当なアドバイスを受けた。
色々入れたいのを堪えて出来た結果が、この何の変哲もないカレーだ。
美味しい美味しいと食べているリョーマの前にサラダとつけ合わせを出しておく。

「そんなに美味しい?口に合って良かった」
「うん。嬉しいけど、先輩は物足りなくないんすか?
これだといつもの百倍甘いんじゃないの」
「百倍は大袈裟だよ」
笑いながら不二も椅子に座って、自分の分のカレーを食べる。

「ちょっと甘いと思うけど、美味しいよ」

これがリョーマの好きな味。
そう考えると美味しいと舌が認識するから不思議だ。
料理を覚えるようになって、リョーマがどんなものを好きか、どんな味付けを喜ぶか、
そればかり考えていたら味覚が変化したみたいだ。

多分、前のような激辛カレーを食べることはなくなるだろう。
二人が一緒にいる限り。


「次に来た時は何を食べたいか考えておいて」
「うん」

カレーを食べながら満面の笑みで答えるリョーマに、
今度も満足してもらえるような料理を作ろうと考えていた。

終わり


チフネ