チフネの日記
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| 2011年11月06日(日) |
遠・近片思い 跡→リョ(塚←リョ有り) |
リョーマが再び合宿所に戻って来た時、既に手塚の姿は無かった。 「あれ?部長は?」 何気なく問い掛けるリョーマに、不二と菊丸がドイツへ向かったことを告げる。 選抜を抜けて行ってしまったことに、さすがに驚きを隠せないようだ。 大きく目を見開いた後、視線を少し下に向ける。 「そうっすか。でも悪くない判断だと思う。 俺も行くべきだって、そう考えていたから」
強がり言ってるなと、側で一部始終を聞いていた跡部はそう思った。
越前リョーマは手塚のことを特別に思っている。 とっくの昔に見抜いていた。 だから、リョーマを手にしたいと思ってもすぐにアプローチは掛けなかった。靡かない相手に行動を起しても、無駄だ。チャンスは待った方がいい。 救いがあるとしたら、手塚の方はリョーマのこをとただの後輩としか見えていないということだ。 あれでは告白しても上手くはいかないだろう。 リョーマもそれに気付いているのか、決して想いを打ち明けようとはしていない。 ただの後輩から距離を縮めて、関係を変えていこうと考えているのか。 どうせお互いプロになるのだからと、長期戦を狙っていたのかもしれない。 そして、この合宿。 アメリカに行った成果を手塚に報告しつつ、交流を深めようと思ってリョーマは戻って来たに違いない。 目論見は外れたな、と跡部は小さく笑った。 手塚はもういない。 次に会えるのはいつになるかもわからない。 あのクソ真面目な眼鏡は脇目も振らずにドイツに行きプロを目指して行くのだろう。 リョーマの想いにこれっぽっちも気付きもせずに。
いつも通りにしているようで、少し元気の無いリョーマを見て、 跡部はこのチャンスを逃すわけにはいかないと考えた。
リョーマに近付くには、テニスに誘うのが一番の近道だ。 実力がなければ歯牙にも掛けられないが、幸い跡部にはそれなりのものを持ち合わせている。
行動するには早い方がいい。 何気ない風を装って、一人になった所に近付きコートへと誘う。 意外な誘いにリョーマは驚いた顔を見せたが、すぐに乗って来た。
「あんた達勝ち組が今までどの位実力をつけたか、見せてもらうよ」
相変わらず生意気な口の利き方だが、跡部にとってそれは心地良い響きに聞こえる。 越前リョーマはこうでなくては。 しおらしい態度なんて、全くらしくない。
そして二人でコートに行って打ち合うことになったが、 いつかの試合みたいにタイブレークが延々と続いていつまで経っても決着がつかないまま夕飯の時間となった。
「おい、もうコートを出ようぜ」 声を掛けると「逃げんの?」とリョーマはまだまだやれると言う。 跡部としてもいつまでもここに居たいという気持ちはあるが、合宿所の中ではそうもいかない。 決められたルールは守るべきだ。
「逃げるわけじゃねーけど、ここは夕飯の時間を過ぎたら問答無用で食堂は閉められるぞ。 一食抜いても構わないのなら、続けてもいいけどな」
途端にリョーマは空腹であることに気付いたようだ。 勝敗を決めたいというプライドと、腹の虫の具合を考えて結論を出す。 「わかった、食事に行く」 渋々というようにラケットを下ろした。
年相応のその表情に、跡部は思わず笑ってしまう。
「何、笑っているんすか」 「いや、さすがのお前も食事抜きは辛いか」 「当然っす。腹減ったら、動けなくなるじゃん」 むっと唇を尖らせるリョーマに、「ああ、そうだな」と跡部は頷いてリョーマの方に向かって歩く。 そして「飯、食いに行こうぜ」と、帽子の上から頭にぎゅっと触れた。 「ほら、行くぞ」 「あ、うん」
二人で並んで食堂へと歩いて行く。
これで第一段階はクリアした。 次からはもっとスムーズに誘うことが出来るはずだ。
跡部が考えたように、次にリョーマをコートに誘っても戸惑うこともなく直ぐに承諾してくれるようになった。 実際リョーマと跡部が打ち合うことは、お互い強くなっていくことに繋がるのだから断る理由も無いのだろう。 そしてテニスに誘いつつも、休憩を取っている間に会話を交わすことも多くなっていた。 最初はテニスに関することから。 次第にプライベートなものを混ぜるようになっても、リョーマも普通に受け答えするようになり、 合宿が始まる頃より親しくなっているといっていい位だ。
笑顔すら覗かせるようになったリョーマに、跡部は全て上手くいっていると思った。 このままでいけば手塚の存在を心の中から消して行く日も近いだろう。
しかし人の心がそんなに簡単に変わるわけじゃない。 自信家故に、跡部はリョーマを振り向かせられないはずがないと思い込んでいた。
その日、リョーマは青学の部員達を集まって何やら話しをしていた。 早く一人にならないだろうか。 そうしたら、コートに誘うのに。 休憩は少し多めに取って、リョーマにはファンタを買ってやって、昨日とは違う話をしよう。
そんなことを考えてうろうろしている間に、 誰かが発した「手塚」という単語が聞こえて来た。 何の話をしているのかと、跡部はこっそりと聞き耳を立てた。
「手塚、無事にドイツに着いたみたいだよ。パソコンのアドレスの方にちゃんとメールを送ってくれていた」 「へえー。手塚が連絡くれるなんて、意外だにゃあ」 「一応、合宿を途中で抜けたわけだし、気にしているんじゃないの」 「そうだな。こっちの様子も知らせておいた。負け組が戻って来たことを知ったらきっと驚くぞ」 「もうちょっと残っていたら会えたかもしれないのに、残念だよね」
皆が口々に手塚のことを話す中、リョーマだけは黙ったままだ。 でも、無関心なわけではない。 そうだったら、とっくに輪の中を抜け出しているだろう。 少なくとも跡部の目には、リョーマは自ら望んでそこに踏み止まっているように見えた。 手塚がどうしているのか、知りたいのだろう。
「ドイツに行って、もう戻って来ないのかにゃー」 「当たり前でしょ。その為の留学なんだから」 「でもこれっきりってちょっと寂しいよ。ねー、おチビもそう思うでしょ?」
不意に話を振られたリョーマは、明らかに狼狽する素振りを見せて、すぐにそっぽを向いた。
「別に……。本人が望んで行ったんだから、どうしようもないじゃん」 「もーっ、素直じゃないぞ!」 「なにそれ、って菊丸先輩、抱きつかないでください!」
青学の連中に構われているリョーマから目を逸らし、跡部は急いでこの場を離れた。 これ以上、手塚のことを考えているリョーマを見たくない。 コートで打ち合ったり、二人で休憩している時はそんな顔しなかったくせに。 それとも気付かなかっただけで、本当はいつも手塚のことを想っていたのだろうか。 ずっと、ずっと。
(そんなの敵わないじゃねえか)
遠くに行ってしまったのだから、さっさとリョーマの心からも去って欲しいのに。 まだ居座ったままだなんて厄介にもほどがある。
「なんだ、ここに居たの」
声を掛けられ、跡部は顔を上げた。 あれからリョーマを誘う気にもあれず、ずっとトレーニングルームで体を動かしていた。 気付いたら誰もいない。時計を見ると、昼休みの時間だ。 ここにいた皆は食堂に向かったのだろう。
「お前はここで何している。飯は?」 汗を拭いながら問い掛けると、「もう食べた」とリョーマは答えた。 「騒がしいからすぐに出て来た。 それで跡部さんはいないかなってちょっと探したんだけど、 食堂に来てなかったようだからふらふら歩いてここまで来たら、ちょうど会えた」 「それで、俺に何か用か」 「用、って……」
リョーマは戸惑ったような顔を見せた。 今まで好意的に接していた相手からそんな言い方されたのだから、無理も無い。 しかし跡部も余裕が無かった。 さっきの今でリョーマに何事もなく接するのは無理な話だ。
「いつも打っているから今日はどうするのかって聞きに来たんだけど……。 忙しいみたいだから、止めとく」
離れようと背を向けるリョーマに、跡部は何故か行かせたくないという思いが強く込み上げた。 急いで立ち上がって、手を伸ばす。 肩を掴むと、驚いたようにリョーマが振り向く。
「どう、したんすか?」
どうも、こうも。 お前が手塚のことばかりを考えているからムカついて仕方無い。 少しはこっちのことも気にしろよ。 言いたいことはいくらでもある。 口に出したとしても、リョーマの心には届かないだおる。 手塚に向いたままなのだから。 ならばいっそのことこの場で押し倒して抵抗しようが泣き叫ぼうが小さな体を組み敷いて、自分がずっとしたかったことを実行してやりたい。 体だけでも手に入れてしまいたいという欲求が膨らんでいく。
「跡部さん……?」
名前を呼ばれて、ハッと我に返る。 不安げな目と視線がぶつかって、跡部は肩を掴んでいた手を離した。
「悪いちょっと立ちくらみがした」 「大丈夫っすか?お腹空いているせいじゃない? 食堂行った方がいいっすよ」
嘘を簡単に信じるリョーマに「そうだな」と真面目に頷いてみせる。 こいつは、こっちの気持ちに全く気付いていない。 疑いもしないんだなと、溜息をつきたくなる。
「午後からなら空いているぜ。コート借りて、打とうぜ」 「いいんすか。無理しなくても」 「大丈夫だ。この位、なんともない」
じゃあな、とリョーマを追い越して、食堂へと向かう。 ああ言った手前、他の場所に行くのはまずい。 それにこの後リョーマとテニスするにあたって、空腹のままでは分が悪い。食べておくべきだ。
(力づくではどうにもならないこと位、わかっていたじゃないか……。 今焦っても仕方無いことも)
今はまだ手塚の存在がどんなに大きくても、この先はわからない。 遠くにいるあいつより、近くにいる自分の良さに気付いて、心が動くって展開が無いとは言えない。 それに今日はリョーマの方からわざわざ探しに来てくれた。 前よりも近付いている証拠だ。 この先はもっともっと親しくなっていく。そうさせてみせる。
まだ諦めないぞと、足早に歩く。
ゴールがいつになるかわからないけど、このまま突き進んで行ってやる。
このまま終わりにするなんて俺らしくないからなと、 ようやく跡部はいつもの調子で笑った。
終わり
チフネ

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