チフネの日記
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| 2011年10月30日(日) |
跡リョ 君がいなくちゃ |
自分でも恵まれた環境にいること位は、わかっている。
なのにこの不満は何なんだろうなと、跡部は苛々しながら携帯を握り締めた。 着信もメールも無い。 シカトかよと、鼻を鳴らす。 全く、なんて奴だ。 これまでの人生、思い通りにならなかったことなんて無かったのに、 たった一人に振り回されている。
そうだ。全てを手に入れて来たつもりだった。 元々、家が金持ちだった為、望めば大抵の願いは叶った。 テニスがやりたいと言えば、両親は最高のコーチをつけてくれた。 しかしそれだけでは強くなれない。 スクールに入って初めて跡部は最初の壁にぶち当たることになる。
「親が金持ちだからって調子に乗っているんじゃねーぞ」 「そうそう。才能までは金で買えないからな」 「お前の弱点、ばればれだぜ」
金持ちの息子がお遊びでテニスをしていると、他の選手達から執拗に弱点を狙われ、 負け続けた日々。 投げ出すのは簡単ことだった。 テニスは自分に向いていないと言って辞めても、両親に責められることは無かっただろう。
だけど、跡部は諦めなかった。 逃げ出すなんてプライドが許さない。 弱点を狙われるのは、自分が弱いから。 克服して、今度は逆に自分が相手の弱点を攻めてやろう。 やられっぱなしは性に合わない。必ず奴らに勝ってみせる。
こうして跡部は努力に努力を重ねて、スクールにいる選手を全て打ち負かした。 誰にも文句を言わせない位強くなってから、日本へと渡った。 そして氷帝に入る前に、あることを決めた。 今度は最初から下手に出るなんてバカな真似はしない。 もう自分は充分強くなった。 一年生だからといって諦めたりせずに、最初からテニス部の部長の座を奪ってやる。 それだけでなく、学校全体も掌握してしまおう。 誰にも文句を言わせない。 俺様がキングだと、知らしめる絶好のチャンスだ。
計画を練り上げ、跡部は氷帝の入学式に乗り込んだ。 唖然としている部長以下、全ての先輩部員をコートで叩きのめし、あっさりと部長の座を物にした。 学園も寄付という形で次々と新しい施設を建設し、誰もが跡部に対して一目置くようになった。 生徒会長にもなって教師からは信頼も厚く、部内ではそれなりに会話も出来るチームメイトも作り、彼女になりたいという女性とは後を絶たない。 誰もが羨むようなそんな人生を送っているつもりだった。
(なのに、どうしてこんな沈んだ気持ちになるんだ……)
さっきから反応の無い携帯に、溜息をつく。
原因はわかっている。 越前リョーマだ。 リョーマが跡部の前に現れてから、これまで順調だった人生から道が外れていった。 いや、外れたとはまた違う気がする。 振り返ると今まで心から好きだと思える人とは出会えていなかった。 だけどリョーマは、初めて跡部から興味を持って好きになった人だ。 年下のくせに生意気な口を利いて(こっちが氷帝の部長だとわかっている上で!)、 ただのもの知らずなガキかと思いきや、見合った実力を持っていて。 その上、自分を公式で負かした相手だ。 無視なんて出来るはずがなかった。
これまで眼中にも入れていなかった存在に試合で負かされた事実は、跡部の世界を全て塗り替えた。 気付くと青学の試合会場に足を運び、ついには記憶を無くしたリョーマの手助けになるような行動までしてしまう。 どうして、手を貸すような真似をするのか。 その時はわからなかったけど、波乱の決勝の試合の後、 「一応、礼を言っとく。ありがと」と軽く頭を下げたリョーマを見て、ようやく自覚した。
(こいつのこと、俺は気に入っているんだ。 好き、という意味も含めて)
会いたかったから、試合を見に来た。 何かしてやりたいとヘリまで使って迎えに行った。 記憶を取り戻す為に、コートにまで足を運んだ。 その行動の理由は一つしか有り得なかった。
「そうか、そうだったのか」 「え?何が?」
一人で納得している跡部に、リョーマは怪訝な声を出す。 構わず近付いて、その腕を掴んだ。
「俺と付き合え、越前」
跡部にとって初めての告白は、 「は?頭、大丈夫?」と盛大にスルーされた。
(それでも俺は諦めなかった)
初めて好きだと思える相手にめぐり合えたのだ。 簡単に諦められるはずがない。 その後、しつこい位に押して、追いかけて、ストーカーとして通報される寸前までいったのだが、 なんとかその一歩手前でリョーマに付き合いを承諾してもらえることに成功した。 あの時ほど幸せだと思ったことはない。 これで自分の人生は完璧なものになったと信じていた。
だけど。
(まだ怒っているのかよ。 勝手に携帯を見たことは謝るから、機嫌を直してくれないか……)
付き合っている内に、リョーマの携帯に頻繁にメールが届いていることに気付かされた。 さりげなく誰からだと尋ねたら、「遠山から」と言うではないか。 四天宝寺の遠山金太郎がリョーマをライバルとして友人として気に入っていることは知っていた。 大会中に連絡先を交換したら、メールが毎日届くようになったとリョーマは打ち明けた。 たこやきを10皿食べたとか、今日は1こけし貰ったとか、些細なことだと笑って言ったが、 跡部の内心は穏やかではない。
(何で他の男とそんなに頻繁に連絡取っているんだよ。優先するべきは俺だろうが)
遠山のメールに対してリョーマは5回に1回程度しか返信していないのだが、そんなこと知ったことではない。 リョーマに興味を持っている相手がいる。それだけで不愉快になるのは当然だ。 何度もメールで口説いているのではないか。 そんな疑いを一度持つと、もう駄目だ。 確かめるまで心安らぐ日はない。
そしてある日。 リョーマが席を外した時に、つい鞄を漁って携帯を取り出しメールの内容を読んでしまった。 たしかに書かれていることは、どれも日常の1コマに過ぎず、 リョーマを口説いたり好意を仄めかすような内容は無い。 ほっとして携帯を戻そうとした瞬間、 「何してんの」と、いつもより低い声が響いた。
「あんたって、サイテー」 弁解する間もなく、リョーマは奪うようにして鞄を持って跡部の前から去った。
それ以来、連絡を取ろうにも避けられ続けている。 青学に行っても無視され、なんとか話をしようとすがっても逃げられる。 携帯を覗くなんて卑怯なマネをするべきではなかったと、事の重大さに気付いた時には遅い。
(自分でも、どうかしていた)
リョーマが何でもないと言っているのだから、信じていれば良かった。 自分の心の狭さに呆れてしまう。 だから許してもらえないのかと、肩を落として落ち込む。 どうしたら謝罪の言葉を受け入れてもらえるのか。 考えても、良い案は浮かばない。
(諦めたりはしねえが、長期戦になるかもな) その間ずっとリョーマの顔が見られないかと思うと、また落ち込みそうになる。
「景吾様」
不意に声を掛けられ、びっくりして跡部はソファから飛び上がった。 いつの間にか使用人が入り口の所に立っていたのだ。 「なんだ、ノックくらいしろ」 「何度もしたのですが、返事が無かったので気になりまして」 「……そうかよ。で、何の用だ」 咳払いをして尋ねると、「用があるのは俺だよ」と使用人の後ろから会いたかった人が顔を覗かせた。
「リョーマ!?」 声を上げると「うるさい」と顔を顰めて部屋に入って来た。 使用人は一礼をしてドアを閉めて出て行く。 しんとしした室内に、二人で見詰め合う。
どうしてここに。怒っていたんじゃないのか。 聞きたくても未だ怒っているような顔をしているリョーマに、何も言えない。 いつでも自分のやりたいようにやって来た跡部だが、好きな人には弱気になってしまう。 情けねえなと、黙ったまま唇を噛んだ。
そんな跡部の様子に気付いているのか、リョーマは直ぐ前まで移動をして、 「何か言うことないんすか?」と声を出した。
「……まだ、怒っているのかよ」 やっとの思いでそう言うと、「まあね」と返される。
「でも言い訳くらいは聞こうと思って来た。いつまでも逃げているわけにもいかないでしょ。 それに氷帝の人達からもなんとかしてくれって泣きつかれたんだよね。 あんたが落ち込んでいると、色々鬱陶しいんだって」 「氷帝?誰だ?」 「それは……内緒」 忍足や向日や、レギュラーの連中の顔が浮かぶ。 鬱陶しいとはなんだと思ったが、リョーマがここに来る切っ掛けを作ってくれたことを思い出し、 今回だけは感謝することにした。
改めて顔を上げて、 「あの時は悪かった」と謝罪する。 「勝手に携帯を覗くなんて、マナー違反だな。もう二度としない。 出来れば許して欲しい」 「本当に反省してんの?」 「してる。お前の信頼を失うことがこんなにキツイとは思わなかった」 「だったら最初からやらなきゃいいのに」 「あの時はどうかしていたんだ。 遠山と仲良くしているのが不安で、何も無いことを確かめたくてつい卑怯な手段を取った」
ハア、とリョーマが深いため息をつく。 呆れているのか。 だとしても仕方無いと、跡部は項垂れた。 その様子を見ながら、「後悔するならやらなきゃいいのに」とリョーマは静かに言った。
「大体、俺は二股掛ける程器用じゃないよ。 付き合っているのはあんたなんだから、自信持っていいのに。 なんでコソコソ探ったりするの。俺に聞けば済むことでしょ」
変なところで弱気になるとかわけわかんないといって、 リョーマは跡部の肩を軽く叩いた。
「大目に見るのは今回だけっすよ」 「許して、くれるのか?」 「まあね それだけ疲れ切った顔を見せられて、無視出来るほど俺も鬼じゃないから」 しょうがないよね、とリョーマが抱きついてくる。
いいのだろうか、と戸惑いつつも跡部は小さな肩に手を回して抱き締め返した。
「許すよ。 だって俺もいつまでもケンカなんてしていたくない」 「リョーマ」
ありがとなと言うと、リョーマは嬉しそうに笑った。 その笑顔に、救われた気持ちになる。
今まで自分は恵まれた環境にいると思っていた。 才能もあって、家は金持ちで、容姿も人並み以上。 けどそんなものよりずっと、欲しいものがここにある。
好きな人が側にいて、笑ってくれる。
それこそが自分の望む幸せの形だと跡部は知って、 腕の中にいるリョーマをより一層強く抱き締めた。
終わり
チフネ

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