チフネの日記
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| 2011年10月07日(金) |
少しだけ特別な日 塚リョ |
「部長」 「どうした」 「今日、誕生日って聞いたんすけど」 「ああ、そうだな」 「……」
そうだなって、それだけ? 目の前で引継ぎ書を書いている手塚の顔を眺めながら、 リョーマは不満そうに鼻を鳴らした。 仮にも付き合っている相手を前にして、今の返事はどうなんだ。 しかもこっちは誕生日がいつなのか、本人の口から聞かされていない。 校内で騒ぐ女子達の言葉を耳にして、桃城に確認を取ってやっと知った所なのに! 付き合って最初の誕生日なのだから、もっとこう盛り上がっていい所じゃないだろうか。
(なんで教えてくれなかったんだよ)
さっきの会話は皮肉を込めたものだったのに、手塚はまるで気付いていない。 生徒会の引き継ぎが忙しいとかで、ずっとその仕事に終われている。 折角部活を終えて急いで執務室にやって来ても、会話すらままならない。 少しずつ溜まっていく不満が、リョーマを苛々させる。
「ねえ、まだ終わらないんすか、それ」 「後少し掛かる。これでも急いでやっているんだ。我慢してくれ」 「ふーん」
我慢って、なんだ。 まるで小さい子に言い聞かせるような言葉に、ムッとする。 ここで怒って「帰る!」と叫ぶのは簡単だ。 しかし手塚の誕生日にケンカはしたくない。 リョーマにもその位の分別はある。
(ここは俺が折れてやらないと) 仕方無いと、リョーマは鞄からゲーム機を取り出す。 どうせ相手をしてくれないのなら、これでしばらく時間を潰そう。 その方が気も紛れる。 よし、と電源を入れて意識をそっちに向ける。 だけど後でなんで誕生日のことを言ってくれなかったのか、それはきっちりと問い詰めようと思った。
「越前」
それから30分ほど経過しただろうか。 手塚の声に顔を上げる。 「終わったぞ」 もう机の上は綺麗に片付けられていた。 手塚は立ち上がってこちらを見ている。 「すまなかったん、随分待たせた」 「あ……、ううん」 手塚の素直な態度に「遅い」っすよ」と文句を言う気も失せた。 リョーマはゲームの電源を落として鞄へと放り込んだ。 「結構もう暗くなっているっすね」 「そうだな。家まで送ろう」 「……うん」
ここまで来て送るだけかよとまた不満に思うが、本当に暗くなっているのだから仕方無い。 自分が手塚を家まで送りたいというのが本音だけど、それは許してくれないだろう。 何かあったら、どうする。 年上である俺が責任を持って見届けるのが筋というものだ。 今まで散々聞かされた言葉だ。逆らうのも面倒くさい。 年といっても二つしか変わらないんだけどなあと思いながら執務室を出る手塚の後に続く。 この時間となると部活動もとっくに終わっていて、校内に残っている生徒はほとんどいない。 先生が見回り来る前に出ないといけない。 手塚はともかく、リョーマは何故残っていたのかと問い質されると返答に困る。さっさと出た方が良さそうだ。 しんと静まった廊下には二人分の足音だけが響く。 そんな中、手塚が小さな声で「今日はすまなかったな」とまた謝罪の言葉を繰り返した。
「え?何?」 「こんなに遅くなるつもりは無かったんだ。もっと早く終わるのかと思っていたのだが、読み間違えた」 申し訳なさそうに言う手塚に驚きつつも、「別にいいっすよ」とリョーマは言った。 「元々、俺が勝手に押し掛けてきたんだから。部長が気にすることないのに」
そうだ。誕生日だというのに手塚は一緒に帰ろう、待っててくれとも言わなかった。 遅くなることに対しての遠慮なのかもしれないが、付き合っている人に対してそれはどうかと思う。
「ただ俺が部長と一緒に居たかっただけっす……」
我ながら、情けない声だった。 手塚にとって特に思うような特別な日でなくとも、リョーマにとっては違った。 好きな人が生まれた日を祝いたい。それだけだ。
すると手塚は足を止めて、こちらを向いた。 「俺も同じだ。だから、こんなに遅くなるまで引き止めてしまった」 「え?」 「本当ならこんなに遅くなる前に帰らせるべきだった。だが、どうしてもその一言が出なかった」
そういえば普段の手塚ならば、「まだ掛かる。先に帰ってくれ」と言うはずだ。 それを口にしなかったのは。
(俺と同じ気持ちだったから?)
瞬きしている間に「さっきの件だが」と手塚は一つ咳払いをして口を開いた。
「聞かれもしないのに誕生日を教えるのも変だろう。 プレゼントを強請っているみたいで、何か嫌だ」 「……そんな理由?」 「悪いか」
真面目な顔をして言う手塚に、本当なんだと知って、リョーマは小さく噴出した。 なあんだ。 わざと黙っていたんじゃない。 聞かなかったこっちも悪かったなと、初めてそう思えた。
「じゃあ、次はちゃんと覚えておく。 来年はプレゼントも用意する。 今年はもう間に合わないけど、いいっすか」
リョーマの言葉に、手塚は「もう貰っている」と答えた。
「え、何を?」 「こうしてお前と一緒に帰ることが出来る時間だ。それだけでも充分だ」 「……そんなの、いつものことじゃん」
だけどプレゼントなんてものじゃないと、反論はしなかった。 いつもの当たり前の光景を大切に思ってくれている手塚の気持ちが嬉しかったからだ。
「じゃ、今日はちょっとだけサービス」
誰もいない。こんな時だから出来ると、手塚との距離を縮めてそっと手を握る。
外に出るまで、二人の手は繋がれたままだった。
終わり
チフネ

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