チフネの日記
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2011年09月28日(水) 気まぐれ猫のあやし方 不二リョ

気まぐれな猫。
リョーマを表現するのに、他に適切な言葉が見当たらない。
機嫌の良い時は触れさせてくれる。甘えてもくれる。
だけどそうでない時は近寄ることさえ躊躇ってしまう。
素っ気無い態度と言葉で引っ掻かれるからだ。

(今は、機嫌悪そうだな……)

荒っぽいテニスをするリョーマを見て、不二はさてどうしたものかと考えた。
ほとんどの部員は気付いていないようだが、リョーマと付き合いしている分だけ気持ちの変化がわかるようになった。
ボールに八つ当たりして、苛立ちを発散しているようだ。
何か嫌なことがあったのかと、推測する。

(今朝までは普通だったはずだ……)

朝練の時に挨拶した時はこんな風ではなかった。
教室に行く前に、「今日、一緒に帰れる?」と聞いた時も、「うん」と素直に返事してくれた。
だとすると、その後何かあったとしか考えられない。

ボールを逸らしたリョーマが、一瞬動きを止める。
視線に気付いたらしくこちらを向いたが、ふん、と思い切り目を逸らされた。
何?と不二は目を瞠ったが、リョーマはまたラリーへと戻ってしまう。

(ひょっとして不機嫌の原因は僕にあるの?
でも、朝練の後で接触は無かったよね。何かした覚えは全く無い。
言ってくれないとわからないよ)

リョーマの扱いはとても難しい。
その日一日ずっと機嫌が良いとは限らない。
理由を聞こうにも「こっち来るな」と、目で牽制される。
どうしたらいいのか、普通なら頭を抱えて動けなくなるところだ。

だけど、もう不二は悩んだりしない。そこら辺は既に乗り越えている。
くよくよ悩むより前進あるのみ。リョーマに対してはそれが一番有効的なやり方だ。

(悪いけど、このまま放っておくわけにもいかないんだよね)

恋人が苛立っているのに、何もしないでいられるわけがない。
今日の内に解決したいと考える。
たとえ毛が逆立つ位に威嚇されても怖くない。
リョーマが心を開くまで根気良く話を聞くつもりだ。

(そうと決まったら、話し掛けてみるか)

交代の声に、リョーマがコートから出るのが見えた。
タオルを持って、外へと出て行く。水分補給をしに行くのだろう。
そっと不二もさり気なく、その後へと続く。
勝手な行動をするなと怒られるかもしれないが、それでも構わない。
罰を言い渡されるよりも、リョーマの方が大切だから仕方無い。

足を進めて行くと思った通り、リョーマは水飲み場にいた。
ぼんやりと流れている水を眺めている。彼らしくない表情だ。
「越前」

名前を呼ぶと驚いたように振り返る。

「不二先輩?まだ練習終わっていないんじゃないの?」
「そうだけど、君の事が気になったから、ついて来ちゃった」
「来ちゃったって。後で怒られても知らないっすよ」
呆れたように言うリョーマに、不二はにこっと笑った。
「心配してくれているの?」
「誰が?後で部長にグラウンド30周」って言われても、自業自得っすよ」
「ふうん。でもその越前にちょっと話をしようか」
「話って……」

リョーマは目を逸らしてしまう。
不二はその顔を両手で掴み、無理矢理上へと向かせた。
「不二先輩、何してるんすか」
「ねえ。さっきからどうして僕の顔を見ようとしなの。話し掛けても無視したでしょ。
僕、何かした?これでも傷付いているんだけど」
「それは……」
「それは?」

よく聞こうとして顔を近付けると同時に、手を払い除けられる。
爪が引っ掛かったのか、手の甲にぴりっと痛みが走った。
猫の爪みたいだと、呑気に思う。

「あ、ごめん……」
一瞬申し訳無さそうな顔をするrに、不二は「平気だよ」と笑う。
「大丈夫。それより越前が何も話してくれない方がずっと苦しいよ」
「……」
「このままだと夜も眠れないかも」
「大袈裟っすよ」
「大袈裟なんかじゃない。だってずっと越前のことを考えているんだから。
避けられたりしたら、悲しくて泣きそうになるよ」

情に訴えると、リョーマがうろたえるのがわかった。
後押しと、不二は更に続ける。
「本当に何も話してくれないつもり?僕には言えないことなの?」
「そ、そうじゃなくって!」
慌てたようにリョーマは声を上げる。
よし、このまま話してくれそうだと、不二はこっそり拳を握り締める。
なんだかんだと言って、リョーマは悲しげな顔を見せると途端に本音を話してくれる。
気まぐれ猫のあやし方はこれで大方マスターしたと言ってもいい。
勿論、リョーマには内緒の話だけれど。


「それで、どうしたの?」
優しく尋ねると、「今日、クラスの女子達の会話が聞こえたんだ……」ともごもごと口を動かす。
「不二先輩のこと、話していた。格好いいだの、付き合ってみたいとか、告白してみようかとか騒いでてさ。
先輩と付き合っているのは俺なのに、好き勝手なこと言われて、なんか気分悪かった。
それに色んな人にモテる先輩にもムカついた」
「それだけ?」
「うん」
「……」

なあんだと、不二は肩から力を抜いた。
自分が何かしでかしたわけでは無かった。
これなら仲直りもさほど難しいものではない。

「つまんないことで八つ当たりして悪かった。ごめん」
謝罪するリョーマに、不二は「そんなことないよ」と笑って言った。
「焼きもちやいてくれていたんでしょ。ちょっと嬉しかったよ」
「焼きもちじゃないっすよ……」」
違う、と口では言っているけれど、表情までは隠せない。
可愛いなと思いつつ、リョーマを宥めることを優先させる。

「うん。でも他の人に勝手なこと言われて、苛々したんだよね。
だから、いっそのこと宣言しようか?」
「何を?」
「僕は越前のものだって。そうしたらもう、そんな風に言われることは無くなるんじゃないかな」
「そんなことしなくてもいいっ!」
焦るように言うリョーマに、「その方がきっと早いと思うんだけどな」と、返す。
また同じようなことが起きて、リョーマを苛々させる方が嫌だ。
自分はこの子のものだって言ってしまえば、告白しようとする女子も減るだろう。
それにリョーマの方にも悪い虫が寄って来なくなる。二重の意味で良い方法だ。

「ヤダ。恥かしい。絶対それだけは駄目だから」
だけどリョーマに必死に止められる。
「駄目なの?」
「今回は俺が悪かった。だから、宣言だけは止めて下さい。お願いします」
「しょうがないなあ」

不二はリョーマの頭を軽く撫でて、「わかった」と頷いた。

「でも覚えておいて。
誰が何を言おうが、僕は君のものなんだって。いつでも宣言出来る心構えがあるんだからね。
もう不安な顔しないで」
「不安でもないし、心構えとか言われても怖いんだけど。……わかった」


ほっとしたように笑うリョーマに、これで解決したかな、と不二も胸を撫で下ろした。
これで機嫌は直ったようだ。
今後もまたどうなるかわからないが、今ここで笑ってくれるのならそれでいい。


「不二!いつまで遊んでいる!」
コートから顔を覗かせた手塚の厳しい声に、「あ、見付かったみたい」と振り返る。
「そうみたいっすね」
「手塚、怒っているよね……」
「うん」
顔を見合わせる二人に、「越前もだ!いつまで水分を補給している!二人共グラウンド30周して来い!」とお得意の言葉が降って来る。

「なんで、俺まで!?」
「さあ、一緒に走ろうか。越前」
「だから、なんで!」
揉めている間に「ボヤボヤしていると10周追加するぞ!」と手塚の鬼のような声が響く。

「不二先輩の所為だからね!」
「え、ちょっと」

先に走り出すリョーマの後を慌てて追う。

やれやれ。また機嫌を損ねてしまったようだ。
数秒前の笑顔がすっかり消えてしまった。


気まぐれな猫。でも、そんな所も嫌いじゃない。
そんな猫が自分だけに向ける信頼の笑顔が、とびきり可愛いから。


(走り終わったらまずはファンタを買って、宥めてみるか)

一本じゃ足りないかもしれないなと、小さな背中を追いながらそんなことを考えた。


終わり


チフネ