チフネの日記
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| 2011年08月18日(木) |
無力な自分が縋るのは優しいその手 跡リョ |
カルピンの背を撫でる跡部の手を眺めながら、さてどうやって切り出そうか、とリョーマは思った。 出来るだけ不自然にならない方がいい。 ちょっとした動揺でも彼には見抜かれてしまうだろう。 世間話のついでのように出来たら、と考える。
「何だよ。さっきからジロジロ見て。猫に焼きもち焼いているのかよ?」 不意に声を掛けられ、ドキッとする。 しかし跡部の言葉が的外れなものだったので、ほっと胸を撫で下ろした。 「そんなわけないじゃん。カルピンがずいぶん懐いているなって見ていただけだよ」 「これだけ顔を合わせていればな。それに動物には好かれる方だって最初に言っただろ」 「あの頃は信じていなかったんだけどね。どっちかというと嫌われそうなイメージだった」 「おい」 「だからイメージだって。でも跡部さんの家に行って、納得したんだよね」 広大な屋敷には様々な動物達が生活している。皆、跡部自らが選んで責任を持って飼っているんだと聞かされた。 その所為か、動物達はよく跡部に懐いている。 嬉しそうに世話をしている姿に、(意外……)と内心で呟いた日のことはよく覚えている。 カルピンも誰でも懐く方ではないが、今は跡部の膝の上に乗って寛いでいる位だ。 動物好きという共通点から、これまでよりもっと親しくなったんだよな、と考える。
(全く話が合わなかったら、すぐ別れてたのかもしれない) 跡部の強引な交際の申し出に追い込まれる形で承諾したけど、今まで続いたのはテニス以外にも通じるところが少しはあったからだろう。 気付いたら心を許すようになっていて、今では恋人として認識するようにさえなっていた。 それなのに。 (ううん。もっと、早く別れてしまえば良かったんだ) これから口にしなくていけない言葉を考えると、憂鬱になる。 だけど止めるわけにはいかない。 自分は約束をしたのだ。それを果たさなければならない。
「ねえ、跡部さん」 「なんだ」 「もうさ、こんな風に会うのは止めにしない?」 跡部は顔を上げて、こっちを見た。 特に表情を変えず、ただじっとリョーマを見詰めている。 何もかも見透かすような目に負けそうになるが、リョーマは続きを口にした。 「ほら、最初に言ってたよね。嫌になったらすぐに止めても構わない。とりあえず付き合えって。 だから俺から別れを切り出したら拒否出来ないはず。別れてくれるよね?」 その問いには答えず、「理由は?」と、跡部は言った。 「疲れたから」と、リョーマは返す。 「やっぱり俺に恋愛とか向いてないみたい。テニスだけで精一杯。 とてもじゃないけど、あんたと遊んでいる暇なんかない」 「俺のことを嫌いになったんじゃないんだな」 都合よく解釈しようとする跡部に、リョーマは首を横に振ってみせた。 「これ以上しつこくするなら嫌いになる。もう、解放して」 「勝手な言い分だな」 「元々こういう性格だから。知ってたはずだと思うけど?」
普通に話しているものの、内心では冷や汗を掻いている。 早く跡部が「わかった」と言ってくれないと困る。 嘘をつくのは得意じゃない。会話が長引けば、リョーマにとって不利になる。 さっさと部屋から追い出すかと考えていると、 「お前、俺の親父に何を言われた?」と跡部が冷たい声を出した。 その目には怒りの感情が宿っているのが見える。
跡部の父親に会ったのは、つい先日のことだ。 学校帰りに呼び止められ、そのまま車に乗せられあるホテルのラウンジに連れて行かれた。 いつかこんな日が来るんじゃないかと漠然と思っていたが、予想よりも早かった。 跡部に似た面影を持つ父親は、お決まりのことを口にした。 息子の将来や期待、家のこと、噂や中傷で傷付くのが心配だと。 これが別れてくれと偉そうに言うのなら、その場から飛び出して行ったかもしれない。 だけど跡部の父親は低姿勢を崩さず、「すまない。残酷なことをお願いしているのはわかってる」と、リョーマに頭を下げて懇願した。 どれだけ高い地位にいるのかはわからないが、そこにいるのは息子を案じるただの父親だった。
「わかりました」 気付いたら、そう答えていた。 反対されようが、されまいが、いつか互いの道は別れていく。それが早まっただけだと、自分を納得させた。
「何の話?あんたの父親のことなんて、関係ないじゃん」 リョーマから別れを切り出せば、父親の望みは叶う。 なのに、跡部は知っていたのか。 背中に汗が伝わって、ぶるっと体が小さく震える。 跡部は無表情のまま「嘘だな」と鼻を鳴らす。 「あいつがここ最近やたら俺の周囲を嗅ぎまわっているのには気付いていた。 てめえに何吹き込んだのかは知らないが、全部忘れろ。俺とお前のことに口出しはさせない。 大体、親に言われただけで別れようって思うか?何考えているんだ」
ハア、と溜息つく跡部に、全然わかっていないのかとリョーマは少し大きな声を出した。 「思うよ!だってあの人はすごく心配していた。俺とのことであんたの将来が潰れたら、って!」 しかしそれは逆効果のようだった。 「俺の、将来?」 溜息をついて、跡部は膝の上にいるカルピンをベッドにそっと置いた。 抗議の声を上げるカルピンを一瞥もせず、跡部はリョーマに近付き肩を掴んだ。
「将来はこれから作るものだろ。潰されたりするようなものに、未練なんかねえよ。 それにずっとこの先もお前が側にいるのは決定事項だからな」 「何言って、そんなの無理に決まって」 「無理じゃねえよ。 それとお前の口から無理なんて言うな。似合わねえぞ」 こつん、と額に拳が当たる。
そんな断言されても、現実は障害がいっぱいで。 跡部の父親にだって別れると言った手前、どうしたら良いかわからない。
「何とかする。だからお前は嘘つくのを止めろ」 「何とかって、そんなのどうやって」 「これから考える。けどお前のことは諦めたりしない。絶対に」
何の根拠があって言っているのだろう。 無理矢理引き離されて二度と会えなくなるかもしれないのに。 この自信もどこから来るというのだ。 でも跡部の目は諦めていなくて、それを見たら嘘をついている自分が間違っていると思ってしまうから。 「何のプランも無いくせに、よく言えるよね」 「言うな。けど、何とかしてみせる」 「……どうなっても、知らないよ」 ついに堪えきれなくなって、ぎゅっと抱き付いてしまう。 よしよし、と背中をあやすように撫でられる。カルピンにしていたように、優しく。 それを心地良いと感じてしまう辺り、最初から別れるなんて無理だったと思った。
だけど押し寄せる困難を考えると、不安にもなる。 それでも「大丈夫」と跡部が言うのなら、覚悟を決めて立ち向かうしかないようだ。
(あんたはバカだ。折角、俺の方から別れるって言っているのに)
出来る限り、跡部のこれからを守ってやりたい。 その為にはどうしたらいいのか。 考えても、12歳のリョーマには何も思い付かない。
ただ跡部にしがみ付いているしかない無力な自分が悔しくて、 リョーマは声を押し殺して泣いた。
終わり
チフネ

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