チフネの日記
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2011年08月11日(木) 約束なんてないけれど 跡リョ

威圧感に怯む、という体験を跡部は初めてした。
試合でどれだけ強敵に当たろうが、自分の持っている地位に敵意剥き出しにして見られようが、なんとも思うことは無かった。
自分の感情が、一番大事。
とことん我を貫いて、結果として良ければそれでいい。
跡部はずっとそんな風に行動していた。
だから誰にどう思われようが、構わない。

それを覆したのが、越前リョーマという少年の出現だ。
この子供に心を奪われてから、その信念も崩れがちでいる。
恋愛は独りよがりでは出来ない。思い知らされ、何度叩きのめされたことか。
しかし跡部は負けなかった。
不屈の魂で何度振られても蘇り、リョーマが根負けするまでアプローチを続けた。
跡部のしつこさにリョーマが負ける形で始まった交際だが、意外にも順調に進んでいる。
自分の感情も大事だが、リョーマの気持ちも大事。
それに跡部が気付いたからだ。
リョーマが笑ってくれると、嬉しい。大切にしたいと思う。
ずっと二人は一緒だと、跡部は信じていた。

しかしここで思わぬ難関にぶち当たる。

「で、跡部君。うちの息子とはただの友人なんだろうなあ?」
「……」

南次郎の後ろに得体の知れぬ気を感じ、跡部はぶるっと体を震わせる。
どうしてこんなことになったのだろう。
ただ、リョーマを迎えにやって来ただけだ。今までも、何度か車を横付けして越前家に来たことがあるのに、何故今日に限って。

そこでふと、跡部は思った。
今までは南次郎が不在だったんじゃないだろうか。
待ち合わせは外でしよう、と提案されてなんでわざわざ外でと思ったが、リョーマは笑って誤魔化していた。あれは南次郎が家にいるからだ。邪魔されるとわかっていて、ここに来させなかったのだろう。
跡部の家に宿泊する時は母親に許可をもらうと言っていた。
親父なんて知らない、自分だって勝手な行動ばかりなのに俺のやることに反対するからと、唇を尖らしていた場面を思い出す。
つまり、南次郎は薄々自分との関係がただの友情じゃないと気付いていたわけだ。
今日はそれを問い質そうと待ち構えていたに違いない。
ついこの間も、両親が不在の間に越前家に泊まったばかりだ。リョーマは友人に来てもらう位の説明しかしなかったんじゃないか。
南次郎を前にして後ろめたい気持ちになる。
誰もいないのをいいことに、親にはとても言えないこともした。
もしかして全部見抜かれた上で敵意を持たれているんじゃないだろうか。

真っ青になる跡部を見て、南次郎は底知れぬ笑みを浮かべる。

「リョーマならまだベッドの中だろうよ。起きられないよう、紐でくくりつけておいたからな」
得意げに笑う南次郎に、息子に対してどんな仕打ちをしているんだという目で見る。
だが、動じることはない。
「朝一で出掛けるって嘘をあっさりと信じて、お前さんを迎えに寄越したな。こうなるとわかっていて、待っていたんだよ。
そうでもしないと、ゆっくり話も出来ないからなあ」

ちょっと来いと、玄関先で首根っこを捕まれ、寺にあるコートに連れて来られたのがつい5分前だ。

南次郎のただならぬ雰囲気に、跡部は少しばかり臆している。
どんな人間に敵意を向けられても平気だが、こればっかりは別だ。
恋人の、父親。出来れば上手くやって行きたい相手だが、恨まれるのは当然だろう。
まだ子供であるリョーマを誑かしてあんなことやこんなことをして、ただで済むはずがない。
どうしようと言い訳を必死で考える跡部に、「なあ、跡部君よお」と、南次郎が髭を摩りながら言う。

「なあ、跡部君。リョーマのこと、どう思っているんだ?
おじさんに聞かせてくれないか」
確実に怒っている。
怖い、と跡部は純粋な恐怖を感じた。
だって南次郎の手にはラケットが握られている。
いざとなったら、ぼこぼこにされるのを覚悟しなければならない。命さえどうなるかもわからない。
娘さんを俺に下さいと、プロポーズしに来た男の気持ちってこんな風なのかと遠くなって行く意識の底で考える。
いや、それよりもきっちりと言うべきことは言わなければ。
どんなに反対されたって、認められなくたって、自分の感情には嘘がつけない。

「好き、です。リョーマ、君とはお付き合いさせて頂いてます」

南次郎はそれを聞いて、すっと目を細めた。
「お前さん、言い切ったな」
「はい。こればかりは嘘も誤魔化しもしてはいけないことだと思いましたので。
リョーマ君のことは大切に思ってます。それだけはわかってもらいたい、そう思ってます」
「ふん。てっきり当たり障りのないこと言って逃げ出すかと思いきや、意外と言うじゃねえか」
「え、それでは俺達のことを認めてくれるんですか?」

正直に言ったのが正解なのか。
南次郎の言葉に、跡部はパッと顔を輝かせた。
しかしその瞬間、「いや、交際は反対だ」と返される。

「お前らはまだ中学生だろ。一時の気の迷いで将来を台無しにすることはない。
リョーマのことは諦めろ」
「一時、じゃない。俺は真剣にリョーマを」
「ずっと好きでいられる自信あるのか?将来も?」

真剣な目で覗き込む南次郎に、「出来ます」と言い切ることは出来なかった。
共に居たいと、好きでいると漠然とした未来を描いているが、保証なんてどこにもない。
リョーマを大切にしている父親に、根拠の無いことは言えない。

「リョーマが傷付く前に離れてやってくれないか。今ならまだ引き返せる。
なあ、頼むよ」
「いや、でも俺は」
「リョーマの為だと思って。なっ!」

じりじりと距離を縮めてくる南次郎に、これはまずいと跡部は顔を引き攣らせる。
なし崩しに別れさせられてしまう。
一旦退却するべきだと足を後ろに引いたその時、
「何勝手なことしてんだよ!」と、南次郎の頭にボールが打ち込まれる。

「リョーマ!?」
振り返ると、息を切らしながらリョーマがそこに立っている。
その手にはラケットが握られている。渾身のサーブを打って南次郎の頭にボールをめり込ませたのだと瞬時に理解した。

「リョ、リョーマ……今のはちょっと痛かったぞー」
頭を摩っている南次郎に、「気絶させようとしたのに、力加減間違えた」とけろっとした顔で言う。
「人をベッドに縛り付けて何やってんの」
「いや、お前を誑かした相手にちょっとご挨拶を」
「跡部さんは関係ない!文句あるなら俺に直接言えよ。こそこそと別れさせようとするやり方、気に入らないんだけど?」
「お前に言っても、俺の話なんて聞かないだろうが!」

怒る南次郎を無視して、「行こっ」とリョーマは跡部の手を取る。

「親父なんて無視していいっすよ。どうせろくなこと言わないんだから」
「こら、親に向かってなんだそれは」
「うるさい。これからデートするんだから、引っ込んでろ」
「おい、リョーマ。いい加減にしないと」
「ああ、そうだ。母さんに親父のエロ本の隠し場所教えといたから。
早く行った方がいいんじゃない?全部燃やされるよ?」
「お前こそ、勝手に何してくれているんだー!?」

慌てて家に戻って行く南次郎を、跡部は呆然と見送る。
一旦、これは退却したということでよいのだろうか?


「親父が何言ったかわからないけど、大体想像つく。
気にしなくてもいいから」
手を引くリョーマに、「そういうわけにもいかないだろ」と跡部は返した。
気にしないでと言われても、無理だろう。夢にも出て来そうな迫力だった。
「一応、お前のこと心配して言っているんだろ。たしかに親からしたら、俺がお前を誑かしたように見えるんだろうな」
恨まれるのは仕方無い。
そんな風に言うと、「何言っているんすか」と手の甲をぎゅっと抓まれる。

「たしかに強引なやり方で、一時はこっちもノイローゼになるかと思うほど付き纏われたけど」
「おい」
「でも、選んだのは俺だから。今、こうしてあんたといること、結構気に入っているんだ」

ニッと自然な笑みを浮かべるリョーマに、跡部は目を瞬かせる。
一緒にいて幸せな気持ちになっているのは、自分だけじゃない。
リョーマも、同じだったのだと気付かされる。

「そっか。なら問題ないな」
「うん、問題ない」

リョーマの手を握って、跡部は車が停めてある方へと引っ張って行く。

(今は軽々しく将来の約束なんて出来ないし、信じてもらえないかもしれねえけど)

いつかあの人の目を見て、リョーマと共に生きて行くと宣言出来たらいい。
その時は今より大人になって、ちゃんとリョーマを支えるくらいになっているのだから。
リョーマのことを大切でたまらない父親を安心させる為にも、自分がしっかりしてやらないと、なんて考える。
もう己のことだけ考えていればいい、そんな日々からは卒業したんだとしみじみ思う。

「そういや、今後は大丈夫なのか?もう家から出してもらえないとか、俺と会うの反対されるんじゃねえのか?」
心肺する跡部に、リョーマはなんてことないと笑う。
「反対されても関係ない。いざとなったら親父のこと、縛っておくから平気」
「そうか……」
障害など簡単に乗り越えてしまいそうなリョーマの笑顔に、頼もしいな、と跡部は呟いた。


終わり


チフネ