チフネの日記
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2011年08月04日(木) 愛だけで満たされたい  跡リョ

目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。

(どこだ、ここは……)

跡部は体を起こして、周囲を見渡す。
知らないシーツ。どこかごちゃごちゃした部屋。
視界がはっきりした所で、どこにいるか思い出した。

(そうだ、リョーマの部屋だ。狭いって文句言われながらも夕べは同じベッドで眠ったんだったな)

どちらか一方がベッドから落ちるといけないからくっ付いて寝ていたはずなのに、リョーマは腕の中にいない。
珍しく先に起きたのかと、跡部は大きく伸びをしてベッドから降りた。

部屋の隅で丸まっていたはずの猫もいない。
そいつにご飯をやる為に、一階に降りたのかと思う。

(しかし変な気分だな。俺があいつの家に泊まる日が来るとは思わなかった)

リョーマの両親は昨日から一泊の旅行に行っている。世話になった人に会いに行くとかで、今日の夕方までは帰ってこない。
従姉もテニスのサークルの合宿とやらで不在だ。
泊まりに来る?と誘いの言葉に、跡部はすぐに飛びついた。
両親がいる時は後ろめたさから泊まるなんて考えもしないが、誰もいないとなると話は別だ。
リョーマが部活を終えた頃に迎えに行き、夕飯を外で済ませてから家にお邪魔した。

自分の家に招き入れる時とはまた違った素のリョーマを見ることが出来て、跡部は大満足していた。

(寝る前に見せてもらったアルバム……。どうにかして手に入らないか)

過去のリョーマが知りたいとねだって、見せてもらった写真を思い出してにやにや笑う。
想像以上に幼少のリョーマは可愛らしかった。
あれは是非自分の部屋に飾っておきたい。
どこかに置いていないかと視線をきょろきょろ彷徨わすが、机の上にも床の上にもない。

ベッドの下かと覗き込んだその時、
「何してんの」とリョーマがドアを開けた。

「おはよう。良い天気だな」
「人のベッドの下を覗いて、おはようもあるかよ。親父じゃあるまいし、エロ本なんてないよ」
「そんなもの探すわけないだろ」
「アルバムなら別の所に隠してあるから」
「お見通しかよ!」
「バカなこと言って無いでご飯食べるよ。腹、減ったでしょ?」

言われてみれば、お腹が空いた。
表情でわかったのかリョーマは笑って「和食だけどいいよね」と言って、付いて来るように手招きする。

シャツを羽織り、跡部はリョーマの後に続いて階段を降りる。
その途中で、ふと思う。

(和食でいいって?外に食べに行くにしては変な日本語だな)

その理由はすぐにわかった。

テーブルの上には、焼き魚と卵焼きと味噌汁に海苔、キュウリとわかめの酢の物の小鉢が用意されてる。

「ご飯、どの位食べられる?いっぱい?」
茶碗を向けられても、跡部はすぐに答えられなかった。

「どうかした?」
「お前の従姉、もう帰ってきたのか?」
「菜々子さん?まだだけど」
「じゃあ、これ誰が作ったんだ」
「は?俺、だけど」
「……」
「跡部さん?」
「お前、料理出来たのか!?」

信じられない、と跡部は目を見開く。
その反応にリョーマは一瞬固まるが、すぐに「何言ってんの」と呆れたように返事する。

「料理ってもんじゃないよ。卵焼いて、味噌汁作って、酢の物は和えただけ」
「それでも大したものだろ。こんな特技あったのか」
「あのさあ、この位で驚くとかどうなの。俺って何も出来ないように見える?」
「ああ」
「少しは考えて答えろよ。ムカつく」
「いや、だって卵焼きが出来るだけでもすげえよ。お前はラケットしか持ったことないって思っていたからな」
「人をなんだと思ってんの。大体は、そうだけど」
「この卵焼きの焼き方、昨日今日作ったんじゃねえだろ。結構前から料理してるのか?」
「うん、ちょっと前から」

リョーマ曰く、アメリカに居た頃、母は仕事が今より忙しく、食事を作る暇などほとんど無かった。
代わりに父親がフォローに回っていたのだが、何しろほとんど料理を作ったことなど無いので、出て来るものはインスタントか焼肉ばかりだった。
もっと違うものが食べたい。少しでもまともなものを口にしたい。
休日の母親の作る料理を見よう見真似で覚えていた結果、最低限のものが作れるようになったという。

「大したものは作れないけど、朝食くらいなら俺でも用意出来るから。
それとも外に食べに行きたかった?」

あんたの口には合わないかもね、と失敗したような顔をするリョーマに、
「いや、折角だから頂く」と跡部は椅子に座った。

「ご飯、大盛りで頼む」
「了解」

折角のリョーマの手料理だ。堪能しないでどうする。
内心は浮かれながら、箸を持つ。
リョーマの作ったものなら、例え失敗作でも美味しく頂く自信はある。
いつも跡部が食しているような豪華なものでなくてもいい。好きな人の作ってくれたものならなんだって構わない。

「いただきます」

手を合わせて、まず卵焼きを頂く。

「どう、かな」

さすがのリョーマも跡部の評価を気にしているようだ。
試合でも見せないような緊張した顔に、可愛いなこいつ、とにやけてしまう。
何を期待しているのか、わかっている。

だから跡部は「うん、美味い」と正直な感想を口にした。

「本当?でも、卵なんて素材に拘ってなんかなくてスーパーで買ってきたやつだよ」
「そうだな」
「特別な技術なんて、ない。ただ焼いただけで」
「それがどうした」
「だからあんたの口に合うはずないんだけど」
「勝手に決め付けるな。俺にとっては何よりも美味いと思えるぞ」
「うそだー」
「嘘じゃねえよ」

味噌汁も、酢の物も、美味しいと思える。

素材は、たしかに跡部の家のシェフが用意したものに比べるとどうしても劣る。
だけど、不思議と味はリョーマの作ったものが負けているとは思えない。
好きな人が自分の為に用意してくれた食事だから、なのか。
味覚も心も満たされるような気持ちになる。


「これならいつでも嫁に来れるな」
「嫁!?何調子に乗ってんの」
「痛っ。食事中に足で蹴るな!」

テーブルの下から伸びたリョーマの足が、跡部の脛を蹴飛ばしたのだ。
抗議すると、「変なこと言うあんたが悪い」とリョーマは顔を顰めて言う。

だけど頬が少し赤くなっているのを見て、まんざらでもないようだな、と跡部は勝手に結論を出した。


「毎日、お前の作った味噌汁が飲みたい」
「プロポーズのつもり?ふざけてないで、さっさと食べろよ」

溜息をつくリョーマに、(本気だってわからないのかよ)と、こっちも溜息をつきたくなる。


毎日リョーマの手料理を食べて、それだけで胃を満たしたい。
リラックスしている姿を側で見ていたい。


リョーマの作ったご飯をゆっくり噛みながら、
(一緒に住むなら、部屋に子供の頃の写真を飾っていいものか確認しないとな)と、くだらないことを考えた。




終わり


チフネ