チフネの日記
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2011年04月01日(金) 跡リョ たまご 跡部編

今の人生は窮屈だ。
なんて思ったりしたら、どこに不満があると大勢の人から怒られるかもしれない。
何だって、思い通りに出来るくせに。
言われるとしたら、そんな所か。

知りもしないで、よく文句が言えるよな。

反論する気は当の昔に失くしていた。
勝手に言わせておけばいい。
所詮、表面上でしか物事を見れない連中だ。

自分がどれ程努力して今の地位を得たか、そして維持しているのか全くわかっていない。
家のことはさておき、成績やテニスの実力は金で買えるものではない。
常に一番であろうと、跡部は必死になって努力を続けていた。
学業でわからないことがあれば、理解出来るまで何度も問題を解き、
テニスで失敗したら次回は上手くやれるよう練習に励み、弱点を克服した。

一番を取って当たり前とは思っていない。
だから自分を鍛えることは怠ったりしない。
その結果の上、頂点に立っているのだから、好きなように振舞う権利はあるはずだ。
悔しかったら自分以上に努力して、抜いてみろと思う。
何もしないで陰口を叩くような連中を気にして、小さくなる必要は無い。
堂々と胸を張って、自分が一番であることを見せびらかしてやる。
その位のことは許されるんじゃないか。

跡部が一番に拘るのも、家のことがあるからだ。
両親は自由を許しているようで、実際は後取りとして相応しい有り方を望んでいる。
成績が悪いなど、論外。
人望が無いのも、スポーツが不出来なのもありえない。
全てにおいて、優れてなければならない。
二人共、口には出さないは無言のプレッシャーは感じていた。

一見、好き勝手にやっているように見える跡部だが、
両親の期待に添えるよう応えてきたつもりだ。
横暴な口調と反対に、自慢出来るような息子であり続けた。

何だって思い通りなんてあるはずないと、跡部は思った。

だって本当に叶えたい願いは、手にすることは出来ない。
望むことすら、許されない。
本当の気持ちは固い殻に閉じ込めて、忘れたふりをしなければならない。













「おかわり」

グラスを置いたリョーマに、
「またか。腹、冷えるぜ」と跡部は言った。

「これだけじゃ足りないっすよ。
いつもペットボトルを一気に飲むのに。
ちまちま注いで飲むのって、何か性に合わない」
「お前、人の家で飲み食いするわりには遠慮がねえな」

溜息をつくと、リョーマは「じゃあ、今度から買って持って来る」と唇を尖らせる。

「自分のお金で買ったものなら、どう飲もうが俺の勝手でしょ」
「……テニスしている間に、ぬるくなるだろ。止めろ」
「俺にどうしろって言うんすか」
「ああ、もう。わかった!おかわりだな!おい、用意してやれ」

パチンと指を鳴らして使用人を呼ぶと、
さっと新しいファンタを運んで来る。


二人がいるのは跡部の家に設けられているプライベートコートだ。
さっきまで汗を掻いて打っていたのだが、今は隅に容易された椅子とテーブルで休憩中。
ここなら邪魔も入らない、余計な見学者もいないし、好きなだけテニス出来るぜ、と言った跡部に、リョーマは迷うことなく簡単に乗って来た。

家に誘うのに、どれだけ悩んだかきっと知らないだろうな、と思う。

隠してはいるけど、何も気付かないのも腹が立つ。

リョーマは何一つ知らない。知ろうともしない。

ストリートテニス場で再会した時、声を掛けるかどうかその時も悩んだ。
その後、テニスする約束を言うべきかも迷った。


知れば知る程、リョーマに惹かれてしまう。
関わったら、逃げることなど出来なくなる。
その予感はあったけど、どうしてもリョーマの存在を無視してやり過ごすことが出来ない。

運命の相手に出会った時は、こんな感じなのだろうかと、柄にも無いことを考える。
それだけ、この恋に本気だということだ。

最悪だと、心の中で呟く。

今はまだ決まっていないが、いずれ親から将来の結婚相手を紹介されるはずだ。
嫌とは、言えない。
様々な利益が絡み、家にとって望ましい相手が選ばれるからだ。
自分一人ではどうすることも出来ない。

これまではどうせ好きな相手もいないのだから、構わないと思っていた。
周りにいる女子は跡部の上っ面だけを見て騒ぐような者ばかりで、好きになれる要素は無かった。
だったら親の決めた相手でも構わないと半ば覚悟していたのに。

どうして、リョーマが自分の前に現れてしまったのか。

この真っ直ぐな目をした挑発的な少年に惹かれることになるとは、
不覚としか言いようがない。

関東大会初戦。補欠の試合でコートを駆け回るリョーマを見た時、こいつこそ本物の才能を持つ者だと直感が知らせた。
それ程までに強烈な印象を、跡部の心に焼き付けた。

リョーマに会いたくて、でも青学に行く勇気が持てなくて。
会えるかもしれないとストリートテニス場をうろうろ探し回っていたなんて、死んでも口に出せない。
だけど居ても立ってもいられない。会えるまで通い続けるしかなかった。
もう一度、会って、テニスに誘って。
それからどうするのか。

好きだと自覚した時に、諦めなければならないことはわかっていたのに。

どんなに思っても、いずれ自分はリョーマとは別の道を歩む。
リョーマに告白して、万が一受け入れられたとしても、最後に待つのは悲しい結末だけだ。

それでもリョーマから離れることが出来なくて、
暇さえあれば「テニスしようぜ」と、連絡を取ってしまう。

いつから自分はこんな未練がましい人間になったのか。

いっそ連絡を絶ってしまえば楽になれるのに、そうすることも出来ない。
リョーマが他の誰かを選ぶか、あるいは留学とかで去っていかない限り思い切ることは不可能かもしれないと、溜息をついた。


「疲れているんすか?」

二杯目のファンタを飲み干してから、リョーマがこっちを向いて尋ねて来る。

「いや、ちょっと……。色々考えていただけだ」
「ふーん。恋の悩みとか?」

ぎくっと、肩を揺らす。
まさか、こいつ気付いているのか?

跡部の反応にリョーマは驚いたように、
「え、本当に?」と声を上げる。
どうやら想い人が自分だとはわかっていないらしい。

「なんだ、その顔は」

誰の所為だと思っているんだ。

ムッとして言い返すと、「だって、さあ」と言い訳がましくリョーマはその先を続けた。


「跡部さんが恋愛で悩むなんて考えられると想う?
どんな相手でも付き合うのが嫌なんて言わないでしょ。
あ、ひょっとして俺が知らないだけで付き合っている人がいて、ケンカ中とか。
どう謝っていいか悩んでいる最中っすか?」
「妙な妄想は止めろ。付き合っている相手なんていねえよ」
「え、そうなんだ?」
「残念ながら、片思いだ」

言うつもりは無かったが、全く気付かないリョーマに何だかムカついて、
ついそんなことを言ってしまう。

「へえー、意外。跡部さんでも片思いなんてするんだ」

目を丸くするリョーマに、相手はお前だけどなと、心の中で付け足す。

「告白は?しないんすか?」
「してもしょうがねえよ。叶うことはないんだからな」
「それって……。わかった。相手の人がもう結婚しているとかでしょ?
人妻を好きになるなんて、やるじゃん」
「……なんで勝手に決め付けるんだ。相手はフリーだぞ、多分」

純粋な好奇心なのか、質問をぶつけて来るリョーマに脱力する。
こいつ、これっぽっちもわかってねえな、と。

「フリーなら、好きだって言っちゃえばいいのん」

不思議そうな顔をして、リョーマは無責任にも炊きつけて来る。

「それとも失恋することが、予めわかっているんすか?」
「可能性はわからない。必死で手に入れようとしたら、もしかしたら届くかもしれねえな」

そうだ。リョーマを振り向かせる可能性はゼロではない。
告白してもいないのだから、駄目かどうかなんて誰にもわからない。

このテニスに夢中な少年を無理矢理こっちに振り向かせるのには難儀しそうだが、
出来ないとは言い切れない。
跡部が本気になってあの手この手を尽くして粘れば、心を動かすことが出来るはず。

「けどな、両想いになったとしてもその先に未来は無いんだ。
俺はいずれ……親が望む相手と添い遂げることが決まっている」
「ふーん。でもそれって、跡部さんにとって幸せなことなんすか?」
「……」

答え、られなかった。
好きでもない相手と一生を共にして、なのに本当に好きな相手は諦めなければいけない。
ちっとも幸せなんかじゃない。

「俺にはよくわからないけど、今のあんた辛そうな顔してる。
覚悟を決めたって感じじゃないっすよ。
そんなんじゃ、あんたと結婚するのを決められた相手の人も迷惑っすよ。
中途半端に片思いの相手に未練残したままのあんたと一緒に居ることなんて、きっと辛いと思う。
もう、止めたら?
本当は嫌なんでしょ?」

次々と本心を言い当てられて、跡部は項垂れてしまう。

自分ばかりが思い通りにいかないと不満に思っていたけど、
結婚させられる相手だって同じ位不幸なはずだ。
ましてやこっちに受け入れる覚悟が出来ていないとわかったら、それこそ地獄だろう。

「お前の言う通りかもしれねえな」
「でしょ?」

ほらね、とリョーマは満足そうに笑う。

「あんたはその好きな人にさっさと告白するべきだと思うよ。
で、恋人になれるように頑張って。
誰に反対されたって、好きな人が側に居たら心強いもんでしょ」
「そうかもしれねえが……。俺の勝手な事情に巻き込んでもいいのかよ」
「いいんじゃないっすか?
お互い好きになったら、問題無いでしょ。
それとも、その人頼りにならない感じなの?」
「いや」

跡部は軽く首を振った。

「むしろ味方に付けたら頼もしいだろうな。
それこそ、何でも出来そうな気がする」
「そっか。だったら頑張って落とさないと。
……って、俺が跡部さんの恋愛相談に乗ってるなんて変な感じ」

おかしいね、と笑うリョーマに、「そうだな」と跡部は微笑んだ。


諦めるはずだった、恋。
炊きつけてくれたお礼はじっくりゆっくり返してやろう。

お前が言ったんだからな。
本心を暴いた挙句、告白して落としてみせろって。
言ったからには責任を取ってもらおうじゃねえか。

恋人になったら、味方になれよ。
好きになったら、問題ないんだろ。


お前となら、どんな問題もクリア出来そうな気がする。

周囲に望まれて演じてきた自分を、決められた未来を、捨てることになっても怖くない。

割れないように、零れないように殻に閉じ込めて置いた素直な自分の気持ちを取り出す勇気を貰った気がした。
もしかしたら、叶えたい望みに手が届くかもしれない。
幸せな、未来へと。


「頑張ってね」

呑気に笑って言うリョーマに、「ああ、全力で行くつもりだ」と跡部はきっぱりと答えた。





リョーマ編へ続く。


チフネ