チフネの日記
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越前リョーマはよく怪我をする。 それがテニスしている時につけたものなら、跡部も文句を言ったりしない。 スポーツをしている以上、怪我の一つや二つ、あっても仕方無いものだ。
ムカつくのは誰かと揉めたり、ケンカしたりして傷を作ることだ。
「お前、ここどうした?」 「は?どこ?」 「ここだ」
襟首を掴み、引っかき傷のようになっているそこに指を押し当てる。 顰め面して、「何なの」と言うリョーマに、「とぼけるな」と低い声を出す。
「誰かに引っ掛かれた痕がある。浮気してるんじゃねえだろうな」
万が一でもそんな可能性は無いと、跡部も承知している。 リョーマは二股を掛ける程器用な性格をしていない。 それに愛されている自信もある。 だけど一応確認だけは取っておかなくてはならない。
「浮気?そんなわけないじゃん」
馬鹿らしいと言って、リョーマは跡部の手から逃れようとする。 しかしそれを許さず、逆にソファの端へと追い込み動きを封じ込めた。
「だったらどこで付けて来たんだ?」 「そんなの覚えてない」 「よく考えて思い出せ。この前会った時には無かっただろ。 三日以内のことすら忘れたっていうのか?」 「だからさ、いちいちそんなの覚えているわけ……・。 って、そういえば」
目を泳がせていたリョーマが、閃いたように声を上げる。
「一昨日、購買の所で知らない奴に襟首掴まれたんだった。 その時に出来た傷かな?」 「知らないやつ、だあ?特徴は?身長は?髪型は?本当に見覚えないのかよ」 「ないよ。それにもうどんな奴かも忘れた。次に会っても気付かないだろうし」 「どしてそう呑気なんだ。大体なんで知らない奴にそんなことされるんだ?」 「それがジュース買おうとしたら、横入りされて。 ちゃんと並べよって言ったら、一年生のくせに生意気だって首の所掴まれて、壁に押し付けられた。 そうそう、思い出してきた」 「……」
相手は上級生か、と跡部は思った。 良くないことなのだが学年が上というのをいいことに、横暴な真似をする輩は少なからずいる。 一年生は立場が弱い。 あとで報復されたらと考えて、譲ってしまうのが普通だ。 しかしリョーマは黙っているような性格じゃないとわかっている。 相手の方は何故大人しく従わないのか苛立って、掴み掛かってきたのだろう。
「で、どうした。殴り返したりしてないだろうな?」
リョーマならやりかねないと思って尋ねると、 「まさか」と肩を竦める。
「そんなことしたらテニス部に迷惑掛かるでしょ。 周りが騒いだ所為で、そいつの方から手を放してくれた。今度から気をつけろってさ。 馬鹿みたいだよね。横入りしたのはそっちなのに。 どっちが気を付けなくちゃいけないんだか」 「おい、リョーマ」
跡部は深く溜息をついた。
「もう、そいつに会っても無視しろ。見るな、その辺の石ころだと思え。 また横入りされたとしても何も言うんじゃねーぞ。同じことする他のやつらにも対してもだ」 「何で?目の前に入られて黙ってろって、変じゃない?」 「それでもまたケンカを吹っ掛けられたらどうする。 頼むから大人しくしてくれ」 「ヤダ。俺、間違ってないのに」 「だとしても、だ。 ここで頷かないのなら、手塚にこの件を報告するからな」 「ちょっと止めろよ。部長は関係ないじゃん」 「あいつは生徒会長だ。 青学の生徒の中に一年生を苛める奴がいるんだって、訴えてやる。それでもいいのか?」 「……よくない」
渋々というように、リョーマは返事をした。
「わかったよ。そいつに会っても無視する。横入りも見逃す。 これでいい?」 不満ありげな顔に、そうするつもりはないなと瞬時に悟る。 「そうか。なら、手塚には黙っておいてやるよ」 だから後でこっそり手塚に連絡しようと考える。
こういう時、リョーマと別の学校ということが歯痒く思える。 目の届く所なら、決してリョーマに不自由な思いはさせない。 横入り禁止を新たな校則として翌日から実行させるのに。 青学にはさすがに口出し出来る権利は無い。 手塚に連絡を入れて、嫌味の一つや二つを交えながら、 リョーマがケンカに巻き込まれないよう、しっかり見張っておけと言うことしか出来ない。 それがもどかしくて、たまらない。 怪我一つさせないようにリョーマを守ってやりたいのだが、近くに居てやれない。
「もう、無茶するの止めろよ」
言っても聞かないだろうなと思いつつ口に出すと、 「え?何が?」と予想通りの答えが返って来る。
「何が、じゃねえ。 体に傷を付けるなって言ってるんだ」
不機嫌そうに言ってみせても、リョーマには通じていないらしく、首を傾げている。
こういう時、自分の気持ちが伝わっているんだろうかと疑いたくなる。 好きな人が理不尽なことで傷付く姿を、誰が見たいと思うだろうか。 まるでわかっていないな、と跡部は眉を寄せた。
「ちゃんと、聞け。 もし同じ事が起こったら、相手が誰か必ず見つけ出して報復してやるからな。 お前につけた傷の100倍、酷い目に合わせてやる」 「ちょっと、何もそこまですることは無いんじゃないの」
呆れたように言うリョーマに、跡部は真剣な口調で訴える。
「ムカつくんだよ。俺の知らない所でお前を傷付けた奴が。 その場に居て守ってやれなかった自分のこともな。 だから次は絶対許さねえ。 俺を止めたいのなら、金輪際無茶はするな。 わかったか!」
跡部の開き直りともいえる台詞に、リョーマは大きく目を見開いた。
そしてしばらく沈黙した後、「……ごめん」、と謝罪の言葉を口にする。
「あんたがそんな風に考えてるって知らなかった。 これからは気を付ける。だから、そんなに怒んないで」 「怒ってねえよ。けど、見るとやっぱりムカムカする」
薄く傷になっている部分に唇を寄せると、擽ったいのか後ろに引こうとする。 しかし嫌がっているわけじゃなさそうだ。 それをいいことに、さっさとリョーマのシャツのボタンを外しに掛かる。
直接肌に触れる度、首筋にキスする度に、リョーマが小さく声を上げる。 抑えようとして左手を口に当てている姿に、また煽られる。
擦り傷を消すようにして、執拗にその部分を唇で吸う。
「ねえ、見えるところは……やだっ」
何をしようと気付いたのか、手を突っぱねて抵抗して来る。 逆にその手を取って、優しく手の甲に口付けた。
「後で絆創膏貼っといてやる。安心しろ」 「安心出来るか!本当に、駄目だって、景吾……っ」
文句言いながらも甘えたような声を出すリョーマに、 跡部はこっそりと笑いながら、弱い所を責めてやる。
段々と大人しくなる姿を見て、「二度とこんな怪我するなよ」と念押しすると、 こくりと素直に頷いた。
跡部の本気を身をもって知ったリョーマは、 それからしばらく大人しくしていた。
先輩達に「どうしたの?首を中心に蚊に刺された?」「それにしては不自然だにゃー」と、からかわれることに懲りた所為もあった。
見えない所には、もっとあるなんて絶対に言えない。
部室の隅でこそこそと着替えながら、無茶はほどほどにしようとリョーマは思った。
跡部の思いは、一応通じたようだ。
終わり
チフネ

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