チフネの日記
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| 2011年03月08日(火) |
坂道の途中 塚←リョで跡→リョ |
周囲を見渡す仕草に、リョーマが誰を探しているのか、跡部にはすぐピンと来た。
着いた早々、あいつのことを気にしているのかよ。
リョーマが再び合宿に戻って来たのは喜ばしいことだが、同時にやるせなくなる。
気に掛けているのは、いつも手塚だけ。
他の部員は全国大会後にリョーマがどこに行ったか知らなかったのに、 手塚だけは知っていた。 きっとリョーマはアメリカに行く前に、手塚にだけは報告と相談をしていたのだろう。
全く、面白くない話だ。
こっちは手間暇掛けて行方を捜さなければ居所すらわからなかったというのに。
手塚は何もしなくても知ることが出来る。
不公平だ、と跡部は思った。
リョーマが氷帝に入学していたら、手塚の立場にいたのは自分だったはずだ。 もしかしたらあの熱っぽい視線を向けられていたのも。
鈍感な手塚とは違い、俺だったらすぐにリョーマの手を取ってやるのに。 あいつのどこがいいんだ。 さっぱりわからない。 そう考えてしまうのも、嫉妬の所為か。
全て自分の思い通りに進んで来たつもりだった。 だけど好きになった人が必ずしも振り向いてくれるわけじゃないと、初めて知った。
山から帰還した負け組を交えた夕飯は、いつもより騒がしい。 食堂のあちこちで貪るようにご飯を食べている連中に、 今までどんなものを食べていたのかと、呆れた目を向ける。
そんな中、一人で隅っこに座っているリョーマを発見した。 てっきり桃城と遠山のテーブルに一緒に座って、競うように食べているのかと思ったのに。
喧騒から逃れるようにして座るリョーマに、そっと近付く。 テーブルを覗き込むと、意外にもトレイに乗っている量は少ない。
らしくない姿だ。 手塚が自分の判断でドイツ留学を決めて、リョーマに何も言わず行ってしまったことがそんなに堪えているのか。
青学の連中から話はもう伝わっているのだろう。 合宿所に戻った直後よりも、覇気が無くなっている。
極端過ぎるだろうと胸の内で呟き、跡部はリョーマの正面に回り込んだ。
「よお。ここ、いいか?」 「……跡部さん?」
ぼんやりしていた所を声掛けられ、ゆっくりと顔を上げる。 意外そうな目をするリョーマに、構わず向かい合わせの形で椅子に座った。
「しかし、うるっせえな。この程度の食事ではしゃぎ過ぎだぜ」
ここに座ったのは他の席が騒がしいからだとアピールする。 空いてる席はまだいっぱいあると突っ込まれたらどうしようもないのだが、 「そーっすね」と投げやりな声が返って来る。
リョーマは箸で皿に乗ってる焼き魚の身をほぐしている。 しかし食べ進んでいる形跡は見られない。 ご飯も味噌汁もそのまま残っている。
眉を顰め、「どうした。食欲ねえのかよ」と尋ねてみた。
「そういうわけじゃないけど、なんか入らなくって。 急にまともなご飯が出て来たから、慣れないのかも」
カタン、と箸を置く。
「食わないのか?それじゃ明日からの試合を乗り切れねえぞ」 「……なんとかなるでしょ」
席を立とうとするリョーマに、「なるかよ。バーカ」と跡部は挑発した。
「そんな腑抜けた状態で勝ち抜けると思っているのか?ああ? 期待を掛けてたルーキーがここで退場することになったら、手塚もさぞがっかりするだろうな」 「部長は関係ない」
手塚の名前を出した途端、リョーマは引き掛けていた椅子に座り直す。 そしてこっちをじっと睨み付けて来る。
そうだ、その目だ。 心を切り込むようなその目に、惹かれた。 何にも屈しない魂や、常に上を見ている姿勢も好きだ。 そして手塚を想う憂いた表情も。
自分とは違う別の人のことで心がいっぱいなんだとわかっていても、こいつのことが好きなんだ。
本当にどうしようもねえなと皮肉に笑って、再びリョーマを挑発する。 小さくなってしまった心の炎を煽る為に。
「関係なくはないだろ。手塚にとっちゃお前は自慢の後輩なんだから」 「そんなことない」
否定するリョーマに、更に畳み掛ける。
「いや、手塚は言っていたぜ? 自分がチームから抜けても越前がその穴を埋めてくれるだろうってな」
ぴくっと動く手に、食い付いてきたなと心の中でほくそ笑む。 そうだ、乗って来い。 意気消沈してるなんて、お前らしくない。 俺が好きになった越前リョーマに戻れよと思いながら続ける。
「おかしいだろ。負け組が帰ったなんて端から信じていなかったんだぜ。 しかもお前が戻ることも確信していた。 そこまで手塚に言わせたてめえが腑抜けたままなのか。 20名の中に残れなかったら、どう言い訳するつもりだ。あーん?」 「部長、そんなこと言ってたんだ……」
黙って聞いていたリョーマは急にハッと気付いたように箸を持ち、 残していたご飯を食べ始める。 こうしてはいられないと思ったのだろう。 魚もものすごい勢いで口に運んでいる。
「おいおい。もっとゆっくり噛んで食べろよ。消化に悪いぜ? 腹痛で棄権することになったら、しゃれにならねえだろ」 「そ、そっか」
言われてゆっくり租借する姿は年相応に幼く見える。 自然とこちらも笑みが零れた。
手塚の名前を出したから素直になったというのは気に入らないが、 今は致し方ない。
俺一人ではこいつの心を動かすことが出来ない。 悔しいが、それは事実だ。
「そんなもんじゃ足りないだろう。野菜もちゃんと食えよ」 自分のトレイから煮物の小鉢を取り出し、リョーマの前に置いてやる。
「なんか、色々と……ありがと」 小さな声で、礼を言われる。 嬉しいけど、わざと「礼を言われるほどじゃねえよ」と突き放すように答える。 そうでないと、しまりない顔になってしまいそうで怖かった。 リョーマの前ではいつでも格好良くありたい。そう思っているから。
極力見ないようにして、自分も箸を持って食事を口に運ぶ。 普通なら和食を選んだりしない。 だけどもしかしてリョーマが食べたいと言って来たら、分けてやれることが出来るかもしれない。 そんな期待があった。 結果的に、和食を選んで正解だったようだ。
「ねえ」 「なんだ」 声を掛けられて、仕方なく顔を上げると、少し不思議そうな目をしたリョーマがこっちを見ていた。
「なんで跡部さんは……。わざわざ俺に部長の言葉を伝えてくれたんすか? 他校生の俺のことなんて、放っておいても良かったのに」
そう尋ねて来るリョーマに「ただのきまぐれだ」と答える。
「手塚が不在の今、楽しませてくれる奴もそういないからな。 だからお前が腑抜けたままだと困るんだよ。それだけだ」 「そう、なんだ」
納得したように頷くリョーマに、 手塚に負けず劣らず鈍感な奴、と肩を落とす。
本当の気持ちなんて言えるわけがない。
圧倒的不利な状況で、告白したらどうなるか結果は見えている。
だから。
あいつがドイツに行っている内に、絶対俺の方に気持ちを引っ張ってみせる。
片思いなら付け入る隙はあるはずだ。
絶対負けねえと、何も知らずに食事を続けているリョーマを見て、密かに誓う。
いつか好きだと告げられる日は必ず来る。
そう信じてる。
終わり
チフネ

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