チフネの日記
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2011年03月06日(日) 呆れながらもついて行く 塚リョ

部長ほど見掛けとのギャップが激しい人っていないと思う。

付き合いの長い三年の先輩達なんかは割りとわかっているみたいだけど、
同学年の一年生の部員達なんかは未だに厳格な優等生という外面を信じ切っている。

間違っていないんだけどさ。
でもそれは部長の一部に過ぎない。

付き合ってみてからわかったんだけど、部長は俺に対して時々とんでもないことを要求してくる。
あの澄ました顔でこんなこと言うのかと、初めは随分驚かされた。
実は今も、慣れてない。

だって、本当に突拍子も無いことを言うから……。





「越前、これを付けてみろ」
「……何すか、それ」

目の前に差し出されたものに、顔が引き攣る。
まさか、自分で買ったのか。
やりかねないから怖い。

硬直したままの俺に、「見てわからないか」と部長は不思議そうに言った。

「えっと、カチューシャ?」
「なんだ、わかっているじゃないか」

溜息をつく部長に、脱力する。
カチューシャはカチューシャでも、猫耳がついているものだ。
何故部長がこれを持っているのか、。

「えっと、これ猫耳がついているんですけど」
「そうだな。猫耳カチューシャだ」
「……」

猫耳カチューシャなんて、部長の口から発するような単語じゃない。
少なくとも四月当初の俺ならそう思っていた。
けれどお互いを知っていく内に、イメージとは違う人だとわかって来た。

「その猫耳カチューシャがなんでここにあるんすか?
まさか買って来たとか!?」

誰もいないのをいいことに、少し強い口調で話す。
今、俺達が居るのは生徒会の執務室だ。
部室だといつ何時忘れ物をしたとかで、誰か来るかもしれない。
ここなら使用する日以外は誰も来ないし、鍵を持っているのは職員室にあるのを除けば部長だけ。
互いの家だと家族がいるから、二人きりになりたい時はここに来ることに決めている。
何をしているかなんて、きっと誰も知らない。


「俺がこんなものを買うわけ無いだろう」
何を言ってる?と呆れたよな顔をする部長に、頭を抱えたくなる。

「じゃあなんでここに、その、猫耳カチューシャがあるんすか」
「菊丸が持っていたのを没収したからだ」
「え?どういうこと?」

部長からの説明が始まる。
今朝、菊丸先輩が部室でカチューシャをバッグから取り出し、皆に見せていたらしい。
遅刻すれすれに来る俺は知らなかったんだけど、
菊丸先輩のお兄さんが何かのゲームの賞品で貰ってきたもので(そんなのが賞品って……)、
要らないからと部屋に放置してあったのを無断で学校に持って来たというわけだ。

「お前に付けたら似合うだろうと、菊丸が話していた。不二や乾も同意していたな」
「へ、へえー」
「だから没収してやった。感謝しろ」

なんでだよ。
皆のおもちゃにされずに済んだのは良かったけど、
結局付けることには変わりないじゃないか。
どおりで今日、皆が何か言いたそうにチラチラ見てくるわけだ。
菊丸先輩なんて、かなり挙動不審だったし。
でもこの話をすると部長が「グラウンド30周!」って言うのわかっていたから、黙っていたんだろうな。

「それでやっぱり付けなきゃいけないの?」

出来ればスルーしたい。
部長しか居ないとはいえ、猫耳なんてアイテムを装着するのはご免だ。

しかし部長は「付けてくれ」と、カチューシャを持っている手を突き出してくる。

「何で?えーっと、俺の方より部長の方が似合うと思うよ」
出鱈目言って、この場を逃れようとする。
だけど「そんなわけないだろ」と部長がずいっと距離を縮めて来た。

「お前の方が似合う。この俺の目に狂いはない」
「最初に似合うって思ったのは、菊丸先輩なんじゃないの?」
「とにかく、猫耳を付けた姿を見せてくれないか。
頼む、越前」
「…………」

この人って、本当にずるいと思う。

頼みごとなんて普段は絶対にしなくて、
そこまでやらなくてもって事まで一人でやってしまうのに。
こういう時だけお願いしてくるんだ。

期待を込めた目で見詰められて、動けなくなってしまう。
どうせならテニスの方で期待されたいものだ。
いつもこんなことばかり望まれても困る。

だけど。

「越前」

名前を呼ばれると、もう抵抗する意識が消えて行く。
こんなこと絶対にしたくないのに、この人に頼まれると断ることが出来ない。
恥かしいことばっかりなんだけど、好きだからこと叶えてしまうんだろうなと改めて思い知らされる。

だから俺は差し出された猫耳カチューシャを、そっと受け取った。

「……」

きっと顔、赤い。
熱くなる頬を止められないまま、カチューシャを付ける。

真正面から見られるのは抵抗があるから、
俯き加減で「これでいい?」と尋ねた。

「よく似合ってるぞ、越前」

満足そうな部長の声に(嬉しくない……)と思いつつ、
「もういいでしょ。外すから」と言う。

「いや、ちょっと待て。
その格好のまま、『にゃあ』と鳴いてみてくれないか」
「はあ!?」
「大丈夫だ。お前ならやれる」

大丈夫って何が。
そんなのやりたくない。

固まったままの俺に、
「頼む」と部長はまた懇願の言葉を口にする。

ああ、もう。
俺が部長のお願いに弱いって、絶対わかってて言っているよね!

それでもやっぱり断ることが出来ずに、
俺は小さな声で「にゃあ」と鳴いた。

「もう一度、少し大きな声で言ってくれないか」

まじまじと見詰められて、(勘弁して欲しい)と唇を噛んだ後、
もう一度「にゃあ」と鳴く。

「後一回、言ってくれ」
「にゃあ !」

もう、やけになっていた。
サービスで丸めた片手を胸の位置に持っていて。
ちょっと可愛くやってみせた。

すると部長は、「よく頑張ったな、越前」と、わけのわからない褒め言葉をくれた。
更にぎゅっと抱き締められる。

「猫耳も可愛いが」
部長は俺が付けているカチューシャを外して、ぽいっと机の上に放り投げる。
え、何?と思っていると、耳たぶをやんわりと噛まれる。

「お前の耳の方が、もっといい」


だったら最初から猫耳カチューシャなんて付けさせるなと思いつつも、
部長の嬉しそうな声にどうでもよくなって来てしまう。

そのまま俺は大人しく部長の腕の中に収まっていた。

終わり


チフネ