チフネの日記
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‘もし越前の都合が良ければなんだけど。 明日、一緒にお昼ご飯食べない?’
不二にそう言われた瞬間、リョーマは思わず顔を赤くした。
まるで恋人同士みたいな誘いだ。 でも実際そうなのだから、そんな会話があってもおかしくないのかもしれない。
黙ったままのリョーマに、「どうかな?」と不二が顔を覗き込んで来る。
頷くのが、精一杯だった。
それでも不二はわかってくれたようで、 「じゃあ明日、越前の教室まで迎えに行くよ」と言った。
それが昨日の帰り道での会話だ。
たまに菊丸に「ラブラブだにゃー」とからかわれる位、不二とのお付き合いは順調だ。
幸せ過ぎて怖い位。 そんな気持ちとは縁が無いと思っていた。 だけど今の状況は、他に当て嵌まる言葉が見付からない。
不二のことが、好きだ。
はっきりと自覚している。
もう手放すことなんて出来ない位、リョーマは不二に夢中になっていた。
恥かしいから、思っていることの10分の1も口には出さないけれど。
「越前」
出入り口から聞こえた不二の声に、リョーマはお弁当を持って立ち上がった。 待ちに待ったお昼休みの時間だ。
一年生(特に女子)の間でも、不二は有名だ。 クラスメイトの視線の中、リョーマは小走りに彼の元へと向かう。 これ以上不二の笑顔を関係ない奴に見せたくない。 そんな思いから一刻も早く、ここから離れようと急ぐ。
「どこで食べる?」 扉を閉めて不二の顔を見上げると、「ついて来て」と言われる。 どこに行くか、もう決めていたらしい。
「いい所があるんだ。案内するよ」 「へえ、楽しみ」
言いながらも、不二と一緒ならどこでも良いと思った。
側に居られるだけで幸せなのだから。 睡眠以外でも温かな気持ちになるということを、初めて知った。
恋人がいる人々は、皆こんな風なのかなと少し先を歩く不二の背中を見てそんな風に思う。
「ここだよ」
到着した場所は、使っていない予備教室だった。 だけど床や机は綺麗に掃除して、最近使った形跡があった。
「時々、英二とここに遊びに来るんだ。 自習の時とかね」 「へえ」
内緒だよ、と人差し指を口の前に立てる不二に、リョーマは頷いた。
「あ。今日、菊丸先輩は?一緒じゃないんすか?」
いつもは二人で食べていると聞いている。 だったら後から来るのかな?と思ったリョーマに、 「うん、越前と二人きりでお昼ご飯食べたいから、今日は譲ってって頼んだ」と不二は言った。
「え?二人きり?」 「うん。嫌、かな?」 「そうじゃないけど……。菊丸先輩に悪いかなって」
気を使ってくれたとしたら、少し申し訳無いという気持ちになる。
しかし不二は「大丈夫」と笑った。
「数学のノートで手を打つって言っていたから。 それに今日は大石と昼休みに特訓するんだって」 「そうっすか」 「それより座って。お弁当食べようよ」 「っす」
一つの机に二つ向かい合わせになっている椅子に腰掛ける。 お弁当の包みを置いて箸を取り出す。
ふと、不二の弁当に視線を向けると、結構大きいことに気付く。
痩せているけど、食べる量は多いのかなと呑気に考えていると、 「ねえ、越前」と不二が意を決したように口を開く。
「食べ物の好き嫌いってあるかな?」 「あるっすよ。乾先輩の汁とか」 「そういう特殊なものは置いといて、一般的なもので」 「うーん。牛乳以外には特に別に」 「本当?」 「っす」
何が言いたいんだろうとじっと不二を見ると、 「だったら」と、弁当の蓋を開けてこちらへ向けられる。
「ちょっと食べてみない?越前の為に作ったんだけど」 「不二先輩が!?」 「うん」
驚きつつ、中身を確認する。
卵焼きに唐揚げ、アスパラベーコンにポテトサラダ、おにぎりとデザートにりんごとごくごく普通のメニューだった。
「そんなに難しいものは作れないから、ありきたりのものなんだけど。 良かったら、どうぞ」 「……」
よく見ると、不二の手に小さな火傷のような跡がある。 油が跳ねた時に出来たものだろうか。 そんなものを見て、「いらない」なんて言えるわけがない。 それに恋人が自分の為に作ってくれたのだ。 元より断るつもりは無い。
(例え、どんな味付けだとしても……)
覚悟を決めて、リョーマは「いただきます」と箸を取った。
不二の味覚はかなり変だということを知っている。 好物がわさび寿司で、乾の汁だって美味しそうに飲む。 だからどんな味でも驚いたりしないと、自分に言い聞かせて唐揚げを口に放り込む。
「……!」 「どう、かな?」
じっと見詰める不二に、リョーマはよく噛んでから飲み込む。
そして「美味しいっす」と感想を述べた。
お世辞ではない。 辛くもなく、変な味付けも無く美味しい。
どういうこと?と思いつつ、他のメニューにも手を伸ばす。
卵焼きも程好い甘さ。アスパラベーコンやポテトサラダもこれといっておかしなこともない。 おにぎりの中身も梅と鮭で、気をてらったものは入っていない。
普通だ、と首を傾げつつ、食べ進めて行く。
「先輩も食べたら?美味しいのに」 「本当に美味しい?」 「うん。嘘じゃないっすよ」 「良かったあ」
ほっとしたように、不二が胸を撫で下ろす。
「そう言ってもらえるかどうか、ずっとドキドキしていたんだ。 姉さんに何度も味見してもらったから、大丈夫だとは思ったけど」 「お姉さんに?」 「うん。最初はこんなに辛くするな!とか、いっぱい怒られちゃった」
不二の姉の味覚はまともだったらしい。 なる程。だから不二にしては普通のおかずが出て来たのか、と納得する。
「けど、なんで不二先輩の手料理?朝練もあるから、作るの大変だったんじゃないの?」
嬉しいけど、手間や準備は相当時間掛かったはずだ。 わざわざ平日にそんなことするなんてどうしてだろう。 不二をじっと見詰めると、照れたような笑顔を浮かべる。
「うーん。折角初めて一緒にお昼ご飯を取るんだから、何か驚かせるようなことがしたくって。 あ、迷惑だった?」 「そんなわけない。嬉しいに決まってる」 「そう、良かった。その言葉が聞きたかったんだ」
にこ、と笑う不二を見て、じんわりと幸せな気持ちが体を満たしていくのを感じる。
また好きになってしまったと、赤くなった頬を隠すように俯く。
好きという気持ちに底は無い。
それも不二に教えられたことの一つだ。
「本当に先輩の料理、美味しいっすよ。 ……ありがとう」 「どういたしまして」 「毎日、食べたくなるくらい美味しいっす」 「なんか、それってプロポーズみたいな言葉だね」 「……何言っているんすか」
冗談、と笑う不二に、リョーマも一緒になって笑った。
でも、いつか冗談じゃなくなるかもしれない。
その時までに、自分も料理の腕を磨こう。 勿論、不二を驚かせる為に、練習はこっそりと。
そんな計画をこっそり胸に秘めつつ、 不二が作ってくれた料理を口に運ぶ。
やっぱり美味しいね、と言うと、また不二が笑顔を見せる。
幸せの味って、こういうものかもしれない、とリョーマはそう思った。
終わり
チフネ

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