チフネの日記
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2011年01月29日(土) オペラ 跡リョ

迷いに迷った挙句、一人で会場を訪れた。
チケットは二枚持っているのに、連れがいないなんて間抜けだな、と跡部は思った。

背中を丸めて、指定の席へと向かう。
ずっと考えて、出した結論がこれだ。

―――リョーマをオペラに誘うのは、止めよう。

誘った所で「興味ない」と断られる光景が目に浮かんだ。
だったら最初から何も言わない方がいい。
好きなものは一人で楽しむべきだ。
決して相手にも強要することではない……と、綺麗事を浮かべても、
胸に広がったなんとも言えないモヤモヤとした気持ちは晴れそうにない。

そもそも、跡部とリョーマの間にはテニス以外の共通点がほとんど無いのだ。
それが悪いわけじゃない。そんなこと考えて誰かを好きになるわけじゃない。わかっている。

まさにあれは一目惚れだった。
恋に落ちた衝撃は、今も鮮明に覚えている。
関東大会の大舞台でも臆することなく、
「後、100ゲームやる?」と挑発的な笑みを浮かべたリョーマから目を離せなかった。
ただの生意気な奴、だけじゃない。
存分にその実力を見せ付けて青学を勝利へと導いた少年に、心を奪われた。

気付いたら、即行動。
そこから跡部はリョーマの元に通い詰めて、根競べの末にお付き合いの承諾を得たのだった。

しかしいざ交際がスタートすると、互いの価値観の違いに困惑させられるばかりで。

例えばリョーマは、趣味といえばゲーム位で、後は寝て過ごすと言う。
他に何か楽しみは無いのかと問えば「風呂に入ること位かな」と、あまりデートには向かないようなことで。(とはいえ、いつか温泉に連れて行ってやろうという楽しみは出来たのだが)。
跡部は休日は山登りや釣りといったものを楽しんでいるのだが、
それに誘っても「興味ない」と、ばっさり切り捨てられて落ち込んだりもした。
乗り気じゃない相手を無理に連れ出しても仕方無いと割り切り、
今はテニス中心のデートを繰り返している。
跡部としてはもうちょっと恋人らしいこともしたい気持ちもある。
けれどリョーマは楽しそうにしているし、ケンカしてまで引っ張って行くのは気が引けて、今の状態をずるずると続けている。

そして、本日。
跡部が前から鑑賞したいと思っていたオペラ公演のチケットが取れた。
誘いたい相手はリョーマしかいなのだが、とてもオペラを理解するとは思えないし、
見たがるとも思えない。
一応2枚指定を取ったのだが、その日の前日になっても誘うことが出来ずに、
結局一人で会場へとやって来た。

部活は休みなので、本当ならリョーマと一緒にコートで過ごしているはずだが、
今回は待ち合わせのことも何も言わなかった。
リョーマは元々無口で、こちらも話題も振ってくることもほとんど無い。
そんなわけで「明日の休日はどうする?」と聞いてこなかったので、今日はなんの約束もしていない。
ひょっとしたら、こちらが何か言わなければこの先もずっと休みに会わないままなのでは……。
そう考えると、また一つ気持ちが沈んでいく。
付き合って欲しいと言い出したのはこちらからだ。でも、リョーマも、もうちょっと歩み寄る姿勢を見せてくれてもいいんじゃないだろうか。
それとも、そんな気も起きないくらい何の関心も持っていないとしたら。

(落ち込むってレベルじゃねえぞ、おい)

演奏が始まっても、跡部は目の前の舞台に集中することが出来ずにいた。
今、一緒に居ないリョーマの方がずっと気になる。

こんなことなら、無理にでも誘って一緒にいるべきだった。
それとも「時間の無駄」ときっぱり切り捨てられて、やっぱり別行動になってしまうのか。

大好きなオペラを見ているはずなのに、考えるのはリョーマのことばかり。
この自分が完全に振り回されている。
今までなら面倒な相手はさっさと切り捨てていたのに、今回だけは出来そうに無い。

(多分、それだけ好きなんだろうな……)

結局、休憩の合間に跡部は外へと出ることにした。
これ以上鑑賞しても集中出来ないし、今日は楽しむ余裕すらない。
リョーマに会いたいという欲求の方が勝った。
車を呼び出し、越前家に向かうことにした。



どうせリョーマは昼寝しているか、自主練していると予想し家に行ってみると、
従姉が出て来て「裏のテニスコートで打っています」と教えてくれた。
考えが当たったことにどこかほっとしつつ、従姉に一礼してコートへと向かう。
もし、青学の先輩(例えば仲が良い桃城とか)や同級生と出掛けてると聞かされたら、
きっと落ち込む所じゃない。
居場所を探し出して、連れ戻していたかもしれない。
そうならなかったことに安堵しながら足を進めると、規則正しいボールの音が聞こえて来た。


リョーマは壁に向かって一心不乱にボールを打っていた。
意識を集中しているらしく、近付いてもこちらに気付かない。
どうしたものか、とリョーマの横顔を眺めていると不意に跳ね返っていたボールをリョーマは片手でキャッチする。
そしてくるっとこちらに顔を向けた。

「声くらい、掛けたら。なんで黙って見てんの」
「気付いていたのかよ?」
「そりゃ、こんな近付いて来たら普通気付くでしょ」

当たり前か、と跡部は苦笑する。普通、この近距離なら気配で気付くのは当たり前だ。
でもあんまりにもリョーマの様子が熱心だったから、わかっていないのかと思ってしまった。

「何笑ってんの?俺、そんな変なこと言った?」

跡部の顔を見て、リョーマはむっとしたように唇を軽く曲げる。
誤解を解く為に、「お前のこと笑ったんじゃねえよ」と、跡部は言った。

「あんまり集中しているから、俺のことが見えないのかと思った。
お前はテニスに関することとなると、すぐ夢中になるからな」
「そんなこと……無いと思うけど」

リョーマにしては珍しく、目を逸らしてぼそぼそとした声で言う。
そんな言いにくいことか?と首を傾げていると、
「単にやることなかったから、壁打ちしていただけだし」と何故か怒ったように言われる。

「それより、あんたは?」
「あん?」
「どっか、出掛けてたの?」
「いや……、俺は」

用も無くふらふらしていたと言うのは簡単だ。
しかし嘘をついて、なんになる。
一人でオペラを観に行ったことを決断したのは後ろ暗いことだ。
だけど隠したりしたら、もっと悪い方向へ転がることは跡部にだってわかっていた。
妙な誤解が生まれる前に、さっさと吐いてしまった方がいい。

「さっきまで、オペラを観に行ってた」
「はあ?オペラ?」

リョーマが引いたように見えたが、構わず頷く。

「趣味の一つだ。文句あるか」
「ないけど。それ、面白いの?」
「まあな。良かったら、今度……一緒に行くか?」
「え?」

極自然に出た言葉に、しまったと口を閉じる。

きょとんとしているリョーマの声に、今から取り消そうかと考える。
オペラなんて興味ないのに、行くはずがない。
バカなことを言ってしまったと後悔する。

「あ、いや無理にとは」

慌てる跡部と反対に、リョーマは冷静だった。
こちらを向いて、目を合わせて口を開く。

「いいけど」
「は?」
「だから、行ってもいいって言ってんの」
「いや、だってお前そういうの興味ないだろ」
「うん、全く」
「だったら俺に合わせることなんてしなくたって」
「でも、面白いんでしょ?さっきそう言ってた」
「けど……。お前にとっては面白くないかもしれねえぞ」

リョーマがどういうつもりなのかわからなくて、次々と否定的な言葉を口にしてしまう。
だがリョーマはそれを不快なことと受け取らず、
「でも、一度行ってみないとわからないよ」と返してくる。

「途中で寝るかもしれないけど。一度は一緒に行ってみたい、かも」
「そ、そうか」
「跡部さんが乗り気じゃないなら、別にいいんだけど」
「いや、そんなことはない。まさかそんな風に言うとは思わなかったから驚いただけだ。
今度、チケット用意しとく」
「うん」

こくん、と頷くリョーマを見て、本気で一緒に行くつもりがあるようだ、と悟る。


興味無いはずなのに、どうして……と考えて、ふと思い付く。



(ひょっとして、こいつも気にしていたのか?
いつもテニスばかりで……たまには恋人らしいデートをしてみようと思って、
俺に合わせる気になった、とか)


リョーマに限って、と否定してみるものの、期待してしまう。

自分が思ってる以上に、好かれている。
今のやり取りはそういう合図なんだって、解釈しても良いのだろうか。


「じゃあ、早速来週行くか?」
「いいけど」

いつも通り素っ気無い言葉だったけど、少し優しく聞こえたのは気のせいじゃないはずだ。
リョーマの表情が笑ってるように見えるのも。

来週の約束に嬉しくなって、跡部もリョーマに笑顔を向けた。



きっと、次に鑑賞するオペラは楽しく過ごせる。

多分、リョーマは寝顔を晒してろくに演奏を聴かないだろう。
だけど一人でいるよりもずっと、音楽は素敵に聴こえるはずだ。


(こいつの方から誘ってくれないと悩むのは止めた。
俺が誘えば済む話だ。
これからの休みは全部独占してやる。
覚悟しとけよ……)


まだ付き合って間もない二人。
距離があるのは当たり前。
これからは遠慮することなく積極的に埋めていこうと、
跡部は決意のこもった眼差しをリョーマに向けた。


終わり


チフネ