チフネの日記
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2010年10月16日(土) 戸惑いの日/恋を知る日 8

正直、こんな展開になるとは思っていなかった。
リョーマと二人きりになる機会に恵まれ、今日言うしかないと決意をして、
着替え終わるのをじっと待っていた。
そこへリョーマから「話、したいんだけど」と突然の申し入れ。
驚かされた。
何を言われるのかと内心ビクビクしていた。
ひょっとして「なんでいつも俺のこと見てるんすか。止めて欲しいんだけど」と苦情を言われるのかもと、覚悟していた。

しかし言われたのは、意外なことで。

「俺に話したいこと、無いっすか?」
リョーマが知りたかったのは、こちらの気持ちだったらしい。
眠れない位に悩んでいるなんて、知らなかった。
目を潤ませ必死に訴えて来る姿に、
さすがの手塚もリョーマが何を期待しているか気付く。

『脈があると思うよ』
不二の言葉は本当だった。
たまには真実も言うんだなと、本人がこの場に居たら怒られそうなことを考える。

けれどそれより今は、リョーマのことだ。

ひたむきとも言える目をしてこちらを見ているリョーマに、
手塚はありったけの決心を掻き集めて、口を開いた。


「越前、俺は」
「うん」
「お前のことが、好きなんだ」

瞬間、リョーマがほっとした笑顔を浮かべる。
拒絶の態度を取られなかったことに安堵して、手塚は話を続けた。

「いつからかはわからない。
最初はただの後輩、のはずだった。
しかしいつの間にかお前のことが気になっていたんだ」
「それは弟みたいとかじゃなく?」
「弟?」
なんだ、それはと手塚は首を傾げた。
「違うな。弟みたいに思っているだけだったら、悩んだりはしなかった。
それに……」
「それに?」
「見ているだけではなく、抱き締めたいと思うこともある。
弟だったら、そんなことは考えない」
「抱き!?」
絶句しているリョーマに、言い過ぎたかと焦る。
よりわかりやすく説明するつもりで、つい本音を漏らしてしまった。

どうしたものかと青くなる手塚と逆に、
真っ赤な顔ををしながらリョーマは「そっか、そうなんだ」と頷く。

「部長の気持ちはよくわかったっす」
「いや、その、越前。さっきは言い過ぎてしまって」
言い訳を聞かず、リョーマは手塚の言葉を遮った。
「弟とか後輩っていう意味の好きじゃないってことなんだよね。
でも、だったらどうしたいんすか?」
「どう、とは」
「俺とこれから、どうしたいのかって聞いてるんだけど」

さあ、言えと赤い顔したまま睨んでいるリョーマに、
そこまで言わせるのか……、と手塚は軽く溜息をついた。

わかっているくせに。

これまで何も行動せずに黙っていたことに対するお仕置きのつもりか。

「ねえ、言ってよ」

いや、違うかと手塚は思い直した。
いつもは生意気な少年が、不安そうにこちらを見ている。
明確な答えが、欲しいのだろう。
そしてそれを出してやれるのは、自分しかいない。
だから、どんなに恥ずかしくても口に出してリョーマに伝えなければいけない。

「俺と、付き合って欲しい。どうしたい、の答えはそれになるな」
瞬間、リョーマは嬉しそうに笑った。
花が綻ぶような、というのはこういう表情かと見惚れてしまった。

「うん、部長の気持ちはよくわかった」
満足したかのように、ベンチの背凭れに体重を掛ける。
全部聞いて、力が抜けたようだ。

「俺からの返事、聞きたいっすか?」
「当たり前だ」
「素直っすね、部長」
「これでも必死だからな」
すると、リョーマは目を丸くした。
「意外……もっと余裕あるかと思っていたのに」
「そんなわけあるか」
心外だ、とムスッとした顔で言い返す。
「余裕など無い。
今でも振られるかと思うと、……怖くて堪らない」

それは手塚の本音だった。
拒絶されたら傷付くだろうし、この先姿を見るだけで辛くなるかもしれない。
そんな手塚の心境に気付かず、
「あ、それは大丈夫っす」とリョーマは明るい声を出す。

「何が大丈夫なんだ」
「いや、だって」
少し迷った素振りをした後、そっと手を伸ばして来る。
何をするつもりだと黙って見ていると、膝に置いてた手塚の手に重ねて来た。
小さくて温かな感触に目を見開くと、
「振ったりなんかしないという意味っす」と言われる。

「だって、俺も部長のことが……好きだと思うから」
「本当か?」
聞き間違いかと思って、確認してしまう。
「う、うん。気づいたのはたった今なんだけど」
リョーマにしては珍しくもじもじとした様子だ。
それがまた可愛らしく見えて、衝動的に抱き締めたくなる。
だが今は話を聞く時だと、手塚はぐっと我慢をした。

「今、気付いた?何故だ」
んー、としばし考えてから、リョーマは口を開く。
「その言葉がストンと胸のこの辺に嵌った感じになって、
ああ、待っていたのはこのことかとわかった。
部長に好きだって言われて、嬉しかった。
なんでかって考えたら、答えは一つしかない。
俺も同じ気持ちだったんだって……こんな所でいい?」

上目遣いでおずおずと尋ねるリョーマに、「上出来だ」と手塚は微笑んだ。
そしてもう一方の手で重ねられてたリョーマの手を包み込む。

「なら今から俺達は恋人同士になったと認識してもいいのか」
「うん……そういうことになるっすね」
「本当に俺でいいのか」
確認するように言うと、「部長の方こそ」とリョーマが言う
「すごくモテるくせに。優等生のあんたが、俺を選ぶなんて信じられないんだけど」
「そんなの関係ない。俺はお前がいいんだ。
むしろお前でなければ、好きになれない」
「ふーん、物好きっすね」

嬉しそうに笑うリョーマに、手塚の鼓動が跳ね上がる。

こんなにすんなりと上手く行って良いものか。
夢じゃないかと考え込むと、
「どうしたんすか?」と聞かれる。

「いや、妙に現実感が無くて都合が良い夢を見ているんじゃないかと思って」
「はあ?そんなわけないでしょ。
夢だったら、俺だって困るし」
「困るのか」
「当たり前。部長は違うの?」
ムッとした口調で言われて、「そんなわけないだろう」と即答する。
「折角、両想いになれたんだ。これが夢だとわかったら絶望するぞ」
「大袈裟。でも回答としては合格、かな」
「そうか」
「両想い、か……。良い響きだよね」


そう言って照れたように笑うリョーマにつられて、手塚も顔を赤くする。

改めて口にすると気恥ずかしいもので、だけどとても幸せで。
欠けていた心が満たされたような気持ちになる。

そうか……。これが両想いというものかと納得する。

最後のピースを与えてくれたリョーマに感謝しつつ、触れてる手に力を込める。
温かな体温を放したくない、とそう思った。


チフネ