チフネの日記
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| 2010年10月15日(金) |
戸惑いの日/恋を知る日 7 |
手塚と二人きりになれなくて苛々していたが、 思わぬところでチャンスが転がって来た。 その日、リョーマは日直の当番だったので集めたプリントを職員室に持って行ったり、 ゴミを焼却炉に運んだりと色々忙しくしていたおかげで、放課後の練習に少し遅れてしまった。 ちゃんとした理由があるので走らされることはないが、それでも急いで部室に向かう。 ドアを開けて中に入ったら、大石が制服に着替えしている所が目に入った。
「ちーっす」 挨拶すると「越前、今からか?」と大石が笑顔で話し掛けて来る。 「そうっす」 ぺこっと頭を下げる。 「そっか。頑張れよ」 「大石先輩は?」 制服に着替えるということは、帰るだろうか。 そんな風に思って質問すると、 「ああ。今日は家の用事で、帰ることになっていたんだ」と予想通りのことを言われる。 「へえ」 それでもわざわざ数十分の為だけに部室に出るとは、律儀な大石らしい。 しかしこれはチャンスかも、とリョーマは考える。 出来るだけ感情を抑えて、「じゃあ、今日は誰が鍵を閉めるんすか」と不自然にならないよう聞いてみる。 「ああ。手塚にお願いした。明日の朝のことも。 でも俺もいつも通り早く行くつもりだけど」 「そうっすか」 ということは、今日最後まで手塚は一人で部室に残るということになる。 いつも手塚は大石と日誌を書きながら一緒にいるので、どうせ二人きりになれないと諦めて帰っている。 部員が全員帰るまでは鍵を閉めないだろうから、居残りするだけで簡単に望んでいた状況を手に入れられる。 やった、とばんざいしたくなる気持ちを抑えて、リョーマは手早く着替えた。
「大石先輩、ありがとうっす!」 「……?え、ああ」 元気良く挨拶して部室を出る。 ようやっと今日、手塚に質問をぶつけることが出来そうだ。 浮き浮きとした気落ちで、リョーマはコートへと向かった。
そして解散後。 桃城は見たいテレビがあるとか言って、こちらを誘うことなくさっさと帰ってしまった。 送ろうかと言われたら何て言い訳しようかと考えていたが、あっさりとクリア出来た。 片付けを終えた後、リョーマは「少しやっていくことがあるから」とラケットを持ってコート裏へと走った。 これで他の一年生からの誘いも無い。 自主練習だと思って、放っておいてくれるに違いない。
よし、と壁打ちを始める。 適当に時間を潰して、誰もいなくなった頃に部室へ行く。 それがリョーマの立てた作戦だ。
「あれー、おチビまだ残ってんの!?」 「き、菊丸先輩?」 不意に話し掛けられて、ボールを逸らしそうになったので慌てて手で受け止める。 振り返ると制服姿の菊丸と不二が側に立ってこちらを見ていた。 「自主練?帰ってからやればいいのに」 「ちょっとだけ、打っておきたくって」 「へえー。偉いね、おチビ」 近付いて抱きついて来る菊丸に、困ったなと眉を寄せる。 このまま纏わりつかれて、一緒にやるなんて言われたら計画が狂ってしまう。 顰め面するリョーマに「邪魔したらダメだよ、英二」と不二が助け舟を寄越す。 「今日は一緒に寄り道するって約束したじゃないか。忘れたの?」 「あ、うん。そうだにゃ。ごめんね、おチビ」 パッと体を離されて、リョーマは安堵の息を吐く。
「じゃあ、おチビ。また明日ね」 手を振る菊丸の横で、不二がフッと笑う。 「頑張ってね、越前」 「はあ……」
何かものすごく含みがあった気がするが、……考え過ぎだろうか? 計画に気付くはずがないと首を振って、リョーマは再び壁打ちを始めた。 それから10分以上過ぎた頃だろうか。
もう誰もいないはず、と部室へと戻る。 電気がポツンとついていて、手塚がそこにいることを知らせている。 急いでドアを開けると、 「遅かったな、越前」とベンチに腰掛け、日誌を書いている手塚が顔を上げた。
「自主練していたのか?」 「っす。ちょっとだけ打ちたくって」 「そうか。早く着替えろ」 「はい」 咎めることなく、手塚は再び日誌に視線を落とす。 それを横目で見ながら、リョーマは着替える為に自分のロッカーへと向かう。
さて、どう切り出そうか。 この機会は絶対に逃したくない。 今日話し掛けなければ駄目だ。 そんな風に居聞かせてボタンを一つ一つ嵌めていく。
支度が全部終わった所でくるっと振り返ると、 手塚が日誌ではなくこちらを見ていたことに気付く。 急に振り返ったことで驚いたようだ。 焦ったように慌てて下を向く。 そんなことをしても、バレバレなのに。
(言いたいことあるのなら、ハッキリ言えばいいのに) 苦笑して、リョーマは一歩踏み出した。
何も言わずに見ているだけのこの人の本心が知りたい。 強く、そう思った。
「部長、ちょっといいっすか?」 「な、なんだ」 「話、したいんだけど」
リョーマの言葉に、手塚はしばらく俯いていたが決意したように顔を上げる。
「わかった。……隣、座るか?」 「うん」
手塚が少し横にずれて譲ってくれたスペースに、リョーマは腰掛けた。
いつも見ているけどこうして近付くとドキドキして、 すぐに立ち上がってしまいたい衝動に駆られる。 足の治療をされた時みたいに。 けれど今日、全部聞かなければこの先も悶々として安眠も出来ない日々が続くだけだろう。 だったら、決着つけなきゃいけない。
すっと息を吐いて、「部長」と呼び掛ける。
「俺に話したいこと、無いっすか?」 「それは……」 口篭っている手塚に、リョーマは思っていたことをぶつける。 「ずっと聞きたかった。どうして他の人より少しだけ俺に優しいのか。 気のせいと思ったけど、やっぱり違うって思って。 それで部長はどうしてそんなことをするのか、ずっと考えてて眠れなくなったりもした」 「眠れない?本当なのか?」 意外そうな顔をする手塚に、失礼だな……と思いつつ、「本当っす」と言い返す。
「俺だってそんな風に悩むことあるっすよ。 でも今回のは全部部長の所為だけど」 笑って言うと、越前は動揺したように肩を揺らす。
「だから聞かせて欲しい。 部長が俺に対して優しいのは気のせいなのか違うかどうか。 そしてどんな風に思っているのか、……知りたい」
やっと言えた。 全て言い終えてから、リョーマは息を吐いた。 心臓がバクバクと鼓動を速くしているのがわかる。 試合の前だってこんな風になったりしないのに、今はすごく緊張している。
必死の思いを込めて見詰めると、 体を硬直させてた手塚はゆっくりとこちらを向いた。
「俺の話を聞いてくれるか」 「はい」 「驚いたりしないか」 「しない」 「そうか」
熱っぽい視線を向けられ、リョーマは顔を赤くする。
これ以上鼓動が早くなったら心臓が破れてしまうんじゃないか。
そんな心配をしながら、手塚が何を言うかじっと待った。
チフネ

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