チフネの日記
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2010年10月14日(木) 戸惑いの日/恋を知る日 6

手塚に問い質してみようとリョーマが決心して、三日過ぎた。
足首の方は問題ない。
元気に部活へ参加出来る程になっている。
だけど肝心の手塚とはなかなか二人きりになるチャンスは見付からない。

(案外、部長が一人になることって無いんだよね……)

無愛想なくせに、常に周りには人がいる。
とてもじゃないけど、内容が内容だけに聞きたい質問をぶつけるようなことが出来ない。

一歩は離れて観察してみると、手塚がちゃんと部長をやっているんだとわかる。
腕を組んでぼーっと見てるだけかと思ったが、指示を出したり、困っている一年に直接指導したり、
いざこざが起きたら止めに入ったりと大変そうだ。
けれど手塚は文句を言うわけでもなく、そつなくこなしている。
勿論、大石のフォローや、乾のアドバイスを必要としている時もあるが、
部長として手を抜いている素振りは全く無い。
それでいて生徒会の方の仕事もちゃんとやっているというから驚く。
改めてすごい人なんだと、リョーマは思った。

テニスするだけでいいと考えている自分とは大違いだ。
先生からも他の生徒からの信頼も厚く、期待にも応えていて、優等生。
そんな手塚が自分のことを特別に思っているとは……やはり勘違いかも、と帽子を深く被る。
だってあまりにも釣り合いが取れない。
手塚を惹きつける程の魅力が自分にあるとは到底思えないからだ。

「何、ぼーっとしてるんだよ。越前」
「桃先輩」
何するわけでもなくコートを眺めていたリョーマに、ラリーを終えたばかりの桃城が話し掛けて来る。
「部長のこと、見てたのか?」
「別に。見てないっす」
怪しまれるのが嫌で誤魔化そうとするが、桃城は「嘘付け」と肘で小突いて来る。

「部長がいるコートに視線向けてたじゃねえか。
まあ、気持ちもわかるけどな。やっぱり部長はすげーよ、すげーな」
変な意味で言われたわけじゃないとわかって、ほっと息を吐く。
それにしてもどこを見ていたつもりじゃなかったのに、
無意識に手塚のことを目で追っていたとしたら……。

(やっぱり俺の方が振り回されてる!?)

むーっと眉を寄せるリョーマに、
「どうした越前。変な顔してるぜ?」と、桃城が笑う。
「部長に追い付きたいと考えてるなら今は無駄だぞ。
もっと頑張らねえとな」
「そんなのわかっているっすよ」
「ハハッ、頑張れ」
笑いながら桃城はリョーマの頭を帽子越しに撫でる。
全く見当違いな解釈をしているようだが、この場合誤解を解くわけにもいかず、
黙ってしたいようにさせておいた。

すると、
「そこ、何を遊んでいる!」と鋭い声が響く。
コートの中から手塚が真っ直ぐこちらを見ている。
「うわ、やべえ」
身を小さくする桃城と、目を見開くリョーマに、
「暇ならグラウンド10周してこい」と言い渡す。
「っす!行こうぜ、越前」
「けど」
「いいから。逆らったら20周に増えるぞ」
桃城に引っ張られて、ずるずると出口へと向かう。
ちらっと手塚がいる方を見ると、ちょうどサーブを打つところだった。
コートの中にいてもこっちのこと気にしていたのかな、と考える。

たかがあの位でグラウンド10周なんて厳し過ぎると思うが、
もしも……他の人と話をしているのが面白くなくて、
だからそんな指示を出したんだとしたら?

(考え過ぎか)
軽く首を振って、否定する

「なあ、部長って厳しいよなあ」
不意に話し掛けて来た桃城に、リョーマは「そうっすね」と頷く。
「けど部長はあれでいいんだよ。
部員に甘くて言うこと聞いていればいいってもんじゃねえ。
そんなんじゃ結局、部は纏まらないし、威厳も何も無いからな。
優しさってわかりやすいものばかりじゃないだろ。
お前もそう思わないか?」
「まあね」
こくん、とリョーマは頷いた。

たしかに手塚の優しさはわかりにくいものばかりだ。
はっきりと口に出すわけでもなく、態度もいつも変わらなくて。

でも。
(言わなくちゃわからないこともあるよ)
だから聞きたい。
今度こそはっきりと手塚に質問したいのに、
いつになったら二人きりになれるチャンスが訪れるのか。
もう少し早く決意していたら、保健室に連れて行ってもらった時に聞けたのに。

上手くいかないなあ、と青空を見上げて呟いた。














告白しなければ、何も始まらない。
そのことに気付いた手塚は、リョーマと二人きりになれる機会を伺っていた。
しかしそれはなかなか難しいことだった。
リョーマの周りには何かしら誰かがいて、近付き難いのだ。
図書当番はこの間カウンターに座っていたばかりだから、当分先だ。

こうして悩んでいるというのに、リョーマは全く気付きもせず、
練習中に桃城と楽しそうに会話しているではないか。
けしからん、と妨害の意味もこめてグラウンド10周を命じた。
八つ当たりだとわかっているが、止められない。

そうしてコートから出たら、「八つ当たりは良くないよ」と不二から注意を受ける。
全部お見通しという顔が癪にさわり、
「何の話だ」と平静を装って返した。

「だから僕に惚ける必要は無いんだって。
自分は一日一回だって会話も出来ないに、一緒に帰ったり話をしてる桃に焼きもち焼いているんでしょ?
わかるけど、よくないなあ。
越前の心証を悪くしたかも」
ぐさり、と言葉が胸に突き刺さる。

「あれ?傷付いた?」
「……」
「わかってるなら呼び出すなり、さっさと行動すればいいのに。
部長権限はそういう時こそ使えば?」
「簡単に言うな」

溜息交じりで、手塚は言った。
そんな簡単なことではない。
告白というのは、大変な覚悟を必要とする。
今までに「好きです」と打ち明けてきた少女達も、こんな思いを抱えていたのか。
すごいな、と今更感心してしまう。

「とにかく。君が一歩踏み出さないと、何も変わらないんだからね。
その所為か、越前も苛立っているみたいだし」
「越前が?俺のことなど気にしていないようだが」
さっきも、桃城と楽しそうに話をしていた。
自分なんていなくても平気そうな顔に、ちくんと心が痛くなる。

しかし不二は「馬鹿だね」と笑う。

「以前よりも君の事を見ている回数が多くなっているよ。
気付いていないの?
あれは、待ってると思うけどなあ」
「まさか」

否定はしたが、もし本当ならどんなに良いかと思う。
リョーマが同じように思ってくれたら、
きっと嬉しくて心が躍りだすような気持ちになるだろう。

それには一歩踏み出さなくては―――、何も変わらない。


リョーマと二人きりになれる状況は、次はいつになるのか。
一度だけでもいい。チャンスが欲しい。

やっぱり部長権限で呼び出すしか選択は無いのだろうか。
手塚は重い溜息をついた。


チフネ