チフネの日記
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2010年10月13日(水) 戸惑いの日/恋を知る日 5

自分の態度に不自然なものは無かったかどうか。
保健室からコートへと戻る間、手塚は何度も思い返してみて、おかしくなかったな、と呟く。

妙だったのは、リョーマの方だ。
頑なに応急処置を拒んでいた気がする。
触れた時も身を固くして緊張しているように見えた。
そんなに痛いのかと思ったが、返事からするとそうでもないと言う。
やっぱり、おかしい。

どう受け止めるべきだと頭を悩ませていると、
「やあ。治療は終わった?」と声を掛けられる。
顔を上げると、コートより手前にある水飲み場に不二が立っているのが見えた。
「何故こんな所にいる。サボりか?」
「いや。今、休憩時間中だから。指示出したのは大石だよ。
文句あるならそっちに言ってくれる?」
「……」

またしても、返す言葉を失くす。
不二には敵わないと思いつつ、コートに行こうとすると、
「僕の質問に答えてもらってないんだけど」とジャージを引っ張られる。

「何の話だ」
「越前の様子。どうなのかって聞いてるの。
怪我、大丈夫なの?」
「ああ。少し捻った程度だ。
明日の練習を休ませる位で大丈夫だろう」
「ふーん。良かったね」
不二も一応リョーマのことを心配していたのかと思いつつ頷くと、
「ところで保健室で何か進展あった?」と言われる。

「進展とは?」
「もう、鈍いなあ。告白のチャンスは無かったかどうかってことだよ」
「そんなつもりで行ったんじゃない。越前の怪我の治療の為に」
「頭固過ぎ。それじゃいつまでたっても押し倒すことなんて出来ないよ?」
「押し……!?」

顔を赤くする手塚に、不二は愉快そうに笑う。

「越前も案外満更でもなさそうだから、脈はあると思うよ。
さっさと気持ちを伝えたら?」
「何故そんなことがわかる。根拠は?」
「さあ。僕の勘だけど」
「そんないい加減な情報で、告白など出来るか。
玉砕したら気まずくなって、顔さえも合わせ辛くなるんだぞ」

反論する手塚に、不二は目をカッと見開く。

「じゃあ、君はこのままでも良いってわけ?
越前が誰かのものになりそうになっても、指を咥えてみているだけなんだ。
この、意気地なし!」
「……」
「顔を合わせ辛くなる?それ位、何だって言うのさ。
リスクを恐れたら、何も手に入らない。
少なくとも君は自分の意志を貫く人だと思っていた。
けど、ただの買い被りだったようだ」
「そこまで非難される覚えは無いぞ……」

小声で言い返すと、「言わないとわからないだろ」と冷たい目をしたままで言われる。

「このまま関係が壊れることに怯えて、ずっと黙っているか。
それとも打ち明けて、万が一の可能性に賭けてみるか。
決めるのは君だ」
突き放すように言う不二に、何も言うことが出来ない。

意気地なし。
確かに今の自分にぴったりと、当て嵌まる。
テニスでなら何も恐れることなく立ち向かっていけるというのに、どうしてだろう。

誰を好きになるということは、戸惑いの連続ばかりだ。
好かれたい、気持ちを知ってもらいたい、
でも言えない、
見てるしか出来ないと、何度も言葉を呑み込んでばかりで。

けど、それでは何も変わらない。

不二の言っていることに根拠は無いが、
本当に脈がありそうならば、伝えるべきなのかもしれない。


「ところでお前は何故そんなに俺と越前をくっ付けたがるんだ。
応援することに、理由はあるのか?」
「応援?まさか」
不二は首を横に振った。
「二人が上手く行ったら面白そうじゃない。
これからも色々とからかうことが増えるだろうし」
「……」

聞くんじゃなかった。
そう思いながらよろよろとした足取りで、手塚は今度こそコートへと向かった。


明日、リョーマは大事を取って練習には出られない。
コートで生き生きと動く姿が見られないのは非常に残念なことだ。
そこにいるだけで、見てるだけで幸せな気持ちになる。
誰かを好きになるというのはそういうものかと、初めて気付かされた。

(早く足の腫れが引くといいが……。明後日は練習に出られるのだろうか)


先程、包帯を巻く為にリョーマの足を触れていた手を、きゅっと握り締める。
あれだけ走り回っているのが信じられない位、細い足だった。
包帯を巻いている間は治療の為だから何とも思わなかったが、
今になって大胆なことをしてしまったと赤面する。
平静にならなければ、と大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

(不二に言われたからではないが、)

やっぱり見ているだけでは足りない。
リョーマの近くにいたい。今の距離を縮めたい、と欲が出てくるのを止めあれない。
心も、そして抱き締められるくらいにまで近付きたい。

(告白しか、無いのか)

口に出せるまでどの位の決心が必要なのか。
今の手塚には見当もつかなかった。







リョーマはリョーマで悩んでいた。
こんな時こそ父親とテニスして、がむしゃらに体を動かして何も考えられなくなりたいのに、
足がこんな風ではどうにもならない。


夕飯を食べた後は軽くシャワーを浴びて、
早々に自室へ引き上げる。
ゲームでもしようかと思ったのだが、何も頭に入って来ないので思うように進むはずもなく、
結局コントローラーを床に置く。
だったらもう寝てしまおうかと思ってベッドに潜るが、
さっぱりと眠りが訪れる気配すらない。

それどころかますます頭が冴えて来て、気付くと手塚のことばかり考えている。


(部長のことは、意識しないようにって思っているのに……)

寝転がっているリョーマに、カルピンが機嫌を取るように体を摺り寄せてくる。
撫でてやりながら、小さく溜息をつく。

(俺のこと、手の掛かる弟みたいのように扱ってると思っていたけど。
本当の所はどうなんだろう)

気になって仕方無い。
保健室では、明らかに何か言いたそうにしていたのに。
でも、結局手塚は無言のままで。
一体、なんなんだと苛立った気持ちになった。
こんなに悩まされる位なら、はっきりした答えが知りたい。
やっぱり本人に直接問い質すか無いようだ。

(でも、もしそれでなんとも思ってないと言われたら?)

知らずカルピンを撫でる手に力を込めてしまい、
痛いと言うようにと抗議の声が上がる。
「ごめん、カルピン」
慌てて宥めるように優しく摩ると、満足したように尻尾を揺らす。
ホッとして、リョーマは体から力を抜いた。

どうも、手塚のことで振り回され過ぎているようだ。
向こうの方がいっぱい視線を送ってくるくせに、こっちが悩まされてるなんて。

不公平だ、と唇を尖らせる。

(部長の所為で、眠れなくなってるのに。
なのに自分は熟睡しているとしたら、ちょっと許せないかも)

目を閉じたカルピンを起こさないように、そっと体を動かして足を曲げる。
布団の中で手を伸ばし、手当てしてくれた箇所を触れる。

(部長の手、俺と違って大きかったな。ちょっと体温低かったけど、それがまた気持ち良くって……)

また触れられたい、と思った。
手塚からではなく、自分も彼の体の一部に触れてみたい。
そうしたら、動揺する顔が見られるかもしれない。
もっと色んな表情が見たい。
そんな風に思うのは、どうしてだろう。

(部長からはっきりした回答もらったら、わかるのかな……)

今度、どうにかして二人きりになって聞いてみる必要がある。
いつにしようか。タイミングはどうするか。
今夜はゆっくり考えよう。
明日は朝練に出なくても大丈夫なので、しばらく眠れなくても平気だ。

今頃、手塚は何をしているだろう。

(同じように、俺のこと考えてくれてるといいんだけど)

そうじゃなかったら、やっぱり不公平だ、と軽く眉を寄せた。


チフネ