チフネの日記
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2010年10月12日(火) 戸惑いの日/恋を知る日 4

リョーマは猫が好き。
それを知った手塚は、リョーマが猫と遊んでいる光景を思い浮かべてみた。

(写真に撮っておきたいものだな)

さぞ可愛らしいものだろうと、頷く。
いつか間近で見たいものだ。

そして朝練の開始を告げる為、部室を出る。
リョーマはちゃんと間に合ったようで、整列した部員の中に紛れている。
内心でほっと安堵の溜息をつくが、表情は部長らしくピッと引き締めた。
リョーマと猫という最高の組み合わせは今は忘れて、
練習に集中しようと、最初の号令を掛けた。






「最近、越前のこと気にしているようだけど、何かあったか?」
朝練が終わると同時に、大石に声を掛けられる。
どうやらいつ話そうか、機会を伺っていたらしい。
その内容に、ぎくっと体を強張らせるが、手塚は平静を装った。
「そんなつもりでは無かったのだが、大会前に調子はどうかと見ていた所はあるな」
「そうか。なんでもないのなら、いいんだ」

良かった、というように大石は胸を撫で下ろす。
どうやら心配していたらしい。

「トラブルでないのなら、構わない。
越前もお前のことを何度も見ているから、こりゃてっきり何かあったのかと気になって」
「越前が?」
一度や二度、目があったから、おや?と思うことはあったが、
大石の口振りからすると、それ以上にこちらを見ていたらしい。

「けどお前の話を聞くと、ただの取り越し苦労だったようだな。
ま、大会前に何もなければいいさ」
「そうだな」

頷いてみたものの、手塚の心は晴れない。
リョーマが何度もこちらを見ていた……。一体、何故だ。
ひょっとして見ていたことに気付き、更にその理由を探ろうとしているのではないか。
もしこの気持ちがばれてしまったら。
(どうなるんだ)

手塚の顔からサッと血の気が引く。
到底、受け入れてもらえるはずのないこの気持ち。
下手すると避けられて、二度と会話が出来なくなる可能性だってある。

「手塚?何だか顔色が悪いぞ。どうした」
「いや、少しめまいが」
「えっ、大丈夫なのか!?保健室につれて行こうか?」
心配そうな声を出す大石に、「少し静かにしていれば収まる」と無理矢理押し通し、
逃げるようにして教室へ向かう。

まだばれたと決まったことではない。
少しリョーマの様子を探って、それから考えよう。









一体、何なんだろうなと、リョーマは悩んでいた。
ここ最近の手塚の態度は、やっぱりおかしい。
他の人とも同じなら、そういうものかとスルーするのだが、
自分にだけ違うことをするので見逃せないものがある。
嫌われているわけでない、というのはわかる。
そうだったらあんなに優しい目をするはずが無いのだから。

(弟を持ったような感覚でいるとか?)

手の掛かる弟の世話を焼いているような兄のイメージ。それなら、まだ納得が出来る。
一番、しっくりくるような気がした。
だったらあまり身構えることも無いか、と体から力を抜く。
しかし本当の所は手塚に尋ねてみなければわからないのだが。

(あー。もう止め、止め)

手塚のことは頭から追い出そうと、リョーマは箒で廊下を掃き始める。
今は掃除の時間だ。ここのエリアはお前担当、と堀尾に勝手に割り当てられた。
やってないことがバレたら、騒がれるのはわかっている。
面倒くさいと、乱暴に箒を動かす。

苛々の根底には、手塚の存在がある。
接点なんかほとんど無いのに、振り回されているようで少しムカつく。

(いっそのこと、聞いた方が早いのかな)

なんで、そんなに俺のこと見るの。親切にするの。
頭の中でその状況を思い浮かべ、やっぱり出来そうにない、と肩を落とした。




そして、放課後の練習へと突入した。

手塚は生徒会の仕事で遅れると聞いて、どこかホッとする。
視線で追われることも無いのだ。
緊張が抜けたかのように、体が楽になった。

その所為かもしれない。
珍しく、リョーマは油断していた。
手塚がいないということでいつもよりテンションをあげて桃城との打ち合いを楽しんでいた。
肩慣らしということで最初は軽くラリーしていたのだが、段々お互い本気になっていく。
パワーのある桃城が打ったボールに、リョーマは無茶な体勢で打ち返そうとした。
そこへ運悪く球拾いで漏れたボールが足元へと転がって来た。
通常ならば気を付けているはずなんだが、手塚がいないことで緩んでいたリョーマには見えなかった。
危ない!という誰かの声に、ハッとなった時にはもう遅い。
足元にあるボールを踏ん付けて、思い切り転んでしまった。

「リョーマ君!」
「越前!」

声が上がる中、尻餅をついたリョーマは直ぐに立ち上がろうとした。
この位、なんてことないと言うつもりだった。
しかし立ち上がった瞬間、足首にぴりっと鈍い痛みが走る。
捻ったらしい。続けるにはまずいかも、と顔を顰める。
大丈夫だと言って部活を続けるのは簡単だが、後日悪化するかもしれない。
大会前にそれは避けるべきなのはわかっている。

どうしようかと迷っていると、
「そこまでだ、越前」と肩に手を置かれる。

「部長?」

遅れて来るはずの手塚がそこに立っていた。
もう生徒会の仕事は終わったらしい。

「越前はコートを出ろ。桃城の相手は……、荒井、お前が入れ」
「は、はい!」
手塚に言われて荒井は嬉しそうにコートへと入って来る。

しかしリョーマはこの展開に不満を持った。
この足では続けるのが難しいとわかっていても、頭ごなしに言われたことにカチンと来た。
しかし手塚はこちらの気持ちを知らず、
「行くぞ、越前」と肩を抱こうとする。

「えっ、何!?」
「その足では一人で歩くのは無理だろう。
俺が保健室へ連れて行ってやる」
「そんなの一人で大丈夫っす」
振り解こうともがくリョーマに、手塚は溜息を零す。
「あまり聞き分けの無いことを言うな。そうでないと」
「グラウンド20周っすか?」
「いや、抱きかかえて連れて行く」
「……」

幸いにもすぐ近くに他の部員はいなかった。
手塚が連れて行くと言ったことで、皆そのまま練習を続けていたからだ。

「冗談でしょ?」
顔を引き攣らせるリョーマに「本気だ」と手塚は真顔で言った。
「嫌なら大人しくしてろ」
「はあ」

身長差の所為でずるずると引き摺られて行く形で校舎へと向かう。
こんな格好悪い姿は見られたくないと願うが、手塚が一緒ということでどうしても目立ってしまう。
擦れ違う生徒や、グラウンドで部活に励んでいる者達からもじろじろと見られて非常に居た堪れない。
何で怪我なんてしたんだろうと、項垂れるしかない。



保健室に到着すると、鍵は空いていたものの無人だった。

「先生は、いないな……。誰かに呼ばれたのか?」
そう言いながら手塚はリョーマを近くの椅子に座らせる。
「靴下を脱いで、状態を見せろ」
「ええっ!?」
「何を驚いている」
「えーっと……」
過剰に反応した自分が恥ずかしくなって、リョーマは俯く。
「そこまではいいっすよ。先生が帰るの待っているから」
今度こそ拒否しようとするが、手塚は頑として譲らない。

「腫れてからでは遅い。湿布を貼ってやるから足を出せ」
「そんな。勝手に備品を使っちゃいけないんじゃないの?」
「先生には俺から話しておく」
さすが生徒会長。色々信頼されているというわけか。
場所も知っているようで、手塚はてきぱきと戸棚から湿布と包帯を取り出す。
そんな様子を見て、絶望的な気持ちになる。
抵抗したら、「靴下脱がすぞ」と言われるかもしれない。

それ位ならいっそ、とリョーマは覚悟を決めて靴下に手を掛けた。
用意を終えた手塚は、じっとこちらを見ている。
たかが靴下でこんな恥ずかしい思いをするなんて、と顔を伏せて裸足になる。

「それ、貸して下さい。自分で巻くから」
手塚の持っているものを指差して言うと、
「そうか」と意外にもあっさり渡してくれた。
直ぐに応急処置をすれば、文句は無いということか。

よくわからない、とリョーマは内心で首を傾げつつ、湿布を足首に貼る。
そして包帯を巻こうとして、手が止まる。
今まであまり怪我と縁が無かったので、これがまた上手く巻くことが出来ない。
しかも手塚がじっと見ているので、気が焦ってくる。

「にゃろう」
絡まった包帯を解こうとして奮闘していると、
「もういい、俺がやる」と手塚に止められる。
「でも」
「その方が早い。貸せ」
「あ、ちょっと」
嫌だと言う前に、包帯を奪われてしまう。
そして跪いて手際良く、リョーマの足に包帯を巻いていく。

「きつくないか?」
ぴったりとくっ付く形で巻かれているが痛くない。

それよりも、手塚の手に触れられていることの方がずっと気になる。
変な動きをしているわけじゃない。
律儀に、痛くないように気を使って触れているのはわかっている。

(けど……)

あの大きな手、自分を負かしたラケットを握っていたその手に触れられていると思うと、
知らず体が熱くなる。

(何、考えてるんだよ。これは治療の為だけで、なんてことないだろっ)

思わず足を動かしそうになるが、真剣な顔をして包帯を巻いてくれている手塚に悪いと思って、じっと我慢する。

リョーマの心の騒動を知らず、「出来たぞ」と手塚は満足そうに頷いて立ち上がる。

「今日はもう練習は出来ないな。帰るか?」
「えっと、終わるの待ちます。桃先輩に送ってもらえると思うから」
こうでも言わないと、手塚が送ると言い出しそうだ。
「そうか、なら仕方無い」
残念そうな声に、やっぱりかと苦笑する。
考えは当たっていたらしい。

それにしても今日の行為はどう判断するのか難しい。
部長として自分以外の部員が同じことになったら、手を貸すだろうし、包帯だって巻くだろうし、送ろうと言い出すかもしれない。
別に特別なことじゃない。
そのはず、とリョーマはちらっと顔を上げる。

もう用は終わったのだから部室に戻ればいいのに、何故まだそこにいるのか。
不審に思って「部室に戻らないんすか?」と尋ねてみると、
手塚は僅かに動揺する。
珍しいことだ。

「いや、戻るが……。もう平気か」
「うん、一人でも大丈夫っす。
だから部長は戻っていいっすよ」
「……」

これだけ言ってもも迷うような素振りをする手塚に、どうして、と考える。

(えっと、これってまさか)

保健室に二人きり。
この状況って、まずいのでは。
あたふたとするリョーマと逆に、
「そうか」と手塚は神妙な顔をして頷く。

「しばらく安静にするように。明日の朝練は出なくてもいい」
「はあ……」
「俺はもう戻るからな」

ぽかんとしているリョーマを残し、手塚は出て行ってしまう。

「何だ、あれ」
たしかに手塚は何か言いたそうにしていた。
そんな目と表情だった。
だから直ぐに部室へ戻らなかったのじゃないのか。
言いたいことがあるなら、ハッキリ言えばいいのに。

そこで黙って飲み込むなんて。
意気地なし、とリョーマは呟く。

聞いてあげないこともないのに。
真剣な話なら、それなりにちゃんと考えて答えを出す……と、そこまで想像して、ぶんと首を横に振
る。

これじゃまるで告白されるのを待っているみたいじゃないか。
手塚に何かを言われることを期待しているような。

違う、違うと首を横に振る。

「あら、お客さんが来ていたのね。
一体どうしたの?」

ちょうどそこへ校医が帰って来て、リョーマの様子を見て目を丸くする。

熱でもあるのかしらと心配されて、誤解を解くのに時間を必要とする。

これも手塚が誤解するような態度を取るから……と、リョーマは顔を赤くして俯いた。



チフネ