チフネの日記
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2010年10月11日(月) 戸惑いの日/恋を知る日 3

「ねえ、桃先輩。今までに部長に優しくしてもらったことはあるっすか?」
「はあ?」

その日の帰り道。
桃城と寄ったファーストフード店で、リョーマは思い切って抱えている疑問をぶつけてみた。
ひょっとしたら手塚が優しいのは自分だけでは無いかもしれない。
知らないだけで、桃城も親切にされたことがある可能性も残っている。
「どうなんすか。そこの所、よーく思い出して下さい」
「って、言われてもなあ」
桃城はハンバーガーをもぐもぐと頬張りながら、考え込んでいる。

「あー、例えばランキング戦でも手を抜かない所か?」
「それが優しさ?何か違うような」
「だったら俺と海堂がケンカしてもどちらかの味方はしないとか。
両成敗で二人共、グラウンド走れって言い渡されるぜ」
「そうじゃないから……」
「何だよ。じゃあ、お前は優しくされたことあるのかよ」
「……」
途端にリョーマは黙った。

本を仕舞うのを手伝ってくれたなんて言ったら、どう騒がれるかわかったものじゃない。
それとも「お前が頼り無さそうだからついて来たんじゃないか」と笑われるか。
どちらにしろ、あまり楽しい返事ではなさそうだ。

沈黙していると、
「ほらみろ。お前だって知らないじゃないか」と桃城は勝手な解釈をする。
「部長のフォローは大石先輩がしているから、あれでうちの部はバランス取れているんだろ。
それに厳しいけど、部長の言ってることは正しいって皆わかってるからな」
「……厳しいだけじゃない」
「ん?何か言ったか?」
「何も」
俯いて、リョーマもハンバーガーにかぶり付いた。


図書室の一件だけじゃない。
今日、遅れて行った時もそうだ。
菊丸に抱きつかれて困っていたら、手塚が声を上げて指示を出してくれた。
おかげで、すぐに解放されたけど……。
それは初めてのことではない。
一度目は練習時間に騒いでいることに対しての注意かと思ったけど、
何度か続くうちにタイミングが良過ぎることに気付いた。
どうやら手塚は普段からこちらの行動を気にして、絡まれたらすぐに声を上げている、らしい。
他の人達が騒いでも、そんなすぐ声を上げるような真似はしない。

(それってやっぱり俺にだけ、ってことだよなあ)
改めて、何かおかしいと考えてしまう。

「おう、越前。少し足りねえから、お前のポテトくれよ」
「いいっすよ……」
「えっ、マジかよ。いつも追加すれば?って絶対分けてくれねえのに」
「いくらでも、どーぞ」
「お前、なんか変だぞ。ま、遠慮なく頂くけどな」

言葉通り、桃城は結構な数を奪って行った。
しかし止める気にもならない。
妙なことだが、考え事の所為でそんなにお腹が空いていない気がするのだ。

(部長のことを考えると、いっつもこんな風だ。
胸の辺りが詰まっているような、変な気になる)

やっぱりいっそのこと本人に確かめるべきかな、と思う。
何でそんなに優しくしてくれるのか。
聞いて、みたい。
でもただの勘違いだったら聞いたこっちが馬鹿みたいになる……。
リョーマの悶々とした悩みは続いて行く。

そうしている間に、いつも間にかポテトの袋は空になっていた。
「ごっそーさん」
ニカッと笑う桃城に、怒る気にもなれなかった。









翌朝。
「ちーっす」
ドアも開けるのももどかしく、リョーマは急いで部室の中に転がり込んだ。
急がないと遅刻してしまう。
後ちょっとで間に合うと信じて、走って来た。
なのにグラウンドを走ることになるのは避けたい。
急いで着替えしているので、中に誰が残っているかも見ていない。
ほとんど脱ぎ捨てるようにして制服をロッカーに突っ込み、レギュラージャージに袖を通す。
ラケットを取り出そうとして、慌てていた所為かバッグを床に落としてしまう。

「大丈夫か」
「部長……?」
声を掛けられ、そこで初めてこの場に残されているのは自分と手塚だけだと気付く。

遅刻だと怒られるのかと身構えるが、意外にも手塚は落ちたバッグに手を伸ばそうとする。
「あ、いいっす。俺が」
そんなこと手塚がすることじゃないとひったくろうとするが、
強引に引っ張ったせいで、中身が外へ散らばってしまう。

「全く、何をそんなに慌てているんだ」
「……」
ほら、と手塚は苦笑しつつ、散らばったものを拾って渡してくれる。
「すみません」
ぺこっと頭を下げながら、それらを受け取る。
ふと、手塚が手の中の物を凝視してることに気付いて、
「何すか?」と尋ねる。
ゲーム機は家に置いてきたから、特に校則違反のものは無いはずだが……。

「越前は、猫が好きなのか?」
「猫?あ、……これは」
タオルと替えのシャツと、それとカルピンの写真を手塚に拾われていた。
カッと顔を赤くし、「いや、これは親父が勝手に」と、しどろもどろになりながら言い訳する。
「勝手に?では特に猫が好きというわけではないのか」
「いや、好きっすよ……。可愛いし」

何でこんな忙しい時に猫の話をしているんだろう。
そう思いながら律儀に答える。

「そうか」
ふむ、というように手塚は頷く。
「俺も、猫は好きだな」
「はあ……」
「同じだな」
そう言って、手塚は嬉しそうに笑う。

何がそんなに嬉しいんすか。
尋ねてみたいと思ったが、またすぐにいつもの無表情へ戻ってしまう。


「早く行け。俺の後からコートに入ると遅刻になるぞ」
「あ、はい」

すぐにロッカーへ荷物を押し込み、リョーマはラケットを持って逃げるように部室から出る。

(ひょっとして俺が遅刻しないように、待っててくれたのかな?)

やっぱり優しい、というか甘い?とリョーマは首を傾げつつコートへと急ぐ。

走って来た所為だけじゃない。
心臓がドキドキと早くなっているのがわかる。

間近で手塚の笑顔を見てしまった所為だ、と思った。


チフネ