チフネの日記
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2010年10月09日(土) 戸惑いの日/恋を知る日 2

「ちーっす」
まだ声変わり前のあどけない響きに、手塚は顔を上げた。
委員会で遅れてたリョーマがコートに入って来るところだった。

「遅いぞ、おチビーっ!グラウンド何周かなー?」
すぐ近くに居た菊丸がひょんっと、リョーマに抱き付く。
「図書委員だって届け出してあったんだけど」
「あれ?そういえば、そんなこと聞いたような」
「もう、しっかりして下さいよ」
「何をー!?」

放っておくといつまでもじゃれていそうな二人に、手塚はそのままの位置で声を上げる。
「菊丸!次、コートに入れ。
越前はストレッチをしてからだ。皆の邪魔にならないよう、隅でやれ」
これ以上ふざけているのはまずいと判断したのか、
「はい、はーい」と菊丸は慌てて練習に戻る。
リョーマも素直に「うぃーっす」と返事をして、移動して行く。

全く、油断のならない奴らだと溜息をついていると、
「ナイス、タイミング」と声を掛けられる。

「部長権限ってそういう風にも使えるんだ。僕には真似出来ないけどね」
「不二……。何が言いたい」
笑顔で近付いて来る不二に、警戒するように身構える。
時々わけのわからないことを言って人を惑わせるのが得意な相手だ。
無防備なままだと、向こうのペースに嵌められる。
「お前もコートに」
「あ、今ちょうど英二と交代した所なんだ。うちの部長は水分補給も許してくれないってわけ?」
「……」

そう言われると返す言葉も無い。
眉間に皺を寄せぐっと腕を組むと、
ドリンクホルダーを片手に持ちながら、不二は再び話し掛けて来る。
「君さ、あれだけ越前に熱い視線を送っているのに何もしないわけ?見てるだけなんだ」
「何が、言いたい」
「またまた惚けないでよ。
英二が抱きついた途端コートに入れなんて命令したくせに」
「お目はその時、コート内で打っていたんじゃないのか」
今、出た所と聞いたばかりだ。
まさか嘘なのかと思って不二の顔を見ると、
「手塚の声が大きいから聞こえて来たんだよ。それでなんとなく状況がわかっちゃった」と言われる。

不覚、と手塚は額に手を当てた。

「君が奥手なのは知っているけど、見てるだけじゃ何も変わらないよ。
それどころかさっさと行動しないと、誰かに取られちゃうかも。越前ってファンクラブがある位だからね」
ちらっとフェンスの外にいる女子達に視線を送る。
いつもリョーマ目当てで来ている子達だ。
でも、彼女達だけではない。
知らないだけで他にも行為を寄せている者もいるだろう。

「さっさと告白しちゃえば?」
ぽん、と手塚の肩を叩いて、不二は外へと出ようとする。
「おい、練習中だぞ」
「トイレ。その位、いいでしょ」
「……」

またしても言い返せない。
しかしただ、サボりたいだけなんかじゃないのかと考える。
以前にもそう言って抜け出して、部室で寝ていた。
戻って来る時間に注意しなければと考えていたら、
ストレッチを終えたリョーマがてくてくとこちらに向かって歩いて来るのが見えた。

「準備運動終わったんだけど、コートに入っていいんすか?」
「ああ。ちょっと待て。桃城!越前と交代だ。コートから出ろ」
手塚の声に桃城が、「っす!」と返事してラケットを下ろす。
そのままリョーマが中へと入る。
相手は河村だ。
パワーテニス相手にどう攻めて行くのか、興味がある。

数秒じっと眺めた後、慌てて首を振る。

今は部活の練習中で、顧問が遅れると聞いている以上、
全体のことを見なければならない。
一個人のことだけを観察している場合ではない。
……無いのだが。

キャア、とフェンスの外で高い声が響く。
リョーマがコートに入ったことで彼女達のテンションが上がったようだ。

素直に感情を表に出せるあの子達が、少し羨ましい。

『誰かに取られちゃうかもよ』
そんなことはわかっている。
一年生だからとはいえ、恋人を作らないとは限らない。

そうなったら。きっと見ていることさえ辛くなる。


(難儀だな)

よりによて何故好きになった相手がリョーマなのだろう。
生意気で、先輩の言うことだってなかなか聞かず、手こずらせてばかりで。

だけど、そうやって否定すればする程、やっぱり好きだと思うから不思議だ。
きっと理屈では無いのだろう。

大きな目も、物怖じしない態度も、無謀だけど強い意思も、
全てが手塚を虜にして行く。
重症だな、ともう一度リョーマに視線を移す。

もし告白して、振られたら。
部長と部員という関係でさえ気まずくなって、顔も合わせられなくなるかもしれない。
そう思うと、どうしても二の足を踏んでしまう。

距離は縮めたい。
でも、出来ない。
袋小路に嵌っているなと、自分でもわかっている。

(越前の手、小さかったな……)

図書室で見た光景を思い出し、自分の手と見比べる。
身長の低いリョーマが精一杯背伸びをして本を押し込もうとしている姿に、
ついお節介を焼いてしまった。
あのままバランスを崩して倒れたりしたら、大変だ。
まだ残っている本も、高い位置にあるとしたら手伝わなければと強く思った。
だから無理矢理付き添ったのだが、迷惑だったかもしれない。
断る言葉を口にしなかったから、大丈夫だと思いたいが……。


最近の手塚は煮詰まっている。

リョーマのことを思うと、いつも心が苦しくなるからだ。


チフネ