チフネの日記
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2010年10月08日(金) 戸惑いの日/恋を知る日 1


昼休みの図書室は、暖かな空気で満たされている。
その中をリョーマは返却された本を持ってうろうろと歩いていた。
カウンターの中にいると眠くなってしまうので、もう一人の当番の先輩に、
「片付けて来い」と指示されてしまった。
昼休みは睡眠に当てたいというのに、この図書当番というものは実に厄介だ。
委員を決める時、もっと慎重に選ぶべきだったと後悔しても遅い。

(しかもこの棚……。妙に高いんだよな)
棚の真ん中辺りに本を入れる分には問題ないのだが、
上の方となるとリョーマの身長では目一杯手を伸ばしても届かない。
脚立が必要になって来るのだが、持って来るのが面倒くさい。

そう思って、うんと背伸びしてなんとか入れ込んでやろうと、リョーマは腕を上げた。

(手が攣りそう……)
あと少し、と力を込める。
すると背後からひょいっと出て来た別の手が本を押し込んでしまう。

「届かないのに、無理をするな」
「部長!?」
聞き覚えのある声に慌てて振り返ると、いつもと変わらず仏頂面をした手塚がそこに立っていた。
「こういう場合は脚立を使うべきだ」
わかっていたけど取りに行くのが面倒だったなどと言えるはずもなく、
リョーマは素直に「はい」と答えた。

「まだ後少し残っているな」
手元にある数冊の本を見て、手塚は言った。
「次はどこだ」
「え、あっちだけど……」
「行くぞ」
何故か先導される形で、リョーマは手塚の後ろをついて行った。

目的の棚はすぐに見付かる。
そこはリョーマでも入れられる位置だったので、手を借りる必要は無い。
じっとこちらを見ている手塚に、何だろうと思いつつ本を入れると、
「次は?」と言われる。
「あっち、っす」
「そうか」
またしても手塚が先を歩く。
この状況って?と思うが、聞けるような雰囲気でも無いので、リョーマは黙って後に続いた。

次の本は先程と同じく一番上の棚だった。
(これは脚立を使うかどうか、見張られているのかなあ)
近くに無いかときょろきょろ周りを見渡すと、
「何している」と手塚に本を奪われる。
そして所定の位置に、そっと差し込む。

リョーマはそこでやっと、手塚が手伝う為に一緒に行動していたのだと気付く。
てっきり後輩が無茶しないか監視しているのかと思っていた。
違ったとわかって、ホッとする。

「次はどこだ」
残る一冊を見て、手塚また同じことを聞いて来た。
一番上じゃないかもしれない。手間だから、一人でやる。
そう断ることも出来るのに、リョーマは一つ向こうの棚を指差す。
歩き出す手塚の背を追って一緒に移動する。

―――もし、他の先輩だったら。
一人で出来るから大丈夫だと、平気と遠慮無く断ることが出来るだろう。
そもそもここまでついて来て手伝ってくれる人がいるかどうか。
割と親しい桃城と気も、後は頑張れよーと言って去って行くだろう。
その前に図書室に来るような人達では無いのだが……。

「どうした、越前」
声を掛けられ、ハッとして顔を上げる。
「あ、どこなのか探していて……」
誤魔化すように棚を見渡すと、すぐに戻すべき場所は見付かった。
自分でも入れることが出来る場所なので、サッと押し込む。

「これで完了か」
「はい」
「そうか。では俺は目的の本を探しに行く」
背中を向けて去って行く手塚に、慌てて「あのっ」と声を掛ける。
「何だ」
もう一度振り向いた所へ、「手伝ってくれて、その、ありがとうございました」と礼を言う。
例え頼んでやったことでは無いにしろ気遣ってくれたのだから、一言位礼を言うべきだと自分でそう思った。

「大したことではない」

ふっと表情を和らげる手塚に、リョーマは目を瞠った。

(今の、笑った?)

しかし直ぐに無表情に戻ってしまう。
そして今度こそ、立ち去って行く。

リョーマもカウンターに戻りながら、今の手塚の行動について考えた。

手伝う必要が無いと断ることが出来ないのは、相手が手塚だからだ。
自分の中で手塚を特別視している部分がある。それは認める。
同世代とのテニスの試合で負けるなんて思っていなかったのに、見事に打ち砕いてくれたのが手塚だ。
しかも、もっと進化しろなんて偉そうな言葉と、青学の柱になれという強要のおまけ付きで。

それ以来リョーマの中で、手塚は別格になった。
だからさっきの申し出も簡単に断れないかもしれない。

(ううん。それだけじゃないか)

カウンターに戻ると、もう一人の先輩が「お疲れ」と迎えてくれた。
暇だったらしく、のんびりと小説を読んでいる。
気楽なことだ。
溜息をついて椅子に座ると同時に、
「貸し出しを頼む」と、本を出される。
「もう選んだんすか?」
手塚だと声でわかったので顔も上げずに受け取ると、
「最初から借りるものを決めていたからな」と言われる。

だったら数分で図書室を出て行くことが出来ただろうに、
わざわざ後輩を手伝うとは……。

手続きをして返却日を告げると、「ああ」と手塚は頷く。

「それと、越前」
「何すか」
「今日はその分だと放課後も委員の仕事で遅れそうだな」
「そう、だけど」
「先生には俺から伝えておこう」
「あ、ども」

ぺこっと頭を下げると、手塚は「遅れてもちゃんと来るように」と言って、図書室から出て行く。

「今の、生徒会長だろ。迫力あるなあ」
隣に座っていたもう一人の委員に、つんと肘で突かれる。
「やっぱり部活でもあんな風なのか?厳しいんだろ」
「そうっすね」
「うわ。俺、テニス部じゃなくて良かったー」

ほっとしている横顔を見ながら、
(けど、優しいところもあるんだけど)と思う。


でもそれが悩みの種でもある。

ただ厳しいだけの部長が、実はそれだけでは無いということ。
時々だけど、さっきみたいに優しかったりする所もあるとわかって来た。
しかもどうやらそれが、自分限定だけ……らしい。

最近のリョーマは困っている。

ああいう優しい笑顔を見せられると、どうしたら良いかわからなくなるからだ。


チフネ