チフネの日記
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| 2010年10月02日(土) |
04.理由が見付からない |
’伴爺に捕まって少し遅れる。すぐに行くから、絶対待っててよ!’
千石からのメールを開いて、リョーマはどうしようかと考えた。 部活が終わっても千石の姿が見えないことに何かあったのかと思ったが、 そういうことかと納得する。
大方いつもこちらに来る為に山吹の練習を抜け出す千石を監督が捕まえて、 懇々と説教としているいるのだろう。
浮気はするけれど、千石はリョーマとの待ち合わせをすっぽかしたことはない。 どんな浮気相手よりも、リョーマのことを考えてくれる。 嘘をついてまで、他の女のこと一緒にいようとはしない。 だからリョーマもそのメールは本当だと信じることが出来る。
(30分は掛かるよな……しょうがない)
待っている間どうしようかと、部室を出て辺りを見回す。 ちょっと疲れたから、どこか適当なところに腰を下ろして少し眠ってしまおうか。 遅れて来ても、千石はきっと見付けてくれるhず。
そうしようと決めたリョーマは、早速手ごろな場所に座ろうとした。
が、 「おチビっ!まだ残ってたの?」と声を掛けられる。 顔を上げるまでもなく、その声で菊丸だとわかった。
「珍しいー。いつもならさっさと部室から出て行くのに。何してんの?」 「菊丸先輩こそ、まだいたんだ」 「あ、その言い方は何?居ちゃ悪い?」 「いや、そうじゃないけど。なんで抱きついてくるんすか?」
あっという間に近付いて来た菊丸は、リョーマの肩に手を回し、 横から抱きしめてくる。
「だって、おチビってちょうど良いサイズだから、抱きしめたくなるんだもん」 「はあ」
重い……、とリョーマは小さく呟く。 菊丸が自分のことを気に入ってくれているのはわかる。 抱きつくのも親愛の表れだということも。
しかし、こうしょっちゅう抱き付かれると疲れてしまう。 背が高い分、菊丸の体重は重い。寄り掛かられるとちょっと辛い。 それに千石を待っている時に、誰かと一緒というのも少々困る。
あれでいて千石は結構嫉妬深い。 自身のことは棚に上げて、リョーマに近付く者全てを気にしている。 こんな所を見られたら、またうるさく騒ぐに違いない。
「ん?どうしたの、おチビちゃん。眉が寄ってるよ?」 「菊丸先輩がいつ放してくれるのか、考えています」 「もー、酷いなあ。どうせ千石のこと待っているんでしょ? それまでの間、俺とお喋りしようよ」
ね?と了承も聞かずに菊丸はリョーマを再び部室へと引っ張って行く。
「ちょっと、何してんすか?先輩は帰らないの?」 「俺は大石待ってるところ。さっき手塚と先生のところに行ったから、しばらく掛かるかも。 だからその間だけ、俺と一緒にいてよ」 ふざけているけれど、菊丸の手の力はリョーマよりも強い。 体が小さいとこういう時不便だよな、とリョーマは引き摺られながら思った。 振り切って逃げることも出来ない。 結局、菊丸にされるがまま、部室へと入ることになってしま。
「で?俺となんの話がしたいって?」 「いやーん、おチビっ、刺々しいぞっ」 「……そのふざけた口調、なんとかして下さい」 疲れる、と肩を落とす。 すると菊丸があやすように背中を優しく撫でて来た。
誰の所為で疲れたと思っているんだ。 呆れた目を向けると、菊丸はにこっと笑顔になった。
「俺、前からおチビに聞いてみたいことがあったんだ」 「何すか」 「なんで千石と付き合っているのか、ってことだよ」 「直球っすね」 「うん。思ったことを聞いただけだから」 「……答える義務は無いでしょ」 「でも、心配してるんだよー? 俺だけじゃなく大石も手塚も、他の皆も」 「興味半分もあるでしょ」 「まあね。でもさ、千石の噂って俺らの耳にも一応届いているわけでしょ。 そりゃ心配もするって。 大事な大事なおチビが騙されているんじゃないかって、思うだろ?」 よりによって千石なんてー、と、菊丸は大袈裟に溜息をつく。
言い分もわかるだけに、リョーマは強く反論することが出来なかった。
(そりゃあれだけ女たらしとか、ナンパとか、 そんな噂ばっかりじゃ先輩達も心配するか)
とりあえず誤解だけは解いておこうと、口を開く。
「騙されてなんかいないっすよ。 俺、清純が浮気しているのもわかってて、付き合っているんだから」 「えっ、そうなの?それでおチビはいいの?浮気だよ、浮気!」 何で怒らないの!と叫ぶ菊丸に、リョーマは冷静なまま答える。
「だって清純が一番好きなのは俺だから。 色々余所見しても、結局俺のところに帰って来るんすよ。 だから先輩達も心配する必要は無いんじゃないかな」 「いや……十分心配でしょ。 あのさ、恋人が他の人に触れたり、触れられたりするのって、嫌じゃにゃいの?」 「別に。俺の知らないところでやっているのなら。 それに俺自身があんまり清純のペースについていけないんだよね。 毎日部活と自主練で疲れているから。 相手してくれる人がいるのなら、それはそれでいいかなって」 「おチビ……。そういう考えもちょっと変だよ? なんでそんなこと言うかにゃー」
俺の中にあるおチビのイメージが、と菊丸は頭を抱える。 そんなもんが何だ、とリョーマは鼻で笑う。
「だから言ったでしょ。心配するようなことは無いって。 俺達は俺達なりに上手く行っているんだから」 「うーん、わかったような、わからないような。 千石がおチビのことを一番に好きで、浮気しても戻って来るんだよね。 じゃ、おチビは千石の何がよくて付き合ってるの? 今の話だと別に千石じゃなくったっていいような気がするんだけどにゃー」
問われて、リョーマは考えた。 今まで理由なんて気にしたことが無かった。 半ば強引に押し切られて付き合いを承諾したというのが、二人の始まりだった。 それでも、今日まで別れを考えたことはない。 やっぱり千石のことが好きだから、付き合っているんだろうなと自分でも思う。 じゃあ、どこが良い所を挙げるとしたら、なんだろう?
少し考えて、リョーマは一つ思いついた。
「やっぱり体の相性かな?」 「え!?おチビ、今、何て言ったの!?」 「いや、体の相性が付き合っている理由じゃ駄目っすかね」 「千石はおチビに一体何教えてるんだよ! ああ、おチビが知らない内に大人になっていくー!」 「別に大騒ぎするほどのもんじゃないと思うけど」 「冷静に言うな!色々とイメージが壊れるんだよっ!」 「はあ、そうっすか」
大騒ぎする菊丸に、リョーマは溜息をつく。 この後どうしよう、と悩んでいると、 部室のドアが勢いよく開かれた。
「リョーマ君、やっぱりここに居た。 どこかで寝てるかと思って探したけど、居なかったからここだと思った」 「清純。思ったより、早かったね。着いたなら、探す前に電話くれればいいのに」 「それはほら、リョーマ君のことは自分で見つけたいから」 「ふうん?」 まあ、いいかとリョーマは立ち上がった。
「お前ら、ここにいる俺のことは無視かよ」 二人の会話に、菊丸が声を上げる。 「あ、菊丸先輩。バイバイ」 「バイバイ、じゃないよ。ちょっと俺は千石に言いたいことがあるのに」 「菊丸君が、俺に?」
千石は目を瞬かせて、菊丸の方へと視線を移した。
「おチビにあんまり無体なことすんなよ。 うちの大事なルーキーなんだから」 そう言って菊丸は素早く立ち上がり、リョーマの体をぎゅっと抱き締めた。 千石はそれを見て、目をぎょっと見開く。 そして不愉快そうに「わかったから、離れて」と笑顔で、だけど鋭い視線のまま二人を引き離しに掛かった。 千石のそうした態度に、菊丸は渋々リョーマの体に回していた腕を引っ込める。
「本当にわかったのかにゃー?」 「わかってるよ。これでもあんまり無茶しないように、セーブしているから。 リョーマ君がちゃんと部活に出られる位にはね」 「俺が言いたいのは、そういうことじゃなくって」
菊丸は再び文句を言おうとしたが、口を閉じた。 リョーマがいいと言っているのだから、これ以上の反論は無意味でしかない。 一応、千石には釘を刺した。 だったらもう、自分の言うべき言葉は無いのだろう。
「あ、もういいよ……俺もちょっとお節介が過ぎたみたい」 「菊丸先輩?」 「おチビが選んだことだもんね。俺は黙って見守ることにするにゃ」 「はあ」 リョーマが頷いたところで、千石もそれまで険しかった表情をふっと元に戻した。
「それじゃ、俺達は帰るから。行こう、リョーマ君」 「あ、うん。またね、菊丸先輩」 「うん、またねー」
手を振って菊丸は二人を見送った。 そしてまたベンチに座り込む。 慣れない世話なんて、焼くものじゃない。 手塚のように真っ直ぐに諭すことも、大石のように優しく心配していることを伝えることも、 向いていない。
「でも、黙っているだけっていうのも、向いてないんだよなー」 頭を掻いたところで、「英二、待たせたな」と大石が部室に入って来た。 「今そこで千石と越前に会ったよ。ここで二人と一緒にいたのか?」 「あ−、まあ、ちょっとだけね。 心配するなって言われても、やっぱり心配しちゃうよなあ」 「英二?」 「よりによって、相手が千石だもん。心配だにゃー」
頭を抱える菊丸に、大石は何があったかわからず、きょとんとその場に立ち尽くした。
「で、菊丸君と何話していたの? なんか敵意のある目を向けられた気がするんだけど」 リョーマの横に立って話す千石の顔は、少し強張っている。 またくだらないことを考えているのかと、リョーマは鼻で笑った。
「清純の普段の行いが先輩達の耳に届いているから、心配しているんだって。 バレるような浮気をするなって、だからいつも言っているのに」 「してないよ!最近はしてない! やだなあ、そりゃ過去は色々遊んでいたけど、今はリョーマ君だけなのにー」
まずいと思ったのか、千石はやけに必死で弁明してくる。 最近は、というのが怪しい。自白していることに気付いていないのか。 そりゃ先輩達も心配するな、とリョーマは思った。
けど、必死に言い訳してくれる姿が可愛いから、今は聞き返すことなく放置することにした。 どうしてこんな情けない表情が、心に響くんだろう。 それこそ今見捨てたら、明日も生きていけないような千石の顔に、 見惚れてしまう。
(あ、そういう所が好きって、理由になるのかな?)
「リョーマ君?聞いてる?」 千石が不安そうに呼ぶ声に、リョーマはハッと我に返った。
「あ、うん。聞いてる」 「本当に?菊丸君の言うことに耳を傾けた所為で、俺と付き合ってることを考え直そうとしていない?」 「してない」 「でも菊丸君と親しそうだったよね。抱き付かれても抵抗していなかった!」 「そんなこと気にしてたのかよ?」
ぺしっとリョーマは千石のおでこを叩いて、先を歩いて行く。
「清純が遅刻するから、悪いんでしょ。今日は気の済むまで奢ってもらうから」 「え、なんでそうなんの!?」 「さっき、最近は浮気してないって言ってたよね。 じゃあ、その前は?どうだったの。え?」 「………奢らせて頂きます」 「よろしい」 「でも今、お小遣い前だから手加減してもらえると嬉しいかなって」
顔を青くして訴える千石に、リョーマは少しだけ手加減してやるかと、小さく笑った。
まるで駄目な子に教育している気分だけど、 好きという気持ちがあるだから、付き合っていることに間違いは無い、はず。
今ここにある感情だけを信じていればいい。
そう思って、トボトボと後ろを歩く千石を急かす為に、 リョーマはその腕を強く引っ張った。
チフネ

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