チフネの日記
DiaryINDEX|past|will
ベッドの上で、リョーマは気持ち良さそうに寛いでいる。
ずっと見ていたい光景だ。 自分の部屋にリョーマがいる。 それだけで手塚の心は幸せに満たされていた。
「やっぱりこれだけ暑いとクーラーは絶対必要だよね。 なのに親父の奴、どうせ学校行っているんだから勿体無いって、 俺の部屋に付けてくれないんだ。 暑くて寝られないのに、何考えてるんだか」
例えリョーマの目的が手塚と過ごすことではなく、 クーラーの効いた快適な部屋目当てだとしても、文句は言うまい。
二人で過ごしているという事実だけを考えていれば良いのだから。
「そういえば、部長」 「なんだ」 「ファンタ」 「……」
「お茶」「ご飯」と言えば出て来ると思っている中年の親父か、と一瞬思ったが、 リョーマが望むのならといそいそとファンタを調達しに階下へと向かう。 冷蔵庫には常にリョーマの好きなファンタが常備してある。それも手塚の小遣いから購入したものだ。 ペットボトルの中身をグラスに空けて、トレイに乗せて手塚は再び自室へと戻る。
「おかえりー。ファンタちょうだい」
先ほどまで寝転がっていたリョーマは、壁を背にしてベッドの上に足を投げ出して座っていた。 膝には漫画の本がある。
ちなみに二人共、風呂も食事も済ませてある。 練習後の汗臭いままでいるのは嫌だというリョーマの主張に、早々と風呂に入ってパジャマに着替えて寛いでいた。
「ベッドの上で飲むのは駄目だ。せめてこっちに来い」 机の上にグラスを置くと「ちぇっ」と舌打ちしてリョーマは起き上がった。
「あれ?部長の分は?グラス、一個しかないよ」 「俺はいい。お前の分だけだ」 「ふーん。じゃあ、遠慮なく頂きます」
ごくごくと美味しそうにファンタを飲むリョーマに、 手塚は「冷えたりしないのか?」と声を掛けた。
「えっ、なんで?」 「クーラーの効いてる部屋でファンタを飲んだら、普通体温が下がるだろう。 今日は欲しがるとは思わなかったぞ」 「そんなの関係ない。俺、冬でもファンタ飲む自信あるよ」 「止めとけ。聞いてるこっちが寒い」 「本当のことなのに」 「せめてファンタを温めたらどうだ。それならなんとか」 「そんなの飲みたくないよ」
眉を潜めてリョーマはまたベッドへと戻る。 伏せてある漫画を読もうとする姿に、手塚は「おい」と再び声を掛ける。
「宿題はどうした。ここに泊まりに来る条件として、きちんと勉強もするとご両親に約束したはずだ」 「あー、部長やっといて。鞄に入っているから」 「どうして、俺が」
反論しようとする手塚に、リョーマは「お・ね・が・い」と上目使いして、ぱちんと両手を合わせる。
「この本、明日桃先輩に返さないといけないんだ。 だから、ねっ」 「おい」 「部長なら一年の宿題なんて楽勝でしょ? 俺、見たいなあ。部長がすらすらと問題を解いていく所」
期待に満ちた目を向けられ、手塚の中で何かのスイッチが入った。
「任せておけ!」 「あ、国語の宿題だから。よろしくっ」
リョーマが持って来た鞄を開け、教科書とノートを手にして、 「今日の宿題」とメモが挟んである箇所をものすごい勢いで解いていく。 ひょっとして最初から自分にやらせるつもりで、このメモを挟んでいたのではないだろうか。 そんな疑惑が一瞬浮かぶが、 恋人を疑うのはよくないと思い、ノートを埋めていくことだけに専念する。
30分ほどで全てが終わり、ふと振り返ると……リョーマはこちらを見ておらず、漫画に夢中になっている。
ここで問い詰めても、「いや、さっきまでちゃんと部長のことを見てたよ?」と白を切るのは間違いない。
さて、どうしようかと考えた手塚の目に、エアコンのリモコンが目に映る。
(こっちを向いてもらうぞ。越前)
そーっとリョーマに気付かれないよう手を伸ばし、設定温度を下げた。
しばらく様子を眺めていたら、リョーマはページを捲りながら腕を摩っている。 何度かそれを繰り返した後、ぶるっと体を震わせて顔を上げた。
「ねえ、ちょっと寒くない?」 「そうか?」 「気付いてないの?あんたの体も震えているよ」 「ハッ、しまった」 「わかっていて、そのままにしてたんすか」
呆れたような目を向けるリョーマに、手塚は黙って立ち上がり、すぐ隣に腰掛ける。
密着する形になるので、リョーマの体温が直に伝わる。 暖かいな、と手塚は思った。
「ねえ、温度上げてよ。これじゃ涼しいを通り越して寒い」
リモコンを探し始めるリョーマを止めるように、手塚は横から手を回して引き寄せた。
「えっ。何?これじゃ漫画読めないんだけど」 「この体勢でも読めないことは無い。それにくっ付いていれば暖かいから問題無いはずだ」 「いや、問題あるだろ。電気代の無駄遣い。後、ページが捲り辛い」 「そうか?」 「そうだよ」
抗議されるが手塚は手を引こうとはしなかった。 折角くっ付くことが出来たのだ。 もう見ているだけじゃ済まない。
なんとかして続きを読もうとリョーマはしばらく苦戦していたが、 不自然な体勢では無理だとわかって、一先ず漫画の本をベッドへ置く。
「部長。これ読み終わるまで我慢出来ないんすか?」 「出来ないな」 「そんなに時間掛からないと思うけど」 「1分でも無理だ」 「……我侭っすね」
ハア、とリョーマは大きく溜息をつく。
呆れている。
けれど、もう許されていることがわかった。
リョーマも我侭だけど、手塚だって我侭だ。
お互いの性格は把握している。 時々譲り合って、お互いの幸せを積み重ねて行く。 毎日がそんなことの繰り返し。 だからこそ上手く行っているのだ。
「しょうがないな。折角、クーラー付きの部屋とファンタを提供してくれたんだから、 今日は部長に付き合うよ」 「そうか。冷房とファンタのお礼ってやつか」 「違うよ」
ニッといつもの不敵な笑みを浮かべて、自ら体を押し付けて来る。 リョーマの体をを支えると、 「俺がそうしたいから」と言われる。
「それに、くっ付いていると暖かい。 くそ暑い部室で抱きつかれるのは勘弁だけど、ここなら良いっすよ」 「俺は部室でも一向に構わないんだがな」 「それ、絶対変だって。だって蒸し風呂状態だよ? お互い汗臭いのに、俺は嫌だ」
ヤダ、ともう一度言うリョーマに、手塚は耳元に鼻を寄せて口を開く。
「むしろお前の匂いを感じられて、良いと思っていたのだが」 「やっぱり変! それとも部長ってそういう趣味?引くんだけど」
うわあ、と声を出して逃げようとした体に気付き、両腕を使って引き止める。
「そういう趣味って、何だ。 むしろそれだけ好かれてると思って、喜ぶ所だろう」 「いやいや、無いから」 「他の誰もお断りだが、お前だけなら許せる。ありがたく思え」 「なんでいっつもそんなに偉そうなの? 本当に部長ってさあ、」
我侭だよね、と呟いたリョーマの声は、ベッドへ押し倒した時の音に消された。
ついでに桃城から借りた漫画も、下へと落ちる。
そんなものに構う余裕も無く、大人しくしている小さな体へ手塚はそっと覆い被さった。
今の間だけは、まだ温度設定を下げたままでいい。 リョーマが眠る頃に適正温度に変えておこう。
クーラーも悪いものじゃないな、とパジャマのボタンを外しながら、手塚はそう思った。
チフネ

|