チフネの日記
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2010年06月25日(金) 熱ピタ 塚リョ


グラウンドを走り終えて、へとへとになりながらリョーマは部室へ入った。

「暑っ!」

入り口も窓も開いている。他の部員達は走っている間に帰ってしまったらしく、もういない。
なのに暑い。
まるで蒸し風呂だ。

帽子を脱いで、団扇の要領でパタパタと扇いで顔に風を送るが、
当然涼しくなるわけがない。

「暑いんだけど」

今度はそこで座って日誌を書いている手塚へ話し掛けるように、はっきりと声を出す。

既に制服に着替えた手塚は、この温室の中で涼しげな顔をしてペンを走らせている。
よく見ると、汗も掻いていない。
本当に人間なの……、とリョーマは軽く首を振った。

「暑いと言われても、夏だからな」

一瞬だけ顔を上げて、手塚はそう答えた。
再び、日誌を書くために下を向く。

だからリョーマは再び抗議した。

「夏って言い訳しているけどさ。
外で運動して来て、こんな暑い部屋で着替えしろって酷くない?
青学って私立なんでしょ。部室にクーラー位、入れてくれてもいいと思うんだけど」
「無茶言うな。大体、お前が暑い暑い言うのは遅刻した分の罰走を終えたじゃないのか。
皆は普通に着替えて出て行ったぞ。ぶつぶつ言っていないで、早く制服に着替えろ」
「ちぇっ、ケチ」

舌打ちすると、「そういう言い方は無いだろ……」と手塚が苦笑する。

「走らなくても十分暑いのに。
クーラーが駄目なら、せめてシャワールームが欲しい」
「そっちの方がお金が掛かると思うぞ」
「けど、このまま汗だくで帰るのって嫌じゃない?」

手塚と話していてもクーラーやシャワールームが設置されるとは思っていない。
要するにただの愚痴だ。

ウェアを手早く脱いで、ロッカーから出したシャツを羽織る。
すると汗を掻いた肌にぴったりと張り付く。
気持ち悪い、とリョーマは眉を寄せた。

「テニス部だけとは言わないけど、やっぱりシャワールームが欲しいなあ。
なんか汗臭い……」

軽く溜息をつくと、手塚が「気にし過ぎじゃないのか」と言った。

「そんな風に思ったことは一度も無いぞ」
「部長がそう言っても、俺は気になるの。
もっと設備が充実していればいいのに。
ほら、氷帝とかって設備すごいんでしょ。菊丸先輩がそう言ってた」
「どこからそんな話を……」
「いいよなあ。俺だったら確実にレギュラー取れるだろうから、あっちにしとけば良かったのかも」


暑さで頭もぼんやりして、つい浮かんだことを口にしたに過ぎない。

しかしそれは地雷だったらしい。

「氷帝に行くつもりなのか?」
「部長?どうしたの。顔、怖いよ」
「お前があんまりにも酷いことを言うからだ。
青学の皆との絆よりもクーラーやシャワーを選ぶつもりか」
「は?いや、そんなそこまで真剣に言ったつもりじゃ……」

手塚の表情に、失言だったとリョーマは気付いた。
深く考えて言ったわけじゃない。
この気温と湿度で、ポロッと不満を零しただけだ。

でも手塚は本気に受け取ってしまった。


「我侭ばかり言うやつは、こうしてやる」
「えっ、ちょっと!?」

手塚が立ち上がった、と思ったらものすごい勢いでこちらに近付いて来る。
そのまま抱きつかれ、衝撃に二人して床に倒れるが、
手塚が庇ってくれたおかげでリョーマは激突を免れる。
しかし事態が良くなったとは思えない。

「何、何なの。暑苦しい!」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、リョーマは抗議の声を上げる。
「罰を与えている。少し黙れ」
「罰って?意味わからないんだけど」
「青学よりもクーラーを選ぶなんてバカなことを言うからだ。
こうするのが何よりも堪えるだろう」
「けど、窓もドアも開いてるよ!?誰かに見られたら」
「だからこそ見付からないように押し倒した。大人しくしている分、ここからは見えない」
「……そういうこと言っているんじゃなくって」

たしかに二人して床に腰を下ろしてくっ付いているなら、外からは見えない。
けど中に入って来たらどうするんだ、とリョーマは手塚を睨む。


「暑いって。窒息死する」
「閉め切った部屋じゃないから大丈夫だ」
「そうじゃなくて、部長が引っ付いてくるから暑苦しいってこと。
氷帝に行きたいなんて言わないから、もう放してくんない。限界だから!」
「もう少しだけ、我慢しろ」
「なんで?そんなに俺、酷いこと言った?謝るから」

ごめん、って言うリョーマに、手塚は「そうじゃない」と笑う。

「最初は罰を与えようかと思ったけど、少し気が変わった。
こんなに暑いのに抱き締めていられるのは、相手のことがよほど好きだからだと、
そう思わないか?」
「はあ?」
「汗くさいなんて思わない。気にならない。
クーラーなんてなくても、俺はお前と一緒ならどこでもいい。
今やっていることは、その証だ」
「部長……」


この暑さでもくっ付いていたい位好き。
相手のことを特別じゃないと言えないだろう。
じっとりした不快な空気がまとわりつく中、手塚の手が頭を撫でてくる。
それはいつもより体温が高い。
汗ばんでいる手で、同じく湿っている髪を撫でてくる。
傍から見たら滑稽な光景だろう。
けれどお互い好き合っていたら、どんなに暑苦しくても離れたくないと思う。

なんて。

少しだけ絆されるが、額に流れた汗に「やっぱり暑い!」とリョーマは声を上げた。

「部長の気持ちは嬉しいけど、もう無理。倒れそう」
「おい、越前」
「クーラーの効いた部長の部屋ならいくらでもいちゃいちゃ出来るんだけど。
駄目?」

上目遣いで訴えると、「しょうがないな」と手塚は溜息をついてリョーマを解放した。

すぐに窓へと移動して、大きく息を吐く。

「あー、もう窒息するかと思った」
「お前は……人が折角恋人らしいことを言ったのに、それか」
「だから涼しい部屋ならいくらでもいいって言ってるのに」
「そうか、だったら」

覚悟しとけよ、と言う手塚に、リョーマは少しばかり顔を引き攣らせて、頷いた。

快適な空間なら、いくらでもくっ付いていても問題は無い。


(それより、部長がこんなこと言い出すなんて珍しいよね。
いくら俺が失言したからってさ……)


やはり夏の暑さの所為なんだろうか。
手塚の頭のネジも緩んでもおかしくない。

もうこの暑さの中で引っ付いてこられるのはごめんだ。

言動には注意しようと、リョーマはこっそり胸の内で呟いた。


チフネ