チフネの日記
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2010年06月12日(土) miracle 39  真田リョ

翌日の練習に、仁王が来るかどうか、真田はいつになく緊張した気持ちで部室に置いてある椅子に座っていた。
時間ぎりぎりまで仁王を待つつもりでいる。
必ず来る、と念じていると「おはようございます」と着替えを終えた柳生が挨拶しながら寄って来た。

「お、おはよう」
意外な反応に驚いて顔を上げる。たしか昨日、柳生は自分に対して怒っていたような気がしたが、今の表情はずいぶんと穏やかなものだ。

「聞きましたよ」
「何のことだ?」

声を落として言う柳生に合わせて、真田も小声で聞き返す。
「実は昨日、仁王君と連絡が取れましてね。説得する前に今日の練習に来ると言ってくれました。
真田君が話をしてくれたおかげだそうで」
「そんなことは、ない」
むしろほとんど仁王の幼馴染に任せてしまった気がする。
仁王を捕獲出来たのも、リョーマのおかげ。
たいしたことはしていない。

訝しい顔をする真田を気にすることなく、「昨日は少し言い過ぎました」と柳生は言った。
「正直、意外でした。あなたが部活を休んでまで仁王君を引き止めに掛かるとは思ってもみなかったので。その真摯な態度がきっと彼の心を打ったのでしょう」
「いや、だから」
勝手に勘違いしている柳生にどう説明したものかと、冷や汗が流れる。
これでは自分一人で何もかもやり遂げたみたいではないか。
違うんだ、と否定し掛けた所、「おや、噂をすればやって来たようです」と柳生が出入り口に目を向ける。

「おはようさん」
少し気まずそうに挨拶しながら、仁王が部室へと入って来た。

「あれー、仁王。お前もう体の具合はいいのかよ。しばらく休むって言っていただろ」
一番近い所にいる丸井がそう言って話し掛けると、「もう大丈夫じゃ」と仁王が頷く。
「今日からまた練習に参加するからの」
「そっか。元気になって良かったぜ。あ、これやるよ」
丸井はポケットからガムを取り出し、一枚渡した。
「サンキュ」
「どういたしまして。あ、今日俺と打ってくれよ。それとも久し振りで勘が鈍って無理か?」
「まさか。相手になってやるぜよ」
「そうこなくっちゃ」

二人のやり取りを見て、真田はほっとした。
仁王の態度が前を変わらないままだったので、これでもう大丈夫だろうと思った。
待っている必要が無くなったので、外に出るかと腰を上げる。

「あ、真田」
部室を出て行こうとすると、仁王に呼び止められた。
「何だ」
「ちょっと話がある。外で待っててくれんか」
断る理由が無いので、「ああ」と頷く。

そのやり取りに、丸井を含む他の部員達が何事かと視線を向けてくる。
無理もない。
以前、仁王を殴ったことで仲が悪いと悪いと思われたままだ。
また揉め事かと期待するような目にうんざりしながら、真田は外へと出た。

数分も経たない間に、仁王はウエアに着替えて現れた。
「コートに向かいながら話そう。そんなに時間もない」
「わかってる。すぐ済む話じゃ」

歩き出すと同時に「昨日は世話を掛けたな」と仁王は前を向いたまま声を出した。

「舞子にもさんざん怒られて目が覚めた。勝手な話じゃが、またテニス部に戻ってもいいか?」
その問いに、真田は少し笑って答えた。
「戻るも何も、退部届けを破いたのをお前も見ていただろう?
最初から何も無かった、ということでいいんじゃないか」
「真田……」
「掃除だけは一ヶ月しっかりやり遂げるんだな」
「そこは免除無しか」
「当然だ。俺も今日はグラウンド100周するつもりだからな」
「100周?なんでじゃ?」

私用で昨日休んだ自分への罰だと仁王に教えたら気にするだろう。
だから理由は言わずに、「ただのケジメだ」とだけ言っておく。

「よくわからんが、頑張れ」
「お前に応援されると、何か複雑だな」
「どういう意味じゃ」
「いや、何でもない。それよりそろそろ始まるな」
皆が集まっているのを見て二人も走ってコートに入った。









「それで、確認したいのだが、仁王はこの先も部活に出ることになったんだな?
そう認識してもいいのか」

ミーティングが終わり解散してすぐ、真田は柳から説明を求められた。
「ああ。多分大丈夫だろう」
「多分じゃ困る。県大会は明日なんだぞ。しかし仁王は練習に出ていない為、しばらく補欠扱いとする。
他の部員の手前、そうするのが良いだろう」
「妥当な判断だな」
頷くと、「本当に来るんだろうな?」と柳に念押しされる。
「仁王の幼馴染が引っ越す日は、」
「明日だろう。わかっている」
よりによって県大会初日と被っているとはついていない、と頭を抱えたのでよく覚えている。
補欠とはいえ、仁王が大会をすっぽかすような真似したら、部員達が動揺するのは目に見えている。
柳の心配は最もだった。

「本人にきちんと確認しておくべきかもしれないな」
「いや、折角やる気になっているのだから」
そっとして置いた方が、と続けようとする真田を無視して、「仁王!ちょっと来てくれ!」と柳は声を上げてしまう。
「おい、人の話を」
「直接聞いた方が早い」

あてにならない話は必要ないというように、柳は走って来た仁王に顔を向ける。

(俺の話は信用無いってことか)
散々失敗している所為か、と真田は肩を落とした。

「何じゃ、柳」
「明日の県大会のことだが、来られるのか確認しておきたい」
「……」
ちらっと、仁王がこちらを見る。そしてきっぱりと顔を上げて告げる。
「これだけ練習を休んでいたから、俺は補欠になるんじゃろうな。でも、ちゃんと行くぜよ。
精一杯応援させてもらう」
「本当か?」
「ああ」
仁王の言葉に、真田は安堵の息を吐く。それと同時に美空舞子を見送らなくてもいいのかと、疑問に思った。
「仁王、その」
「なんじゃ」
「美空のことだが」

一言で察したようだ。仁王は笑って、「大丈夫じゃ」と答えた。

「舞子とは朝、会場に行く前に送り出してもらうことになっている。出発するのは舞子なのに、俺を見送りたいんだって、変だろ?
でも空港で別れようが、家の前だろうがどっちも俺達にとっては同じじゃ。
二度と会えないわけじゃない」
「……そうか」
「あ、そういえば、あの青学の一年生。舞子がよろしく言ってくれって。忙しくて挨拶する暇も無いから伝言になるけど。
真田、頼めるか?」
「わかった。俺から言っておこう」

確認も終わり、仁王は再び練習に戻って行く。
それを見届けてから、柳が「青学の一年とは何のことだ」と尋ねて来る。
「まさかまた手を貸してもらったとか、言うんじゃないだろうな」
「……」
「弦一郎」
更に追求する柳に「グラウンドを走って来る!」と真田は走って逃げ出した。

結局一人では何も出来なかった。
そんな情けない話を簡単に出来るかと、心の中で叫んだ。









「ちぇっ。仁王が戻ったってことは、結局空いたレギュラーも元通りってことか」
「大会前に復帰するなんて、俺らに対する嫌がらせとしか思えないよなあ」

練習の合間に聞こえて来た声に、丸井は顔を顰めた。

(仁王がいなくたってお前らがレギュラー入りなんて、有り得ないだろい。
まず陰口叩くの止めて、練習しろっての)

その熱意をテニスに向けてみろ、と心の中で呟く。
文句を言うのだけは一人前。常勝立海大と評価されても、志が低い者もいる。どうしようもないことだ。

「けど仁王の奴も、手の平返しやがってさ、ずるくねえ?」
「休んでいても真田にゴマ擦ればレギュラーの座は安泰だって思っているんだろ」
「あんなに反発してたくせにな。今更仲良しこよしなんて虫がいいっていうか」

ふう、と丸井は息を吐いて、彼らに気付かれないよう立ち去る。

今のは言い掛かりレベルの話だ。
仁王は決して、レギュラーの座が惜しくなったからって真田に媚を売ったりしない。
そういう奴だってことは、わかってる。

だけど。
(何で、俺に一言の相談も無いんだ?おかしいだろ)

休部する件だって、事前に何も聞かされてなかった。そのことに、丸井は腹を立てていた。
親友とまではいかないが、入部してからそれなりに仁王と仲良くして来たつもりだった。
なのに、ここ最近は上手く話せていない。
仁王が部活をサボりがちだったりした理由も教えてくれなかった。
何か悩んでいるのなら、話してくれてもいいのに。

それなのに出て来たと思ったら、真田とやけに親しげに話をしているとか。

何でも話してくれと言っているわけじゃない。そこまで仁王と踏み込んだ仲ではないのはわかっている。
だけど真田よりは近い距離にいたつもりだった。
それが、何だ。出て来たら、一番に話をしようとした相手が真田か。
納得出来ない。

(柳生も真田に話し掛けていたし、一体何だよ。
今まであいつに不満を持っていたんじゃねーのかよ)

誰もわかってくれそうにないな、とガムをくちゃくちゃと奥歯で噛む。
ジャッカルも切原も気にしていなさそだし、柳は常に中立の立場だ。

ストレスが溜まりそうだぜ、と髪を掻いて、ふと思い出す。

(そうだ。久し振りに幸村の所に行ってみよう)
いつでも穏やかに話を聞いてくれる幸村なら、きっと自分が望む言葉をくれるに違いない。
最近練習がきつくて、すっかり病院から足が遠退いていた。
幸村の顔を見に行こうと、勝手に練習後の予定を決める。
県大会前日なので、今日は早く帰れるはずだ。




いち早く着替えを終えた丸井は、部室を飛び出した。
万が一でも真田と鉢合わせしたら嫌だなと思ったが、またグラウンドを走っている姿を見て、
しばらく終わりそうにないなと悟った。
(この暑いのに、よくやるぜ……)
でも、これで真田が病院を訪れたとしても時間帯が被ることはないだろう。

駅前にあるケーキ屋で土産を買い、丸井は幸村のいる病院へと向かった。

(美味しいケーキを食べて、愚痴を聞いてもらって、そんで明日の大会をすっきりとした気持ちで迎えるんだ)

病室へ行く足取りも軽い。
到着したところで、ドアの前に立ってノックをする。
突然来たけれど、幸村は起きているだろうか?
いつも快く迎えてくれるから、心配はないだろうが……。

「どうぞ」
幸村の声にほっとして、丸井はドアを開けた。

「よう、元気かー?」
幸村はベッドの上で膝を丸めて座っている。こちらを見ることもなく、視線はテレビに向いている。
何を見ているのかと、丸井は好奇心からテレビに近付く。

「思いもんでも映っているのかよ?」
画面を覗き込んだところで、それがテニスの試合だと気付く。
今日って何か試合をやっていたっけと思いながらよくよく見てみると、そこに映っているのはプロではなく、子供の試合だった。
(ジュニアの試合が放送されてんのか?でもテレビ放送ってするもんだっけ?)
おかしいなと思ってもう一度よく見てみると、その選手が見知った人物だと理解する。

「幸村、これって、あいつの試合じゃ……。でも、なんで?」
「それ、録画したものを再生しているんだよ」

幸村はリモコンを手に取って、画面を消した。

「録画って、じゃあ、これはいつの試合のものなんだ?」
「去年の大会だよ。見てわかったと思うけど、アメリカで開催されたものなんだ」
「アメリカ?あいつは帰国子女だったのか?」
「そういうこと」

幸村が見ていた試合は、今より少し幼いリョーマと知らない誰かだった。
一年前にあんなごいプレーが出来る程の実力の持ち主なのか。
今はどの位成長しているのだろう。もしかして関東大会で青学と当たることになったら厄介かもな、と丸井は思った。

「幸村って、あいつとはいつからの知り合いになるんだ?この試合も直接観に行ったとか?」
「いや、違うよ。でもこの録画された試合を観たのが切っ掛けで知り合ったことになるね」

ふっ、と幸村が笑った。
夕陽が差し込み、光の加減の所為か、丸井にはそれがどこか暗い笑顔に映った。
気のせいだとわかっているけれど、何か思い詰めたような。

考え過ぎだ、と自分に言い聞かせる。

「ふーん。けど、仲良くなれて良かったじゃねえか。
あいつ、青学に通いながら、今まで見舞いに来てくれたんだろ?
友達思いなんだな」

もうこの話題は終わりにしようと考えていた。
ここでケーキを出して、一緒に食べてから帰ろう。
なんだか愚痴を言える雰囲気じゃない。幸村の様子が変だ。
とにかく話を逸らし、この場を取り繕うとケーキの箱を前に掲げる。

「これ、さ」
「友達か。やっぱりそう見えるのかな」

幸村の言葉に、「え?」と丸井は目を見開いた。

「でも俺は友達なんかじゃ、満足出来ないんだ。おかしいよね。
最初は知り合えただけで良かったのに、どんどん欲深くなっていく」
「なんの、話だ?」

これ以上聞きたくない。そう思っているのに勝手に言葉が出ていた。
幸村は顔を上げて、笑いながら言った。

「俺はあの子のこと、越前リョーマが好きなんだ。
勿論、友達としていう意味じゃない。わかるよね?」
「……」

丸井の返事が無くても、幸村は構わず続ける。

「でも彼は最近、真田と仲良くしているようなんだ
俺の知らない所で、二人で会って話をしている。それがたまらなく辛い。
なんだか、置いて行かれるような気がしてさ。
真田に悪気が無いのはわかっている。だって俺の気持ちを知っているからね。
あいつが裏切るような真似はしない。出来ないんだ。
そういう奴だってことは、よくわかっている」

足が動かない。
幸村の話を聞いて、丸井は手は知らず震えていた。

この病室に一人きりで、外に出るにもままならない状態。
それなのに自分の好きな人が、たとえ他意はなくても、別の人と親しくしていると知ったら。
どんな思いが幸村の胸の内で渦巻いているのだろう。
想像も出来なかった。


「わかっているくせに、俺は割り切ることが出来ないんだ。
こんな俺のことを、丸井はどう思う?」

聞かれても、答えることが出来ない。

幸村が笑っているのが余計怖くて、そして悲しくも見えた。


チフネ