チフネの日記
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| 2010年06月10日(木) |
miracle 37 真田リョ |
元来た道を辿りながら、仁王はこの後どうするのかと考えた。 よりによって今日は舞子の家族と自分の家族とで引越し前に食事に行こうという話になっている。 行きたくない。もう舞子と顔を合わせたくなかった。 仲直りしたくないわけじゃないが、今日だけは舞子と顔を合わせたくない。
(それもこれも、あのチビが余計なことをしたせいじゃ……)
リョーマの所為だ、と仁王はそう思っていた。でなければ舞子があんなこと言い出すはずがない。 出発が決まってからは放っておかれがちだったのに、急にお節介を焼くような真似をするなんて、リョーマが色々吹き込んだからだ。 こっちは放っておいて欲しいのに。 舞子の前では別れなんて何でもないというふうに装って、見送りたかった。 引っ掻き回すような真似をしたリョーマを、許せないと思った。
今から青学に行って文句の一つでも言ってやろうか? しかし他校生が紛れ込むには難しい時間だ。せめて放課後になるまではどこかで時間を潰す必要がある。 家は今、無人だ。放課後になるまで待機して、それから青学に向かうかと仁王は考える。 そうしようと、早足で歩き始めた。
「真田君。仁王君が休みのようですが」 「わかってる……」
休み時間にどういうことかとやって来た柳生に、真田は顔を引き攣らせて答えた。 なんとかしてみせると言った結果がこれだ。 文句を言われても仕方無い。
「しかも体調が悪いから練習を休むというのは、どうなっているんですか?県大会は明後日なんですよ!?」 「わかってる。その件は充分わかってる……」 「ならば何らかの対策案があるんですよね。聞かせてもらえますか」 「それは、」
無いとも言えず、真田は黙り込んだ。実際の所、こんな展開になると思わず、自分でも困っている。それを見透かしたように柳生は「もういいです」と溜息をついて、眼鏡をくいっと人差し指で上げる。 「仁王君のことはこちらで対処します。どうやら真田君んは荷が重過ぎたようですね」 「……」 「最初からそうするべきでした」
言いたいことだけ言って、柳生は席から離れて行った。 失望させてしまったんと、重く息を吐く。 解決するつもりだった。なのに、上手くいかない。 自分が不甲斐無いせいか。 また落ち込みそうになって、軽く首を振る。 出来ないからといって、諦めてしまうのは自分らしくない。 リョーマも言っていたじゃないか。 仁王が辞めるとは思えないと。 勘に過ぎないようなことを言っていたが、確証する何かを舞子から聞いたのかもしれない。 まだやれることはあるはずだ。
真田は一つの覚悟を決めた。 テニス部に入ってから練習を休んだ日はない。 誰よりも早く来て自主練習もして、遅くまでも残っていた。遅刻も早退だってしたことない。 しかし今日はそれを実行しようと思う。もっと大切なことを成し遂げる為に。 部活をサボるなんて考えただけで、身震いするような出来事だ。 挙動不審に思われないよう上手く外に出られるだろうか。
少しずれた心配しつつ、真田は仁王に会うことだけを考えていた。
青学の授業が終わる頃、仁王は校門前へと到着した。 リョーマに何か一言言わないと気が済まない。その思いが、ここまで動かしたのだ。 これ以上自分の周りをうろちょろするなと警告しなければ。 部活が始まる前に、リョーマを捕まえておきたいのだが、上手く行くだろうか。うるさそうな三年生達に見付からずに、ことを運びたい。
その辺を歩いている生徒にテニスコートの場所を聞いて、まずそちらに向かう。
どうせ相手は一年生だ。少しきつく言えば、大人しく引っ込むに違いないと仁王はそう思っていた。 部室の前で張っていると目立つから、少し離れた方がいいと移動しかけた所で、 「あれ、君はたしか立海の……」と早速、声を掛けられる。
振り向いて、仁王はそれが誰なのか確認する。 青学のNO.2.天才と名高い不二周助だ。さすがにその位のデータは把握している。
「たしか仁王、だっけ。こんな所で何しているの。偵察?」 意外そうな顔をする不二に、厄介なやつに見付かったかと身構える。 「あー、まあ、そんな感じじゃ」 リョーマに文句を言いに来たと言えるはずもなく、曖昧にごまかす。
しかし不二は仁王の顔をじっと見て、「へえー、君が?」と薄く笑う。見透かすような視線に、仁王は一瞬怯む。他人を怖いと思うなんて無かったことだが、この得体の知れない視線は、ここから退きたくなるほどの迫力がある。 さすが青学の天才だな、とそんなことを思う。
長く関わらない方が賢明だ。 立ち去ろうとしようとするが、不二の方が早かった。 腕を掴まれ、 「ひょっとして、越前に会いに来たとか?」なんて言われる。
「……」 「あれ、その顔、図星?」 仁王は冷や汗を掻いた。 こいつは人の心を読めるのか、と。 固まっていると「呼んで来てあげようか?」と、わくわくしたような顔で言われる。
「は?なんでじゃ。部活前に無駄話するなとか、追い払ったりしないんか」 「あいにく僕は好奇心を優先させる方なんでね。越前と会話をする条件として、僕がいる所でというのを付けさせてもらうけど」 「断ったら?」 「この先ずっと越前には近付けさせない」
にっこりと笑う不二に本気だと察する。 (不二のいるところで話をする、か……) ここまで来て手ぶらで帰ってたまるかという気持ちはあった。忠告だけしてさっさと帰ればいい。 不二に聞かれて困るものでもない。
「わかった」と仁王は頷く。 「そう。じゃあ、ちょっと待ってて。越前連れて来るから」 どこかウキウキとした様子で不二は背を向けて走り出した。
一体あれは何なのだろうかと、仁王はその場で眉を寄せた。 面白がっているとしか思えない。先輩として、それはどうなのか。
(けど、俺には関係ないことじゃ……) リョーマさえ連れてくれればそれでいい。さっさと話をつけて青学から出よう。
そして、どうしようか。 家に帰れば家族同士の食事会が待っている。それは行きたくない。 ならば、どこに行くというのだ。 訳を話せば柳生や丸井あたりは泊めてくれそうだが、退部(一応休部扱いだが)した身としては申し出るには図々過ぎる。 それにこんなくだらないこと、話せるわけがない。
どうしようか、と考えている途中でリョーマがこちらにやって来るのが見えた。
部室で着替えている途中。 不二に外に出て、と耳打ちされて、今度は何なんだとリョーマは思った。 しかし「立海の仁王が来てるよ」の言葉に大きく目を開く。 小さい声だったから、他の部員は気付いていない。 リョーマは慌ててシャツを羽織りなおし、不二に引っ張られるまま外に出た。
「こっちだよ」 さらに進もうとする不二に「ちょっと待ってください!」とストップを掛ける。 「先にメールしてもいいっすか?」 「誰に?」 「……」
にこっと、笑顔を向けられる。ぞわっとする感覚に、やっぱり得体の知れない人だと改めて思う。 大体、何故不二が呼びに来るのか。 騙されているんじゃないかという目を向けると、不二は笑顔を張り付けたまま口を開く。 「君が前から立海の誰かと親しいことは知っていたよ」 「え…?」 「説明は後。仁王が待っているから、メール打つなら早くしてね」 「はあ」
誰と親しいのか聞きたいところだが、今はそれ所じゃない。素早く真田宛に「今、青学に仁王さんが来ている」とだけ打った。 仁王が今日も部活をさぼったとしたら、舞子の説得は失敗に終わったということになるはずだ。 真田に知らせる必要があった。
「越前、ほら早く」 「あ、はいっ」 不二に連れられて、テニスコートの裏手に回る。 たしかに仁王がそこで立って待っていた。 こちらを見ている目に敵意が含まれているのを感じる。
「あの、俺に何か用っすか」 口を開くと、「お前さんに言っておきたいことがある」と仁王は目を細めて言った。 「俺に関わるな。舞子にまで余計なことを言って迷惑しとる。お節介もほどほどにしといてくれんか」 「お節介なのはわかっているけど……」
言いながらリョーマはすぐ側にいる不二をちらっと見る。 どうして去ってくれないのか。会話を聞くなんて悪趣味だと目で訴えても、堂々とした様子でそこに居る。 「ああ。僕のことは気にせず続けて。仁王との約束だからね。 僕の目の届く範囲で話をするっていう条件で君を連れて来た」 「俺の意思は無視っすか?」 「いいから続けなよ。一体君が何に関わっているか興味があるんだ」 「……」
最悪だ、と不二を睨み付ける。 しかし不二を相手にしている場合じゃない。今は仁王との話の方が先だ。 真田から連絡を貰うまで時間を稼いでおこうと考えた。
「俺だって余所の学校のことに口出しするべきじゃないってわかっている。 でも友達が困っているのをわかっていて、知らん顔なんて出来ない」 「友達、ね。真田のことか?」 「そうだよ。あんな真面目で不器用な人、放っておけない。 あんたは何とも思わないの?真田さんは本気で心配してるのに」 「真田が心配しとるのはテニス部に支障が出るからじゃろ」 「そんなこと、」
ない、と続けようとしたその時、リョーマの携帯が着信を知らせる。 少し迷って、表示を確認すると真田の名前がそこにあって、慌てて着信ボタンを押す。
「もしもし、真田さん?」 「メールを見た。仁王はそこにいるのか!?」 切羽詰った真田の声に、リョーマは「いるよ」とハッキリ答えた。
「どうして青学にいるんだ。じゃなくって、今からそっちに向かうから待ってろと伝えてくれ」 「え。でも真田さん、部活は?」 「今日は……自主的に休むことにした。仁王が学校に来ていないとわかって、これから自宅に向かうところだた。しかしまさか青学に行っていたとは。とにかくすぐにそっちに行く」 「あ、ちょっと」
いきなり通話が切れた。
待ってろと正直に仁王に伝えていいものか。逃げられたら責任重大だ。 そんな思いから口を開けずにいると、 「今の、真田からでしょ」と不二がまた余計なことを言う。
「不二先輩、今はちょっと黙ってて欲しいんだけど」 「なんで?仁王を迎えに来るって話なんでしょ。本人に伝えなくちゃ」 「だから、それは」
やり取りを聞いていた仁王が目を丸くする。
「真田がここに来る?そんなはずはない。県大会直前の練習をさぼって、俺なんかを迎えに来るものか」
仁王の言い方に、リョーマはムッと顔を顰める。 大会前とかそんなの関係なく、仁王のことを心配して探している真田の気持ちがわからないのか。
「来るって言っていたよ?あんた、今日学校さぼったんだってね。 それで居ても立ってもいられなくなって、家に行こうとしていたみたい。 いい加減理解したら?あの人、本気であんたのこと考えているのに……。 大体、テニス辞めようとしているなんて変だ。本当はすごく好きなんだろ」 「お前に何がわかる」
鼻で笑う仁王に、「わかるよ」とリョーマは答えた。
「テニスしている所を見たわけじゃないけどさ。美空さんの絵を見ればわかる」 「舞子の?」 「うん」
リョーマは頷いた。 舞子の部屋に置かれていた描き掛けのキャンバス。帰る前に、「もうすぐ完成するんだ」と見せてくれたあの絵。
「美空さんは引越しする前にあんたに渡したいって、ずっと頑張って絵を描いていた。 そこには楽しそうにテニスしているあんたが描かれている。 遠く離れたって、自分は絵を、あんたはテニスを、別々の夢を追い続ける気持ちは変わらないって信じているんだって教えてくれた」 「……舞子が」
そんなこと一言も聞かされていない。 でもきっと驚かそうと思って、内緒で描いていたのだろう。 ここ最近、舞子の帰りが遅いのも夜ずっと電気がついていたのも中々部屋に入れてくれなかった理由が繋がる。
「ねえ。あんたは本当にテニスが嫌になったんすか?」 リョーマは仁王に近付いて、顔を覗きこんだ。
「本当は違うんでしょ?あんたはテニスをするのを心から楽しんでるはず」 「いや、俺は」 「それでもまだ否定するのならさ」
トン、と仁王の胸を叩いて、リョーマは挑発的に笑ってみせた。
「最後に、俺と勝負してみない?」
チフネ

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