チフネの日記
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| 2010年06月09日(水) |
miracle 36 真田リョ |
カーテンを開けて、仁王は隣の家の窓を確認した。 向こうは既に開かれている。 もう舞子は学校に行ったのだろうか。 引越し前に私物を持ち帰ったりと、色々準備が大変なのはわかっている。 昨日も遅くまで電気が点いていた。 結局、学校であの越前とかいう他校生に絡まれたのを振り切った後はぶらぶらと彷徨って時間を潰していた。 家に帰った途端、舞子から何故部活を休んだのかと追求されるのを恐れたからだ。 しかし意外にも家に押し掛けて来ることも、携帯にも連絡は無かった。 もう、舞子は自分に興味は無いのだろうか。 引っ越した後のことで頭がいっぱいなのかもしれない。 大切な幼馴染が遠くへ行くことに寂しさを覚えているのは、自分だけのようだ。 だったら尚更そんな気持ちを口に出せるはずがなく、こうして一人で不安を抱えているだけだ。
学校に行くか、と仁王は部屋から出た。 気が進まないが、仕方無い。部活は出なくていいのだから、後は授業さえこなしていけばいい。 舞子がいなくなるというのは覆せない事実で、それに慣れていかなければならない。 いないのが、当たり前になる。半年後にはすっかりそれが普通の日常になっているんだと言い聞かせて、階段を降りて行く。
出掛ける前に水でも飲もうとキッチンへ向かうと、 「おはよう」と母親に声を掛けられる。出勤前なので、もうスーツ姿だ。 「今日は随分とのんびりしてるけど、朝練はどうしたの?」 「あー、今日は休みじゃ」 「そう。私はもう行くから、鍵掛けておいてよ」 「へーい」 バタバタと母親は慌しく玄関から出て行った。 父親も姉も出る時間は早いので、もういない。自分も朝練が会ったのなら、彼らと同じ時間に出るのだけれど、もう早起きする必要はない。 これからはゆっくり眠れると呟いても、どこか虚しい。 テニスを続けてもそうじゃなくても空っぽな気もちには変わりない。
つまらんのう、と軽く首を振った所で、玄関のチャイムが鳴った こんな朝から誰だと玄関に近付くと、「雅治、いるんでしょー?」とでかい声が響く。
「舞子?」 慌ててドアを開けると、「おはよー」と笑顔を浮かべた舞子が制服姿で立っていた。
「一緒に学校へ行こうと思って、誘いに来た」 「……」 「何?他の誰かと待ち合わせでもしてる?」 「そういうわけじゃ」 「ならいいじゃない。行こうよ」
どういうつもりなのかわからないが、このままはぐらかせる相手ではない。 小学生の頃からずっと一緒居た幼馴染だ。 追い払ってもきっと仁王が出て来るまで家の前で待っている。 そうさせるのも気が引けて、「わかった」と仁王は頷いた。
「けどまだ終わっとらんから、上がって待っててくれんか」 「いいよ」 互いの家を行き来している仲なので、舞子にも遠慮はない。 おかげで二人は付き合っているんだなんだの噂されたりしたが、そういう関係じゃないことは二人共わかっている。 男女とかそいうのは関係ない居心地の良さがあるのだ。 なのに、それももうすぐ失われようとしている。 考えても仕方無いが、やり切れない。
ソファに座って勝手にテレビを見ている舞子を横目で見てから、歯磨きする為に洗面所に向かう。 髪をセットし、ネクタイを結んだ所で、「準備出来た?」と舞子が声を掛けて来る。 「ああ。行くか」 「うん」 「テレビは」 「消した」
二人で玄関から外に出る。 そういえば小学生の頃も、舞子が毎日こんな風に迎えに来てくれたことがあった。 こちらに転校して馴染めない自分の為に、舞子は毎朝欠かさず呼びに来てくれた。隣なんだから仲良くしないとね、と子供心にそう思い込んで仁王の為になんとかしようと思ったのだろう。 学校でも何かと親切に接してくれた。そのおかげで、学校を休もうとは考えなかった。 自分が出て行くまで舞子がそこで待っているかと思うと、馴染めない土地に尻込みしている場合じゃないと学校に行く気になった。
一緒に歩きながら、「こうして登校するのは久し振りじゃな」と仁王は言った。 「うん。雅治が朝練始まってからはずっと擦れ違いだったからね。小学生の時は毎日一緒だったのになあ」 「……」 「本当なら今日も朝練あったんでしょ?大会前に一体何やってるの」
やっぱり説教か、と仁王は思った。 大方、昨日のチビが舞子に何か言ったんだろう。 リョーマは幸村と親しい。事情はいくらでも聞き出せる。 あのお節介野郎と、内心で溜息をつく。
「誤解ないよう言っておくが、俺がテニス辞めることと舞子が引っ越すことは関係ない」 「へえ。本当に辞めるつもりなんだ?」 舞子は怒ったように言った。 「そんなの間違っているから。雅治は何から逃げようとしてるの? なんで辞めるなんて言ったの。あんなにテニスが好きなのに、信じられない」 「……うるさいのう」
思わず、本音が漏れた。 今までずっと放置していたくせに、急に構うような真似するなと反発したくなる。 それを切っ掛けに、言葉が次々と零れてしま。
「お前に俺の何がわかる」 「雅治……」 「俺がテニスを続けようが辞めようが舞子には関係ないじゃろ。もうすぐいなくなるくせに、偉そうなこと言うな。 どうせ俺を置いて行くんあら、最後まで放ってくれたらええんじゃ」 「……」
ショックを受けたように立ち尽くす舞子を見て、瞬時に後悔する。
やってしまった。 ずっと仲良しでいていた幼馴染を傷付けた。 わかっているけど、謝罪の言葉が出て来ない。 さっきのは本心でもある。いなくなるくせに、テニスを辞めるな、なんてそんなこと言う権利、舞子にはない。 なのにわかったような顔をして、説教して欲しくなかったのだ。
「そう、わかった。変なこと言って、ごめん」
泣きそうな顔をして、舞子は仁王を置いて走り出す。 後を追えば簡単に捕まえることは出来る。自分の方が足は速い。 わかっていても、追わない。
このまま別れてしまったら後悔するのはわかってるけど、もうどうしようもなく心の中がぐちゃぐtになって、その場から動くことが出来なかった。
朝練がもうすぐ終わるという頃、真田は柳かr「弦一郎、ちょっといいか」と呼ばれた。
「どうした」 「あそこ。仁王の幼馴染がいる」 「何?」
コートの外をウロウロしている舞子の姿を見付け、真田は目を見開いた。 「仁王を探しているのだろうか?休みだというのを、彼女は知らないのか?」 「い、いや。ちょっと聞いてくる」 「弦一郎?」
柳の声を無視して、真田は舞子の元へと掛け付けた。
「どうかしたのか」 真田の顔を見て、舞子は焦ったような声を出す。 「さ、真田君。あの、ちょっと話いいかな?」 「ああ」 こちらを見る部員達の目があったので、真田はコートから離れた場所へ舞子を誘導した。
そして人目がなくなった所で、「ごめんなさい!」と、舞子がいきなり頭を下げる。 面食らう真田に、「失敗しちゃったみたい」と説明をする。 「今朝、雅治と一緒に登校して話をしたんだけど、あんな風に思っているなんて知らなくって偉そうなこと言っちゃった。 どうしよう。あいつ、本気でテニスを辞めるかもしれない」 取り乱す舞子を前に、真田はオロオロしつつ「どういうことだ?」と尋ねた。 「説得してみたんだけど、急に怒って私に何がわかるかって言われた。本気で怒ってるみたい。 任せてなんて言っておいて、余計まずいことになったみたい。どうしよう……」
涙目で言われてもこっちこそ、どうすれば良いのかわからない。
ふと頭に浮かんだのは、リョーマの顔だ。
こんな時彼ならどうするのだろう。 すっかりリョーマに頼り切っている自分に気付き、これではいけないと心の中で叱咤する。
「とにかく仁王には俺からも話をしよう。学校には来ているのだな?」 「多分……」 「わかった。休み時間にでも仁王の教室を訪ねてみる」 「うん、お願い」
頼まれてみたものの、何の案も思いつかない。 しかし行動するしかない。 いつまでもリョーマを頼りにすることは出来ないのだから。
とはいえ上手く話せる自信などあるはずもなく、 期待に満ちた目を向けてくる舞子からそっと視線を外した。
チフネ

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