チフネの日記
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2010年06月08日(火) miracle 35  真田リョ

リョーマがこちらに向かっているとわかったせいか、真田はどこか落ち着かない気分で放課後の練習をこなしていた。

仁王の姿は勿論ない。
今日は休みと告げたものの、いつまで誤魔化せるだろう。
退部届けを出したと知られたら、ほれみたことかと真田に反発している部員から攻撃されるのは目に見えている。
いくら仁王が自分の意思で退部すると言っても、原因は自分にあると責め立てられるに違いない。
そう考えると、憂鬱になる。

だけど、それだけではない。
仁王は本当にテニスを辞めたいのか。
そんなわけない、と真田は思っている。
ペテン師と呼ばれる仁王のテニスは対戦相手を霍乱し、自分のペースに持ち込んでゲームを支配そる。それを楽しんでいるように見えた。
少なくとも惰性で続けていたわけじゃない。そんな奴が辛い練習を続けていられるはずがない。
退部届けを出したのは、何かの間違いと真田は今でもそう信じている。
幼馴染との別れがそれ程ショックだったのかどうかはわからないが、
今は少しテニスする気持ちに向かうことが出来ないだけだ。

何か良い手立てはないものか。
仁王がコートに戻って来られるような良い方法……は、残念ながら思い付かない。

情けないが相談に乗ってくれるリョーマが何か言ってくれるのを期待している。
不思議と彼の言葉は信じられる。
いつの間にかこんなにも信頼してしまっている自分に驚いてしまう。
知り合ってそう長い時間を共に過ごしているわけでもないのに、真田の中ではもう掛け替えの無い友人として位置している。
リョーマが力になってくれるのなら、なんとかなるという気持ちにさえなる。

(そろそろ越前が到着する頃か……)

携帯に連絡が入っているかもしれない。
メールが届いているのに気付き開いてみて、声を上げそうになる。

「どうした、弦一郎」
「なんでもない。それより先に帰ってもいいか?用事が出来た」
「そうか。鍵は俺が掛けておこう」
「頼む」

柳に後を任せて、急いで部室から出る。
ネクタイを緩く首に巻いた真田らしからぬ格好で、ダッシュする。
普段ならたるんどるときちんと結び直す所だが、今は構っていられない。

(全く、あいつはどうして勝手な行動を取るんだ……!?)

‘仁王さんの幼馴染って人に会って、今から話をする所。
後でまた連絡するkら待ち合わせに少し遅れると思う’

リョーマからのメールに何故自分のことを待っててくれなかったのかと呟く。

事態が悪化したらどうするんだ。
だけどもう一方で、もしかしたらこれが良い方向へ行く突破口になるかもしれないと期待している。
リョーマがすることに間違いなんかない、と思っているのも事実で。
ああ、どれだけ彼のことを信頼しているんだろうなと自分に呆れてしまう位だ。

勢い良く校門を飛び出したのは良いが、仁王の幼馴染とどこに行ったのかまではわからない。
携帯に掛けてみるかと、ポケットから取り出す。
同時に、着信を知らせる振動音が響く。
表示を見るとリョーマからだ。まるでこちらの気持ちが伝わってきたかのように掛けて来たようだ。
迷わず真田は通話ボタンを押す。

「越前か。今どこにいる?」
「あ、真田さん?部活終わったんだ」
あっけらかんとしたものの言い方に、一瞬拍子抜けしてしまう。
しかしすぐに気を取り直し、「今、どこにいる」と尋ねる。

「学校に向かっている所。美空さんに送ってもらっているんだけど、どっか途中で待ち合わせ出来ないかな」
まだ仁王の幼馴染と一緒ということらしい。
「わかった。何か目印になる場所はないか?そこまで行こう」
「目印……。あ、ちょうど公園がある。ちょっと小さいけど」
場所と特徴から、真田はそれがどこにあるかすぐに見当がついた。
「わかった。そこで待ってろ。すぐに向かう」

急いで公園へと走る。
部活の後で体力はかなり消耗していたが、そんなこと言っていられない。
走って目的地に向かって、リョーマの姿を探す。

「真田さん、こっち!」
「あ……」
先に見付けられて、名前を呼ばれてしまう。
声がした方に視線を向けると、仁王の幼馴染の美空舞子とリョーマが一緒にベンチに座っているのが見えた。

「早かったっすね」
「ああ、急いで来たからな」
「真田君」
舞子は立ち上がって、真田に小さく会釈をした。

「雅治が色々心配掛けているんだってね。私の方からも話、するから。
だからあいつのこと見放さないで欲しいんだ。
中々素直に感情を出すようなやつじゃないから、真田君みたいな友達が必要なんだと思う。
迷惑掛けるけど、雅治のこと頼みたいんだ」

舞子の真剣な目に、真田はわかったというように頷いた。

「俺も仁王が本心でテニスを辞めると言ったとは思っていない。
だが説得がどうにも上手くいかなくて困っている」
「テニス辞めるって言ったの!?本当に?」
「あ、ああ……」
「ったく。何言っているんだか」

溜息をついた後、「説得は任せて」と舞子は言った。

「雅治がテニスを辞めるなんて無いから。今までテニスを楽しんでいたのはよーくわかってる。
だから、少し待っててもらえるかな?」
「ああ」

にこっと笑って舞子は座ったままのリョーマに「今日はありがとね」と言った。
「越前君と話が出来て良かった。また何かあったらよろしくね」
「俺としてはこれで終わってくれるのがいいんだけど」
「うん、そうだね」
「あと、絵の完成も頑張って」
「わかってる。越前君も大会あるんでしょ。頑張って」
「っす」
「じゃあ、私、行くね」

バイバイと手を振って公園を出て行く舞子を見送ってから、
「絵とは何のことだ?」と真田はリョーマに尋ねた。

「ああ。あの人、美術部なんだって。日本を発つ前に仁王さんに贈りたい絵があって、今までそれに掛かり切りだったって言ってた。
もうすぐ完成するみたいだけど」
「そんな話までしたのか」

二人は初対面だったよな?と首を傾げると、
「俺も色々とあの人に話したから」と言われる。
「そうしないと解決出来ない気がしてさ。真田から聞いた話を喋った。
勝手な判断で動いてごめん」
「あ、いや。それは良いのだが、お前ばかりに負担を掛けて申し訳なくて」

たった一日で舞子と接触し、話を付けて来たリョーマと、ここ数日何をやっていたんだと言いたくなる自分の行動をと比較すると情けないやら、恥かしいやら。

「負担?別に大したことないけど」
何てことの無いようにリョーマは言う。
しかも「これで解決しそうだね」と笑顔まで浮かべる。
誰かの為に行動することを負担に思わないのか、と驚かされる。

「やっぱり仁王さんって、美空さんがいなくなるのが寂しいと思う。
居心地の良い家に、気を使わないでいられる幼馴染。失うのが怖いって、少しわかる気がする。
けどずっとこのままってわけにいかない。乗り越えてもらわないと」
「そうだな……」
「テニスを辞めるなんて言ったのには驚いたけど、一時の気の迷いじゃないっすか。
信じて待っててあげて」
「何故、断言出来る?」

自信ありげなリョーマの顔に、真田はその理由を問い掛けた。

「美空さんの絵を見たから」
「絵を?」
「うん」
頷いて、リョーマは言った。

「あれを見たら仁王さんがテニスを辞めるなんて到底思えない。
だから大丈夫」
そう言われても、よくわからない。
だけどリョーマの顔付きに何故か信じられるような気がして、
「わかった」と真田は頷いた。


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