チフネの日記
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2010年06月07日(月) miracle 34  真田リョ

その日、リョーマは部活が終わるや否や適当に片づけを切り上げて急いで立海へと向かった。
単なる予感に過ぎないが、早い所問題を解決した方がいい。
その思いが、足を急かしていた。

(それに大会が始まったら、忙しくて相談に乗れるかどうかもわからない……)

離れている分、すぐに会うというわけにもいかない。
その間に何かあったら、真田一人では対処出来ないだろう。
明日はちゃんと片付けするからと心の中で言い訳して立海へと急ぐ。

何とか道に迷わず辿り着き、今度はテニスコートを探そうときょろきょろしていたその時、
見覚えのある人物が歩いて来るのが見えた。


「あの……仁王さん?」

リョーマの声に仁王は顔を上げる。

「なんじゃ。またお前さんか。何しに来た?」
「真田さんに会いに来たんだけど、部活は?もう終わったんすか?」

昨日聞いた練習時間より、まだ少し早い。今日はたまたま早く終わったのだろうか。
すると仁王は「まだじゃ」と短く返事をして、リョーマの横を通り過ぎようとする。
「ちょっと待ってよ!まだってことなら、あんたはなんでここに居るんだよ」
「うるさいのう」
鬱陶しそうに仁王は顔を顰める。
「俺が何をしようと関係ないじゃろ。それとも何か。真田や幸村に頼まれでもしたんか。
どっちにしろ大きなお世話じゃ」
言われて、リョーマはムッとして言い返した。
「頼まれたわけじゃない。けどあんたのことを心配してる人がいるから、わかって欲しくて」
「それが余計なことなんじゃ。大体もう俺はテニス部とは関係ない」
「関係ない?どういうこと?」

思わず仁王の腕を掴むと、「触るな」と手を払いのけられてしまう。

そこへ「雅治!?無いやってんの!}と立海の制服を着た女子生徒が走って来る。

「舞子……。部活はどうしたんじゃ?」
「今日はもう終わった。それより他校生の子相手に何してるの?見た所、一年生じゃないの」
舞子、と呼ばれた女子生徒の言葉に、仁王はバツの悪そうな顔をする。
「そいつから絡んで来たんじゃ」
「え?」
「用事があるから、俺はもう帰る」
「ちょっと、雅治!」
「じゃあな」

走って仁王は外へと出てしまう。
一瞬の出来事に対応が遅れて、リョーマも引き止めることが出来なかった。

「逃げられたか」
小さく溜息をついてから、舞子がリョーマの方へと向いた。
「君、どこの学校の子?雅治の知り合いなの?」
「あ、いや俺は……」
どう言い訳しようかと考えたところで、ふっと気付く。
この女子生徒が仁王の幼馴染なのではないか。
もしそうなら、話をする必要がある。
そう思って、口を開く。

「あの、俺は青学の一年生で越前って言います。
仁王さんとは友達じゃないけど顔見知りというか、色々訳があって事情を知ってるというか」
「どういうこと?」
「その前に質問したいんだけど、もうすぐ海外に行くっていう幼馴染って、あんたのこと?」
「そう、だけど。なんで君が知ってるの?」

驚く舞子に、リョーマはやっぱりなと頷く。

「実は仁王さんのことで、俺はある人から相談を受けてて。
その悩みを解決するのに、どうしてもあんたの力が必要なんだ」
「ちょ、ちょっと待って」
ストップ、と舞子が両手を軽く上げた。
「いきなり言われても何がなんだかわからない。
一体誰から雅治の相談を受けたって言うの?」
「それは……」
少し迷ったが、リョーマは答えることにした。
隠していたって問題は解決しない。ならばいっその舞子に話した方がいいと考える。

「テニス部の、真田さん」
「真田君が?彼とも知り合いなの?」
「そうっす。元々は幸村さんとの繋がりで友達になったんだけど」
「幸村君とも?じゃあ、もしかして雅治のことで相談したいことって、テニス部絡み?」
こくっと頷くと、舞子は「そっか」と頷く。

「ここじゃなんだから、場所を移動しない?」
「いいけど」
「そういえば私、まだ名乗ってなかったね。
美空舞子、立海の三年生。もうすぐ引越ししちゃうけど」
「はあ……」
「さ、行こっ」
舞子に促される形でリョーマは後に続いて歩いた。
真田にはメールで連絡を入れておこうと考える。
どうせまだ部活の時間だ。
それよりも舞子と話をする方が解決に繋がるヒントを得られる。
上手く行ったら、真田は悩みから解放される。

(早く、そうなるといいけど)
責任ある立場に置かれた真田のことを、リョーマは少し気の毒に思っていた。







「ここが私の家」
しばらく歩いて、舞子はある家の前で立ち止まった。
てっきりファーストフードとか、適当な店で話をすると考えていたが違ったようだ。
「で、隣が雅治の家」
「へえ。本当に近所なんすね」
ふーん、と返事するリョーマに「そうよ」と舞子は笑った。
「さ、入って。引越しの準備で散らかっているけどお茶くらいは出せるから」
「でも」
初対面の人をホイホイ家に上げていいのか?
戸惑うリョーマに「平気平気。雅治の話をちゃんと聞きたいから」と舞子はリョーマの背中を押す。
無理矢理という形で、玄関に入れられる。
ここまで来たのなら仕方無い。
覚悟を決めて、リョーマは靴を脱いだ。

「ただいまー!」
「……お邪魔します」

二人が声を出すと、「あら、舞子。今日は早かったのね。……そちらは?」と母親らしき人が出て来た。
「この子は越前君。雅治の友達。折角訪ねて来たのに留守みたいだから、困っていたんだ。
雅治が帰って来るまでうちで待っててもらってもいいでしょ?」
すると母親は「いいけど、こんな散らかっているのに」と苦笑する。
「舞子、あなたの部屋もまだ片付け終わっていないじゃない。もうすぐだって言うのに。
越前君、こんな所だけどゆっくりしていってね」
「はあ……」
「お母さん、ジュースかなんかはない?」
「冷蔵庫にオレンジとグレープフルーツのジュースならあるけど」
「越前君、どっちがいい?」
舞子の質問に、リョーマは「オレンジかな」と返事する。
「用意するから、先に私の部屋へ行ってて。二階の右側だから」
バタバタとキッチンに向かう舞子に、「こら、お客さんの前でもう少し静かに歩きなさい」と母親が注意する。
「騒々しくてごめんなさいね。何もお構い出来ないけど、ゆっくりしていって」
「はあ……」

軽く会釈すると、母親は舞子の後を追って行く。それを見送ってから、リョーマは言われた部屋へと向かった。
どちらも初対面だというのに、やけにフレンドリーな親子だ。
毒気を抜かれた感じになった。

「お邪魔し、ます……」

本人不在なのに女の子の部屋に入るのは少々気が引ける。
しかし廊下で待っていたら舞子に何か言われそうなので、ゆっくりとドアを開ける。
すると流れてきた匂いに、リョーマは顔を顰めた。
どこかで嗅いだような、そうだ美術室と同じなんだと気付いた。
部屋にはいくつかの段ボール箱が積まれ、隅っこに布で覆われたキャンバスがある。
何の絵を描いているのだろうか?
勝手に見るのは悪いので、じっと布を見詰めていると、
「お待たせー」と舞子がトレイを持ってやって来た。

「本当に散らかっているでしょ?いざとなると色んな物が出て来て中々片づけが進まなくってさ。
空いている所に座ってくれる?椅子が無いからクッションでいいかな」
クッションを渡され、リョーマはそれを床に置いて座った。

「はい、オレンジジュース」
「どうも、っす」

トレイを勧められ、リョーマはストローが差してあるグラスを手に取った。
一口飲むと、程好い甘さと酸味が広がっていく。渇いた喉が潤され、一息ついた気分だ。
そこでやっと話をしようという気持ちになった。

「美空さんって」
「ん?」
「誰に対してもこんな感じなんすか?俺達は今日初めて会ったのに、家に上げるとか……。
俺の方が驚かされたんだけど」
「でも越前君は雅治の知り合いなんだから、初対面とはちょっと違うよ」
「そう、じゃなくて」

何?というように首を傾げる舞子に、リョーマは溜息をつく。
舞子の母親との会話を聞いててなんとなく思ったのだが、人を疑ったりすることはしないのか。
善意と親しみを持って相手に接する、それが自然に出来る人なのだろう。
良い人なんだよね……、とリョーマは舞子のことをそんな風に分析して、話題を変えることにした。

「あー、仁王さんってこの家によく来るんすか?」
舞子は「うん」と即答sた。
「小学生の頃からお互いの家を行き来しているから、それが当たり前になってる。
私が絵を描いている横で、雅治が宿題やったりゲームやったりと、一緒にいても会話が無い時もあるけどね。それも普通なんだ」
「ふーん」
「今の話、相談の内容に何か関係ある?」
問われて、「そう、かも」とリョーマは頷いた。

「俺の口から言うべきことじゃないかもしれない。
でも仁王さんが今の状態になって困っている人がいるんだ。俺はその悩みを解決してあげたい。
だらら美空さんにも手を貸して欲しい」
「わかった。まず、最初から聞かせて」

背筋を伸ばして座り直す舞子に、リョーマはこれまで真田から聞いた出来事を説明する。
今の仁王をどうにかする為には、この幼馴染の助力がどうしても必要だと判断したからだ。


チフネ