チフネの日記
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2010年06月06日(日) miracle 33  真田リョ

「仁王さん……?」

思いの外早く出て来た仁王の姿に、リョーマはベンチから立ち上がった。
まさか。話もしないで出て来たのだろうか。
そんな気持ちが伝わったのか、仁王はこちらを向いて「もう終わったぜよ」と言った。

「ちゃんと話もしてきた。だからもうお前は幸村の所に行きんしゃい」
「でも」
「俺はもう帰る」

片手を上げて仁王はエレベーターのある方へと歩いて行く。
一瞬追い掛けようかと思ったが、思い止まった。
引き止めても、自分には何も話してくれないだろう。
今は幸村の所へ行った方がいい。
何かわかるかもしれない。


ノックするとすぐに「どうぞ」と幸村の声が聞こえた。
ドアを開けると、柔和な笑みを浮かべた幸村と目が合う。
そして幸村はベッドから降りて、小型の冷蔵庫からジュースを取り出した。

「何か飲む?君が来た時の為に色々用意しておいたんだけど」
「じゃあ、ファンタ……、ってそうじゃなくて」
「どうしたの?」
「今ここに仁王さんが来たと思うんだけど」

幸村は笑顔のまま「ハイ」とファンタを手渡しして来た。
それを受け取りながらも、誤魔化されないぞというようにじっと幸村の顔を見詰める。

「うん、わかってる。仁王から君が来てることを教えてもらったからね。
それで、何?」
「仁王さんは、相談事があってここに来たと思うんだ。
この間も、お見舞いの帰りにすぐそこの駅で見掛けたから……。
幸村さんにだけ伝えたいことがあったんじゃないかって」
「仁王のこと、心配してくれているんだ?」

不思議そうに言う幸村に、「まあ、ね」と曖昧に頷く。

「幸村さんにも真田さんにも無関係なことじゃないでしょ。
だからちょっと気に掛かるっていうのかな」
「君は優しいね」

それはからかっているような言い方ではなく、どこか溜息交じりに聞こえた。
余所の学校の問題に首を突っ込むことを呆れている?
そう思ってリョーマが顔を上げると、「大丈夫」と幸村は言った。

「仁王とちゃんと話したよ。具体的な内容は言えないけど、解決はした。
あいつももう吹っ切れたんじゃないかな」
「そう、っすか」

腑に落ちないが、この場で幸村を疑うことは出来ない。
もしかしたら仁王も本当の悩みを隠して、別の話をして誤魔化したかもしれない。
何が本当なのかは、リョーマにはわからない。

「ところでもうすぐ都大会なんだろう?調子はどう?」
「あ、うん。毎日頑張ってる……」

話題を変えられ、仕方なく仁王のことを聞くのは諦めた。
ここで考えてもしょうがない。
後で真田に電話をして、今日の出来事を言おうと決める。
幸村にぴったりと張り付かれたままベッドに腰掛け、会話している間もリョーマはどう話したものかなと考えていた。










その夜。
真田は未だに仁王と上手く会話出来ないことに悶々として悩んでいた。
県大会をこんな調子で乗り切ることが出来るのだろうか。
しかし仁王の実力を考えると、メンタル面で不安というだけでレギュラーから外すわけにはいかない。
そんなことをしたらまた他の部員達から反発されるだろう。
困ったなと悩んでいると、携帯が着信を知らせた。
表示されたリョーマの名前に急いで出ると、「越前っす。今、いいっすか?」と声変わり前のあどけない声が聞こえて来た。

「ああ。話しをしても大丈夫だ」
「そうっすか。良かった」
「何か、あったのか?」
「それが、今日のことなんだけど」

リョーマの話を聞いて、真田は少なからず驚いた。
仁王はやはり幸村だけに相談をしたかったのか。
自分では頼りにならないと判断されたも同然だ。
がっかりしつつも、「では幸村と話をしたのなら、解決したのだろう」とリョーマに返事をした。
こんなことで不満を持つなんて、リョーマに狭量だと思われたくないからだ。

「いや、それが解決したわけじゃないっていう感じゃないような」
「どういう意味だ?」
「それが病室から出て来た仁王さんの顔が、ちっともすっきりしたように見えなくって……。
もしかしたら根本的なことは何も話さなかったのかもしれない」
「しかし幸村に任せておけば大丈夫だろう。
俺なんかよりもよっぽど信頼されているからな」

さっき卑屈な所は見せないと考えたばかりだったのに、思わず本音をぽろっと零してしまう。
すると「何言ってんすか」とリョーマが少し怒った声を出した。

「あんたが立海を纏めようと必死だってことはちゃんとわかってる。
なんか、ってそんな風に思うのは間違ってる。
真田さんはちゃんと頑張ってるよ。それを認めようとしない奴がいたら、俺が代わりに怒ってやる。
勿論、あんた自身だって例外じゃない。だから、自分の方が負けてるみたいなんて言うな」

リョーマの言葉に、真田は「そうだな」と静かに返事をした。
こんなにも自分の為に怒ってくれる彼の前で言うべきことじゃなかった。
もっと自信をもたなければ、と強く思う。
どうしても幸村とつい比較し、上手く出来ないことでやはり無理なのかと卑下していた。
もう、変わらなければならない。
少なくともここに一人、わかってくれる友人がいる。
その気持ちに応える為にも、幸村と比較して落ち込むのは止めよう。

「お前と話していると色々考えが変わることがあるな」
「えっ、何が?」
「いや、こっちの話だ。それより明日、会えないだろうか」

素直に出た気持ちだった。
特に重要な相談があるわけではない。
だけど、リョーマに会いたかった。
顔を見るだけでいい。
それだけでもっと自信が持てて、不安が消える気がした。

しかしリョーマのいる青学と立海とでは距離が離れている。
すぐに思い直し、「今のはちょっとした間違いだった。すまん」と言い直す。
「え、別に構わないけど。そっちの練習が終わるのって何時?」
「19時だが。本当にいいんだ、言ってみただけで」
「青学の方が終わるの早いから、俺がそっちに行くよ。立海ってどの辺にあるんすか?」
「だから無理して来ることは無いと言っているだろうが」
「無理してなんか無いっすよ?」

何言ってんの、とリョーマはあっけらかんと言う。

「相談ならいつでも乗るって言ったじゃん。直接会って話ししたら、また別の意見も出て来るかもしれない。
だから、そっちに行く」
「いや、それなら俺が青学の方に」
「だから練習終わるのこっちが早いんだって。あんたがこっち来るまで待ってろって言うの?」
「……」

ほぼ押し切られる形で立海の場所と落ち合う時間を決めた。

でも、明日はリョーマに会える。
そう考えると、なんだかそわそわするような、嬉しい気持ちになるから不思議だ。
親友とは、こういう関係を指すのだろうか?

今まで会った人達と、リョーマはまた別の特別なポジションにいる気がする。
それが何なのかわからない。

(親友の、そのもっと上の存在って何になるんだ……?)

そんなことを考えながら真田は早起きする為に布団に入った。






そして翌朝。
予期しない事態が、真田を待ち受けることになる。

朝練前に仁王に柳と揃って呼び出されたと思ったら。

「何だ、これは」
「退部届けだな」
「見ればわかる。どういうことかと仁王に聞いているんだ」
「……」

差し出された退部届け。無理矢理、仁王に押し付けられる形で受け取ったものの、納得出来るはずがない。

「本気なのか、仁王」
柳の言葉に、仁王は「ああ」と頷く。

「このまま在籍しても期待に応えられんのはわかっとる。
俺がいたら、返って足手まといになるのも。
だからこれが一番良い方法なんじゃ」
「お前、何を言っているのかわかっているのか!県大会はもうすぐなのに、どうして」
「よせ、弦一郎」

大声を上げた真田を、柳は手で制した。

「これは一旦預かっておく。だがしばらくは休部扱いにさせて欲しい。
今、お前が辞めることを発表したら皆も動揺するからな。
その位は譲歩しても良いはずだ」
「ああ、構わんぜよ」
「体調が優れないという理由にしておく。お前もそれで合わせておいてくれ」
「了承した。何か言われても、そこは上手く誤魔化しておく」

もう朝練に出る気も無いのだろう。
仁王は校舎に向かって歩き出す。
HRが始まるまで、どこかで時間を潰すつもりなのかもしれない。

仁王の姿が見えなくなった所で、真田は柳に向き直った。

「蓮二、俺は認めていないぞ。退部などありえん。仁王は何を考えているんだ!」

頭を抱える真田に「俺だって認めたわけじゃない」と柳は言った。

「だった何故退部届けを受け取った?休部扱いだと?そんな勝手は許さん」
「しかし今から説得した所で仁王は聞き入れてはくれないだろう。
むしろ状況が悪化するだけだ。
皆に知られたらそれこそ大事になる。
多分、お前が辞めさせたんだと、そう解釈されるだろうな」
「それは……」
「俺の取った策が間違いだと言いたいのか?」


言い返すことが出来ない。
たしかに騒ぎ立てても仁王は考えを改めないだろう。
ここは一旦引く方が良さそうだ。

「すまない。少し感情的になってしまった」
「構わないさ。それより仁王の説得の方法を考えよう。
例の幼馴染にも当ってみることも検討するべきかもしれないな」
「そうだな。ところで彼女はいつ出発のかはわかっているのか?」
「それがだな、あまり時間は残されていないようだ」
「……」

ついていないとしか言えない。
今でさえ不安定な仁王が、その幼馴染がいなくなったところでどうなるのか。
考えたくも無い。


朝練が始まり、柳の口から仁王がしばらく休むということが皆に伝えられた。
柳から言ったおかげか、皆も納得したようで今のところそんなに騒ぎにはならずに済む。
自分が発表したらどうなっていたか。また反発されていたのか。
そんなことを考え、真田は軽く首を振った。
昨日、リョーマに言われたのにまたそんなつまらないことが浮かんでしまった。
誰かと比べてどうとか、悩む前にまず動かなければ。
この事態を良い方向へ導く為の回答を出そう。

ぱしっと両手で頬を軽く叩いて、ラケットを手に取る。

簡単に解決出来るものではないが、立ち止まっている場合ではない。
前に進んで行こう。

いつも以上の気合いを入れている真田に、
周囲が何かあったのかと興味本位の視線を向ける。
それにすら気付かないまま、真田はひたすら練習に打ち込んで行った。


チフネ