チフネの日記
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2010年06月05日(土) miracle 32  真田リョ

もうすぐ都大会が始まる。
そうなったら幸村の所に行くのは難しくなるだろう。

今日は病院に行くかどうしようかと、リョーマは考えていた。
毎日電話は掛かって来るが、それだけでは足りないと幸村は言う。

「君の顔が見たいんだ」

本当に甘えんぼなんだと、苦笑してしまう。
真田の前ではそんな素振りも見せないくせに、自分と二人きりの時は妙にスキンシップが激しく、べたべたと引っ付いてくる。
そういうのは好きな子を相手にすればいいのに。
でも幸村に釣り合う女の子となると、かなりレベル高い容姿の持ち主じゃないと釣り合わないなーと考える。

「越前。何をボーっとしているの?」

ふっと目の前に差した影に、リョーマは驚いて顔を上げた。

「不二先輩」
笑顔の裏で何を考えているかわからない不二に、思わず一歩下がる。
この先輩は苦手だ。
知ってか知らずか、不二はにこにこと笑いながら更に近付いて来た。

「ぼんやりしちゃって。疲れたのかな?」
「そういうわけじゃ、ないけど」
「だったら何を考えていたか、教えてくれる?」
「えっ?何でっすか」
「純粋な好奇心だよ」
「……」

駄目だ、この人。話が通じない。
妙に楽しそうな顔をしている不二に、厄介な人に目を付けられたと、顔を引き攣らせる。
取り合えず、どう逃げようか。
トイレでも行く振りをして……、駄目だ、きっとついて来る。
仮病を使う。これも付き添って来るから駄目。
良い策は無いかと唇を噛む。
すると、「越前。次、コートに入れ!」と手塚に名前を呼ばれた。

「はい!」

大きな声で返事をし、ラケットを握ってコートに走る。
良かった。とりあえずこの場は逃げることが出来た。
ほっとして、練習に集中する。





「不二ー。おチビちゃんのこと見てんの?」
リョーマと入れ替わりにコートから出た菊丸が、楽しげに笑っている不二を見て首を傾げる。
「うん。なんか越前って構いたくなるんだよね。いじりがいがありそうで」
「おチビ、気の毒に……」
「なんか言った?」
「なーんにも」

くすくす笑う不二に、絶対巻き込まれないように気をつけようと菊丸は思った。












部活が終わって直ぐに、リョーマは神奈川行きの電車に飛び乗った。
不二が意味ありげに見ていたのには気付いたが、無視して急いで着替えた。

(なんなの、あの人。やたら絡んでくるけど言いたいことがあるならはっきり言えよな)

しかしこれといった実害はない。
時折うっとうしい言葉を掛けて来るくらいだから、やり過ごせるレベルだ。
放っておこうと決めて、目的の駅まで電車に揺られる。

到着して、すぐに病院へとリョーマは走った。
ドアが開いているエレベーターに滑り込もうとしたところで、先客がいることに気付く。

「あ」

思わず声が出た。
よりによってそこに居たのは、仁王だった。ついこの間会ったばかりなので、さすがに覚えている。
向こうもリョーマに気付き、驚いたように見つめて来る。

「幸村さんの、お見舞いっすか?」

ドアが静かに閉まり、上に昇り始めたところでリョーマは仁王に話し掛けた。

「そうじゃが。お前さんもか?なら、俺は遠慮させてもらおうかの」
「ちょ、ちょっと待ってよ。何言ってんの?」

なんでそんなこと言うのかと目を丸くすると、仁王は無表情のまま口を開いた。

「幸村の見舞いなら一人で十分じゃろ。俺は帰るから、気にしなさんな」
「二人で行けば済むことなんじゃ……」
「お邪魔だろうからな。やっぱり帰るわ」
「邪魔とか、そんな問題じゃないっすよ。なんで帰るんすか?」

はあ、とリョーマは溜息をつく。

「幸村さんに会いに来たんでしょ?二人で話ししたいことがあるなら、会いに行けば?
俺は話が終わるまで待ってるからさ。会って行きなよ」

リョーマの言葉を、仁王は鼻で笑った。

「俺が行くよりもお前が顔を見せた方が幸村は喜ぶ。
だから帰ると言っているんじゃ」
「はあ?」
「とにかく俺は」

エレベーターが目的の階に着いた。
そのまま下の階のボタンを押そうとした仁王の腕をリョーマは強引に掴んだ。
そしてさっと外へと引きずり出す。

「お前、さっきから何を」
「幸村さんの所に行って」
真剣に訴える。
「話が終わるまで、俺はここで待ってるから」
そう言って廊下に置いてあるベンチを指差す。
「ゆっくり話して来ていいよ。俺はそれまで病室に入るつもりはない。
あんたが出て来るまで待ってる」

リョーマの言動に仁王は目を丸くしえ、「変な奴じゃな」と薄く笑った。

「けど俺は話すことなんて、本当に無いんじゃ」
「ごちゃごちゃ言っていないで、幸村さんの所に行ったら?」

リョーマはどっかりとベンチに座り込んだ。
仁王は少しの間じっと立っていたが、諦めたように幸村の病室に向かって歩き出す。

(やれやれ。真田さんもそうだけど、何で気楽に悩みを打ち明けることが出来ない人ばっかりなんだ)

相談したいのなら、さくっと言えばいいのに。
変なの、とリョーマは膝に肘をついて顔を乗せた。
立海大付属は悩み多き人の集まりなのか、なんて思った。














ノックの音に、幸村は顔を上げた。

今日は誰かが来るという約束はしていない。
だけどもしかしてという期待はあった。
リョーマかもしれない。そう思うと胸が高鳴る。

「はい」

返事をするとドアがゆっくりと開く。そこに立っていたのは、仁王だった。

なんだ、とがっかりして肩を落とすと「あのチビと勘違いしたんか」と言われる。

「そんなことはないよ」
「嘘じゃな。顔に書いてある。期待外れで悪かったな。
けど、あのチビならすぐそこにおるよ。後で会える」
「それ、どういうこと?」

来ているなら何故リョーマは入ってこないんだろう。
眉を寄せる幸村に、仁王は溜息をつきながら説明をする。


「エレベーターで一緒になったんだけど、俺が帰ると言ったら引き止められてな。
お前さんと話ししろの一点張りじゃ。
振り切って帰ろうとしたら騒ぎ出しそうなんで、とりあえず来たってわけじゃ。
適当に切り上げたら俺は帰る。そしたらあのチビが入れ替わりで来ることになっとる。
心配はいらんぜよ」
「ふーん」

幸村は仁王をじっと見詰めて言った。

「僕に話があるってことなんだよね?内容は?」
「いや、それは……。あのチビが勝手な解釈しただけで」
「嘘だね」
きっぱりと次げる。
「彼が気付く位だ。何か言いたいことがあってここに来たんだろ?
ちゃんと話をしてくれないと、後で聞かれた時に返答に困るじゃないか。
さ、詳しく聞かせてもらおうか」
「俺の心配より、あのチビにどう思われるかどうかの方が重要なのか」
「そういうことになるね」

笑顔で言う幸村に、仁王は「正直じゃな」と軽く首を振った。

「まあ、いい。俺の頼みも大概勝手なものじゃからな」
「頼み?」
「ああ。今度の件大会のメンバーから俺は外してもらえんかの」

予想外の言葉に、幸村もさすがに絶句する。
冗談を言っているように見えないから、余計に困ってしまう。

「それは、どうして?」
「やる気の無い奴を出して、うちが負けることになったら取り返しがつかんからの。
お前さんから柳と真田に話してもらえんか」
「出来ないよ」
ぴしゃり、と拒絶する。

「自分で言えばいい。俺に言うのはお門違いだ」
「けど、それじゃ納得してもらえん」
「だろうね。でも、よりによって俺に言うことはないだろう?
試合に出たくても出られない。そんな状態の人によく言えるね。
やる気が無い?
だったらもうテニス部を辞めたら?その位の覚悟で訴えれば、柳達も考えてくれるだろうよ」
「幸村……」

コートに戻りたい。ラケットを握りたい。走って駆け回りたい。
一つも叶わない自分に対して、仁王はどれだけ残酷なことを言ったのかわからないのか。

怒りを込めた目で見上げると、さすがに理解したらしく、
「すまん……」と頭を下げる。

「俺が考えなしじゃったようじゃ。出直して来る……」
「そうだね。頭を冷やすべきだ」
「容赦ないの。けど、おかげで冷静になれた」
「そう。良かったね」

のろのろと病室を出て行く仁王の背中に、
「彼をちゃんと呼んで来てよ」と声を掛ける。

どんなことで悩んでいるか知らないが、
よりによってこの自分に「試合に出たくない」なんてよく言えたものだ。

結局、皆は心配してくれているようで、こちらの気持ちなどわかってくれない。


(でも、構わない。側に居て欲しいのは一人だけだから)

リョーマさえいてくれれば、救われる。他の誰もいらない。

早く来ないかなと、病室のドアを眺める。

リョーマの顔を見たら、この鬱屈した気持ちもすぐに晴れるような気がした。


チフネ