チフネの日記
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2010年06月03日(木) miracle 30  真田リョ

駅へと向かって歩いている間、リョーマの機嫌が上向きになっていることに真田は気付いた。

病室では少し元気が無かったようだが、何か考え事でもあったのだろうか。
もしかして幸村の気持ちを知って、どう応えるか悩んでいるのかと思ったが、
そういうわけでも無さそうだ。

『だからそんな友達がいる幸村さんが……少し羨ましいかも』

リョーマの言葉を思い返し、おかしなことを言うものだと軽く首を振った。
もうリョーマのことは大切な友人だと認識している。
何かあったら全力で助けてやりたい、駆けつけてやりたいとも思っている。
羨むことなんて無いのに、一体何を言い出すのだろう。

しかし今は落ち着いているようなので、やはり本音で語って良かったと真田は思った。
リョーマ自身も何か色々思うことがあるかもしれない。
出来る限り、力になってやろうと心に誓う。
立海の件で色々思い悩む時も、リョーマは黙って話を聞いてくれた。
心救われたことも度々あった。
もしリョーマが何かで悩んでいるというのなら、惜しみなく手を差し伸べたいと考えている。


「ねえ、あの人って……」

不意に足を止めたリョーマに、真田は「どうした」と声を掛ける。
リョーマは駅前のベンチに座って項垂れてる人物を指差して、「幸村さんの所で見たことある人なんだけど」と言った。
「同じ学校の人だよね?」
「あれは……」

顔は伏せているが、髪型でそれが仁王だと気付く。
こんな所で何をしているのだろう。
誰かと待ち合わせしているわけでも無さそうだ。
かといって、幸村の見舞いに行こうとしている感じでもない。

「具合でも悪いのかな?声掛けた方がよくない?」
「いや、しかし……」

仁王には、必要最低限以外は関わらない方が良いと考えていた。
以前あった一件から、あまりうるさく言うのはトラブルの元だということに、真田も気付いていた。
今は割りと部内が落ち着いている分、波風を立たせたくないと思ってしまう。
だから仁王に駆け寄るのを躊躇し、足を動かすことが出来ない。

そんな真田に気付かず、
「どうかしたんすか?」とリョーマはスタスタと歩いて仁王に近付く。

「具合でも悪いとか?」
リョーマの声に、仁王はゆっくりと顔を上げる。
迷惑そうなその表情に、真田は慌ててリョーマの元へと走った。
「おい……、越前」
「なんだ、真田か。って、幸村のところで会った、えーっと」
「越前っすけど」
「ああ。そんな名前だったな。俺に何か用か」
「用っていうか。具合悪そうだったから、どうかしたのかと思って」

リョーマの言葉に、仁王はフッと笑った。

「別に。元気じゃよ。少し眠たかっただけじゃ。
用件は済んだか?だったら、もう放っておいてくれ」
「おい、仁王」

そんな言い方はないんじゃないか、と言おうとして真田は止めた。
ここで言い争いして、また険悪になるのを恐れたからだ。
やはり声を掛けるべきではなかったな、と内心で溜息をついた。

しかしそんな真田の様子に気付くことなく、
「幸村さんの見舞いに来たんじゃないんすか?」とリョーマは再び仁王に話し掛ける。

「今なら誰もいないから、行って来れば?」
「……幸村の見舞いは関係ない。たまたま降りたのがこの駅だっただけじゃ」
「そう、っすか。
なんか幸村さんに相談乗って欲しいことでもあるのかと思った」

リョーマがそう言うと、仁王は目を逸らして「そんなことない」と言った。
「けど」
「もういい。お前らがここに居るのなら、俺が移動する」

いつも飄々としている仁王にしては珍しく、苛立ったように立ち上がる。
そして病院とは逆の方向に向かって歩き出す。
本当に幸村の見舞いに来たわけじゃなかったのか。

首を傾げる真田に、「あの人、やっぱり何か言いたいことあるんじゃないかな」とリョーマは言った。

「悩んでいるように見えたけど、幸村さんに相談しに来た所だと思うんだけど」
「そうだとしても本人が話したくないのに、無理に聞き出すことは無いんじゃないか」

近付いたところで、今のようにきっと拒絶されるだろう。
それでまた部活に顔を出さなくなったら、元も子も無い。
今のところ、仁王は練習にだけはちゃんと出ている。
このままでいい、と真田は思ったが、リョーマは眉を寄せて「けど、なんか引っ掛かる……」と呟く。

「真田さんも、なかなか誰かに相談出来なかったよね?
それに近い気がするんだ。
本音を誰かに見せられない分、苦しんでいそうな気がして」
「……」

それを言われると、少し弱い。
幸村にも柳にも相談することも出来ず、立海の現状を憂うだけで何も出来なかったあの頃。
リョーマという聞き役が居たから、救われた。

(仁王も、そうなのか?)

悩んでいる素振りなど、今まで一度も見せたことなどない。
しかし心中では、どんなことが渦巻いているかなど知ろうともしなかった。
悩みがない、なんて軽々しく言い切れるものじゃない。

(それに今の苛々とした態度……。仁王にしては珍しいものだ。
あれこそが煮詰まっているという証拠ではないか?)

考え込む真田に、「どうしたんすか?」ときょとんとした顔でリョーマが尋ねる。

「いや、お前の言う通りなのかもしれないと思ってな。
そういえば無断で部活を休んでいたのも、あいつなりに理由があったことなのかもしれない。
なのに訳も聞かずに怒ってしまった。
もっとよく話し合えば良かったのに……」
「今からでも間に合うよ」

大丈夫、というようにリョーマが笑う。

「真田さんが部のことを考えてるっていうのは、傍から見てもわかる。
だからちゃんと向き合えば、今の人だってわかってくれるんじゃないの?
きっと悩みも打ち明けてくれると思う」
「それは、どうだかわからんな」

仁王の性格上、そうやすやすと口を割るとも思えない。
それに悩みを抱えているかどうかも、確定していないのだ。

「とにかく明日、話をしてみるとしよう。
県大会も近い。いつまでもあのままでいられると、勝敗にも影響出るかもしれん」

なんとかしなければと拳を握り締める真田に、
「うん、頑張って」とリョーマが励ましの言葉を口にする。

「俺も練習忙しくなるけどさ、何かあったら言ってよ。遠慮せずにさ」
「ああ、……そうする」

自分でも驚く位に素直な言葉が出た。
でもリョーマの前ではもう強がったり、我慢したりすることは無いとわかっているから、
こんな風に簡単に頷くことが出来る。

(さっき、いつでも味方になると言ったが……、助けられているのは、いつでも俺の方だな)

リョーマに出会えて本当に良かった。
もし出会うことがないまま過ごしていたら、今の自分の心はもっと深い迷路に迷い込んでいただろう。
部内をまとめる余裕もなく、もっと酷いことになっていたかもしれない。

「何かあったら、一番に相談する」
「うん」

真っ直ぐな視線を向けてくるリョーマに、年下で小さいけれど頼もしさも感じて。

このような友人と巡り合わせてくれたことに、そっと感謝をした。


















翌日。

真田はまず仁王の様子を観察してみることにした。
いきなり話をしても、昨日のように逃げられる可能性が高い。
今までと変わったところが無いか、まずそこを考えてみることにした。

(詐欺師と呼ばれるだけあって、何を考えているか推測するのも難しい。
蓮二ならばこういうのは得意かもしれないが……)

しかし練習メニューの一切を柳に任せきりにしている以上、他に負担を強いるわけにもいかない。
なんとか解決出来ないものかと唸っていると、
「真田君」と柳生に声を掛けられる。

「あ、ああ。どうかしたのか」
「それはこちらの台詞です。
今日はやけに仁王君のことを熱心に見ているようですが、また彼が何か……」
「いや、違うこちらの事情だ。問題を起こしているとか、そういうわけではない」
「だと良いんですが……」

ふと真田は、表情を曇らせている柳生のことが気になった。
もしかして、何か知っているのかもしれない、と。
ダブルスのパートナーとして柳生は仁王とよく一緒にいる。
もしかして相談を受けているのかと考えて、思い切って口を開く。

「時に柳生。最近、仁王から何か話を打ち明けられたりしていないか」
「それは、どういうことでしょうか?」
「いや、その、仁王の様子は少し変だと思わないか?
それで、お前なら何か聞いているのかと」
「いいえ。私にも何も言ってくれませんよ」
「そ、そうか」

落胆する真田に、柳生は溜息交じりで話す。

「仁王君はそういう人です。誰にも悩みを打ち明けたりしない。
でも真田君も気付く位なんですね。よっぽど、参っているのでしょう」
「何か、知っているのか?」

柳生はゆっくりと頷いた。

「ただの推測に過ぎませんが……」
「もし良かったら、話してもらえないか。解決出来るかもしれない」
「いえ、残念ですがそれは誰もどうすることは出来ないことです」
「それは、一体?」

深刻なことかと身構える真田に、柳生は軽く首を振る。

「真田君から見たら、きっと取るに足りないことでしょう。
知っても、怒ったり呆れたりしないですか?」
「いや、人の悩みをそんな風に受け取ったりはしない。それこそ失礼な話だろう」
「そうでしたね。今のは失言でした」

すみません、と柳生は謝った。

そして再び仁王の方に視線を向けて言った。

「実は、彼の幼馴染がもうすぐ転校するそうです。
簡単に会える距離ではなくなるそうで、多分それで仁王君は落ち込んでいるのだと私はそう考えています」
「……」

柳生の言葉に、真田はどう回答したら良いかわからず黙った。

幼馴染とはいえ、仁王は誰かとの別れを惜しみ、落ち込むような性格とは思えなかった。
むしろサバサバと笑って送り出すような、今までのイメージからそんな風に見えていた。

意外過ぎて、こちらが混乱させられてしまった。


チフネ