チフネの日記
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2010年06月02日(水) miracle 29 真田リョ

「やあ、真田。来てくれたんだ」

言いながらも幸村は掴んでいるリョーマの手を放そうとしない。

何故だろう。
その時に限って、リョーマは不自然なものを感じ取っていた。
常ならば人前で手をんぎられることなど当たり前として受け止めていたのに。
どこか、真田に見せ付けているようにしている。
そんな気がしたのだ。

根拠は無い。
いつも通りの行動なのに、何故そんな風に思ってしまったのか。
リョーマは混乱していた。

真田の方はこちらを見て、「ああ」と納得したように頷いている。

「本当にお前達は仲が良いな。うむ、良いことだ」
「うん、今日もわざわざお見舞いに来てくれたんだ。
しばらく来られないからって。ね、リョーマ?」
「リョーマ……?」

真田が首を傾げるのを見て、
「この前から名前で呼び始めたんだ」と幸村が説明する。

いちいち言う必要なんて無いのに。

どうしてだか、今日の自分は妙に幸村の言葉に反発してしまう。
なんでだろう。
自分でもわからない。

「そうだ。真田もお菓子食べる?母さんが持って来てくれたんだ。
いつもお世話になってるから、そのお礼にどうぞ」
「そうか。ならば断るのも失礼だな。頂こう」
「リョーマはぶどうだったよね」
「うん……」

幸村が菓子箱へと移動して、そこでやっと手が解放された。
瞬間、ほっとしてしまう。
そして空いた手をじっと見詰める。
何度も触れられていたのに、こんな気持ちになったことは無かったのに……。

「どうかしたのか?」
「え?」
真田に問い掛けられ、顔を上げる。
心配そうにこちらを見ている視線とぶつかった。

「元気が無いようだが、具合でも悪いのか」
そんな風に言われて、慌てて否定する。
「ううん、平気っす。でも、ちょっと疲れたかも。
今日、こっちの病院も寄って来たところだから」
眼帯が取れた瞼を指差すと、「そうか」と真田は納得したように頷く。

「もう、平気なのか?」
「うん。明日から部活に出られるって。
だからしばらくこっちに来られないって幸村さんに報告しに来た」
「そうなんだよね。リョーマと会えないって聞いて、ショック受けていたんだ」
ハイ、と真田とリョーマの間に割り込むようにして幸村が菓子を渡して来る。
干し葡萄の入ったバターケーキだ。
真田の手には小さなタルトレットが乗せられた。

「あーあ。しばらく会えないなて辛いなあ」
「越前も部活があるから、仕方無いだろう」
真田は一旦幸村を窘めるものの、
「それでも時間ある限り、見舞いに来てやってくれないか」と結局賛同するようなことを言う。

何だよそれ、とリョーマは横を向いて「オフの時には来るっすよ」と答えた。

「良かったな、幸村」
「うん。さっきもそう言ってくれた。
俺の為に休日は空けといてくれるんだって。ね、リョーマ?」
「……まあ」

自分が言ったこととニュアンスが違うような気がしたが、否定はしなかった。
真田が嬉しそうにしているから、水を差すのも悪いと思ったからだ。



しかしその後もおかしな時間が続いた。
真田はやたらと幸村とリョーマを仲良くさせようとして不自然な言動が目立つし、
幸村はリョーマとの親密さを真田にアピールしているように見えた。

おかしい、何か変だと思いつつもリョーマは口に出すことが出来ずに、
ぎこちなく時間だけが過ぎて行く。

そろそろ帰宅する頃に差し掛かり、もういいだろうと椅子から立ち上がる。
いつもならまだいいかなと思うが、今日は別だ。
この空気に耐えられない。
さっさと帰ってしまいたかった。

「俺、帰るね!」
宣言すると、
「えー、もう少しいいんじゃない」と幸村が引き止めに掛かって来た。
「そうだぞ、越前。少しだけでもいいから、居てやってくれないか。
何なら俺が外に出よう」
後押しする真田の言葉にも、リョーマは頷くことは出来ない。
「ううん。今日は夕飯早いって聞いてるから、無理っす」
「そう……なら、仕方無いね」

寂しそうに言う幸村に、少し心が痛む。
けど今日は、一刻も早く解放されたいという気持ちが勝った。

「また、来るから」
「うん。必ず来てね」
ぎゅっと、また手を取られる。
思わず引っ込めそうになるのを我慢する。

(本当に俺、どうしたんだろう……)

嫌だなんて思ったこと一度も無いのに、何故か触れてくる幸村の手を疎ましく感じた。
離れた瞬間、「じゃあね」と平常を装って病室から外へ出る。


「なんか……疲れた」
エレベーターの壁に凭れ、ぐったりと息を吐く。

試合の時よりも疲れた気がする。
一体、なんだったんだろう。
幸村はいつもと少し違っていた。
しばらく来られないと言ったからだろうか。
それにしては、真田も変だった。
幸村とやたらと近付けさせようとしていたように感じた。
一体、何が目的だというのだろう。
二人の考えていることが、さっぱりわからない。

(今更、幸村さんと仲良くって……?一体、何を考えているんだか)

よくわからない、と肩を落とす。
何か思うところあれば、言ってくれればいいのに。
そうじゃなきゃわからないよ、と顔を顰めた。

やがてエレベーターは一階に到着した。
静かに扉が開き、外へと足を踏み出したその時、
こちらに駆け寄ってくる足音に気付く。

「越前っ、ちょっと待ってくれ!」
「真田さん!?」
走って来た人物は真田だった。
大声を出したことで、注目を浴びる。
非難めいた視線に、ここは病院だったと慌てて口を閉じる。
そして声を潜め、「とりあえず外に出た方が良くないっすか?」と告げた。

真田も多くの視線に気付き、黙って頷く。
そして足並み揃えて、ロビーから外へと出た。

「追い掛けて来るなんてびっくりしたっす。どうかしたんすか?」
人気が無いことを確認し、そう尋ねると真田は困ったような顔になった。

「お前の様子が気になったから、つい追い掛けてしまった。
驚かせてしまって、すまない」
「それはいいんだけど、わざわざ階段を使って来たんすか?」

エレベーターが到着すると同時に来たのだから、よっぽど急いで来たのだろう。
ドタドタと足音を立てて駆け下りる真田を想像して、
よく途中で静かにしろと怒られなかったな、と思った。

「仕方無いだろう。お前があんな帰り方をするから、幸村が心配していたんだ。
何か気に障ったことをしたのかと、悩んでいた」
「そういうわけじゃないけど」
ぷいっと、リョーマは横を向いた。

ただの気のせいかもしれない。
勝手に変な雰囲気のように受け取って避けているのを知られるのが嫌だった。
ごにょごにょと口の中で言い訳をする。

「それに俺なんている必要ないんじゃないの。真田さんが一人居れば、充分でしょ」
「俺なんかよりも、お前が側に居る方が幸村は喜ぶと思うぞ」

真顔で言う真田に、リョーマは首を横に振った。

「そうかな。
俺なんかより真田さんの方がずっと付き合い長いし、親身で頼りにもなる。
今だって、そうやって幸村さんのことちゃんと考えているでしょ。
味方にいれば、心強いと思う。寂しいなんて、考えたりしないはず。
だからそんな友達がいる幸村さんが……少し羨ましいかも」

口に出してみて、初めて気付く。
モヤモヤしていたのは、真田という友人がいても尚、幸村がこっちにも側にいて欲しいなんてわがままを言っているからだ。
贅沢だといってやりたい。

―――でも、言えない。
病院から出られない彼の心の寂しさは、わかっているつもりだ。

(幸村さんにあんな態度取って悪いことしちゃったな)

今度改めてフォローしようと、心に留めておく。
勝手に拗ねて心配まで掛けた自分に落ち込んでいると、
こつんと頭に拳を当てられる。

「真田さん?」
「羨む必要など無いぞ」
「え?」
「お前も幸村と同じ位、その、大切な友人だ。
何かあったら必ずお前の味方になってやる。遠慮なく、頼ればいい」

今まで散々相談持ち掛けておいて、偉そうなことは言えないが、と真田は少し気まずそうな顔をした。

「しかしお前の為なら惜しみなく手を貸そう。
約束する。
俺は最後までお前の味方だ」

照れも恥も無く言い切る真田に、目を見開く。

きっと本心から言っているんだろう。
嘘とか、その場凌ぎの誤魔化しとか考えたことも無さそうな人だ。
こんなくさい台詞、今時口にする人なんていないと笑う者もいるかもしれない。
けど、リョーマは笑わなかった。
真剣に言ってくれた真田の気持ちをバカにしたり、軽んじたりするなんて、
どうして出来ようか。

「ありがとう……」

小さな声だけど口に出すと、真田はどこかほっとしたように笑う。



この誠実な人が苦しんだり、傷付いたりすることが無いように―――。

ふと、そんな思いが心の中に浮かんだ。


チフネ