チフネの日記
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2010年05月29日(土) miracle 25 真田リョ

こちらに向かって走って来るリョーマに、真田は軽く手を上げてみせた。
小さな彼が一生懸命に走っている姿は、微笑ましいというか、小動物がちょこまかと動いているようにも見えて、可愛らしい。


「真田さん!」

いきなり大声を出されて、真田はハッと我に返った。

リョーマはすぐ真正面に立っている。
真田がぼうっとしている間に、移動していたようだ。
不思議そうな顔をして、こちらを覗きこんで来ている。

「どうかしたんすか?」
「いや、……なんでもない」

たるんどる、と真田は心の中で呟く。

今日は幸村の為に来たのだから、ぼんやりしている場合ではない。
気合を入れなければ……、とぐっと拳を握り締めた。

「それより、どこかで座って話をしないか?」
「いいけど。じゃあ、マックに」
「もう少し落ち着いた所にしないか……?ああいう所は賑やか過ぎてどうも性に合わん」

以前、リョーマい無理矢理連れて行かれたことを思い出し、顔を引き攣らせる。
周りの客が遠慮なく大きな声で会話していたのもあって、あまり良い印象を持っていない。
あれでは落ち着いて話が出来ない。

渋る真田に、「じゃあ、ファミレスは?」とリョーマは別の案を出す。

しかしそこもちょっと……と、真田は顔を顰める。
ファミレスも似たような場所だ。
案を出してもらって申し訳ないが、却下させてもらった。

「じゃあ、どこならいいんすか?俺、この辺の店とか知らないから真田さんが決めてよ」

最もな言い分に、真田は声を詰まらせる。
文句を言うのなら、自分が店を指定しなければならない。

だが、真田だって飲食店に詳しいわけではない。
寄り道など、したことないのだから。
チームメイト達は隠れて飲食しているようだが、それも校則違反だと前から憤慨していた。

でもこんな時、何も知らないとなると困ってしまう。
落ち着いて話が出来る所とはどこだ、と考えても思いつかない。
どうしたものかと、額にじわっと汗が滲んだ。

「真田さん?何で黙っているんすか?」

訝しい顔をするリョーマに、焦ってしまう。
早く、どこに行くかを言わなければ。
どこでもいい。ファミレスやファーストフード以外なら。
必死で考えていると、ふと一つの店を思い出す。

「越前は……和菓子は好きか?」
「和菓子?」
首を傾げるリョーマに、
「その、母が良く買って来る店で、喫茶スペースがあることを思い出した。
ぜんざいが美味しいと聞いているのだが、よ、良かったらどうだ」と噛みながら説明をする。

「ふうん。ま、いいよ。どこでも」
「いや、乗り気でないのなら他でも構わないのだが」
「ううん。そこに行きたい。ぜんざいって食べたこと無いから」
「無いのか」
「うん。だからすごく興味ある」
「そうか……」

ぜんざいを食べたことがないとは珍しい、と真田は思った。
人それぞれ事情はあるかと納得して、店へと向かう。
何にしろリョーマが行きたいと言ってくれて、ほっとしている。
幸いにも店は駅から近いので、帰宅するのにも困ることはないだろう。

数分程歩いて、二人は目的地に到着した。

「ここだ」

和風の店構えにリョーマは「へえー」と、物珍しそうにきょろきょろと視線を彷徨わせている。
ここの最中や羊羹は祖父のお気に入りで、母は買い物ついでに良く買って来るのだ。
喫茶限定メニューも美味しいのよ、とかなり前に話してくれたのを覚えていて良かった。

中に入ると、客の姿はほとんどいない。
お茶の時間にはもう遅いからだろうか。
これなら落ち着いて話が出来ると安堵して、案内された席に着く。

メニューを真剣に眺めているリョーマに、
「何でも好きなものを頼めばいい」と、真田は言った。
「ここは俺のおごりだ」
「えっ、でも」
「誘ったのは俺の方だ。遠慮をすることはない」

するとリョーマの顔がパッと明るく輝く。

初めて会った頃は無愛想な子供だという印象が強かったが、
こうして友人として付き合ってみると、案外色んな表情を表に出すのだとわかった。
見ていて飽きないな、と真田はひっそりと笑った。

「じゃあ、えーっとこの抹茶あんみつにする」
「ぜんざいにしないのか」
最初にそれが美味しいと伝えたのだが、少し値段が高いから遠慮して頼まないのかと考えた。
しかしリョーマは「それは今度にする」とメニューを真田の方へと向けた。

今度。
また会えるのかと、ドキッとさせられる。

(何をバカなことを。友人なら普通の会話の流れではないか)

気を静めようと、下を向いてメニューを睨む。

真田の様子に気付くことなく、リョーマは普通に話し掛けて来る。

「ぜんざいって、量が多そうだから今日は止めておくよ。
さっき幸村さんの所でお菓子を食べたばかりだから。
けどあんみつなら入るかなと思って。美味しそうだったし」
「幸村の所に行っていたのか?」
思わず顔を上げた。
リョーマはこくんと頷く。
「うん。お見舞いに。
そうそう、今度二人で一緒に行こうよ。楽しみにしてるって幸村さん、言ってたよ」
「そうか……。そう、だな」

幸村が待っていると言ってくれるのなら二人で見舞いに行くのも良いかもしれない。
しかしリョーマが一人で来る方が嬉しいのではないか?と考える。

(ひょっとして越前と二人きりでいると緊張するのかもしれん。
俺がそこに入って和ませるようにと、それを期待しているのか?
だとしたら重要な役割だ。
出来るかどうかわからないが、やってみよう)

これも友情の為だと、真田は静かに燃えていた。


それから注文を取りに来た店員に希望の品を告げ、改めて二人は向き直った。

「で、話って何すか?」
リョーマは水を飲みながら、今回呼び出された訳を尋ねて来る。
「立海の件じゃないんだよね。他に悩みでも出来たとか?」
「それが……」

どう切り出そうかと、真田は考えた。
こういう問題は苦手だ。
しかし幸村の為だと言い聞かせて、重い口を開く。

「越前には、その、付き合っている人はいるのか?」
「は?」
「あ、答えたくないのなら、別に構わない……」
質問がストレート過ぎたかと頭を抱えそうになる真田に、
「そういう真田さんこと、どうなんすか?」とリョーマは言った。

「聞きたいのなら、まず自分から答えるべきだと思うけど」
楽しそうな目をするリョーマに、真田は逆に慌てる。
「俺か?いや、そんな恋愛についてなど考えたことはない。
大会を前にして、そのようなたるんだ考えなどあり得ん!」
「真田さん。ちょっと声大きいっす」
「あ……」

いくら客の数が少ないとはいえ、迷惑になるような真似はするべきではない。
何事かとこちらに向けられる視線に恐縮しつつ、声のトーンを落とす。

「そういうわけだ。付き合っている人はいない」
「それはよくわかった」
「で、お前は?」

肝心の答えを聞かなければ、と真田は身を少し乗り出した。

「俺も同じっすよ。今はテニスだけで精一杯で、付き合う余裕なんて無い」
「そう、か」

ほっとして、肩から力を抜く。

(そうか。越前にも恋人はいないのか)

それなら幸村の望みが叶う可能性はゼロではない。
付き合っている人がいると言われたらどうしようかと心配したが、一つ問題はクリアした。

よし、と気合を入れて次の質問をしようとした瞬間、
「お待たせしました」
と、店員が注文の品をテーブルに並べる。

「うわ……美味しそう」

リョーマの目はあんみつに釘付けだ。
今聞くのは無理そうだと、口を閉じる。

「まず、食べるか」
「っす」

嬉しそうに笑顔を零すリョーマに、真田も知らず笑顔になる。

幸村の恋を隠れて応援しようと、その為にリョーマに会うつもりでいた。

だけど気付いたら、それと関係無く楽しい気持ちになっている。

友人とこうして二人でどこかに寄るのは、
心が温まるような、楽しくて優しい気持ちになるものだと、真田はこっそりと思った。


チフネ