チフネの日記
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2010年05月26日(水) miracle 22 真田リョ

まだ少しだけ時間があったので、空いているベンチ二人は腰掛けて会話していた。
主な内容はリョーマが怪我をした試合の件だ。

どうして瞼を切ることになったのか。
詳しく尋ねて来る幸村に、困りながらもリョーマは仕方なく説明してやった。



「そうか、スポット状態になった腕の所為でラケットが……」

眼帯に触れてくる幸村の手を好きにさせていると、
「痛い?」と訪ねて来た。

「それ聞くの、何回目っすか。痛くないって言ってるのに」
「越前君の痛くないは当てにならないからね。
瞼だなんて、こんな所を傷突けるなんて」

幸村は大袈裟に溜息をつく。

「もうこんな無茶したら駄目だよ?」

言われても、リョーマは黙って視線を逸らす。

たかがこの程度の怪我、もうしないなんて約束出来ない。
試合を続ける間に、もっと大変なことになるかもしれないのだ。
一週間ほどで治るなんて、怪我の内に入らない。


答えないでいると、「越前君」と幸村に顎を掴まれてしまう。
無理矢理視線を合わせ、「どうして約束出来ないの?」と言われる。

「だって、大した怪我じゃないから」
「大した怪我じゃないって?」

笑っているが、幸村の目が何だか怖い。
怒っているらしい。

「君が怪我したことで、心配している人がいることを忘れないで欲しいな」
「……」
「それに怪我を甘くみてはいけない。
ちょっとしたことが取り返し付かなくなって、テニスが出来なくなったらどうするの?
もう絶対こんなことしちゃ駄目だからね」

念押しされて、リョーマは黙った。

現在入院中の幸村の言葉には、重みがある。

だから渋々「わかった」と頷いた。

「そう。わかってくれたんだね」

満足そうに幸村は笑って、リョーマの頭を撫でた。
「怪我しないでとはいえないけど、無茶はして欲しくないな。
君がそうやって眼帯している姿は痛々しく見える。
もう、心配させないで」
「はあ……」

過保護、と心の中で呟く。
しかしもう言い返す気分になれず、頭に触れたままの幸村の手を好きにさせておいた。

少しの間だらだらと時間を過ごしたところで、幸村が口を開く。

「そろそろ戻らないとまずいかな。行こうか」

その声に、リョーマは「そうだね」と答えた。
もう日も暮れ掛けている。これ以上外にいるのも、幸村の体に障るだろう。

「部屋まで送るよ」
「いいよ。僕が玄関まで送るから」
「でも時間が」
「まだ大丈夫」

来た時と同じように手を引かれる。
優しげに見えて、幸村は案外強引だ。
こういう所があるから、部長職が務まるんあろうかと考える。
きっと有無を言わさず部員達に指示を出して、でも相手もつい従ってしまうのだろう。
真田もこんな風に上手くやれたら、悩むことは無かったかもしれない。

「どうかした?」
顔を覗き込まれ、リョーマは慌てて首を振った。

「なんでも無いっす」
「本当に?誰か……別の人のことを考えていたんじゃないの?」

ぎくっと、体が強張るのがわかった。

幸村は勘が鋭い。
それは同じ部の糸目の先輩を思い出される。
二人、似てるかも……と一瞬そんなことが頭を過ぎる。

「そうじゃなくて、ただ時間が過ぎるのは早いって思っていただけっす」
「ふうん」

なんとか誤魔化すと、幸村は「なら、いいけど」と微笑む。

「でも俺といる時は俺のことだけを考えて欲しいな」
「えっ」
「なんてね」

冗談っぽく笑う幸村に、リョーマはからかわれただけか、と肩を落とす。

(今のは冗談だよね。うん)

目は本気だったように見えたが、まさか、と否定する。
いくらなんでも友人に対してそんな風に言うはずがない。

勘違いだ、とリョーマは自分に言い聞かせた。


幸村に見送られて、病院を出る。
夕陽と夜空が交じる中、一人歩いて行く。

何だか少し疲れた。
家に帰って早くご飯が食べたいなどと考えていた所で、ポケットに入れてた携帯が鳴った。

表示を確認すると、相手は真田からだった。

「はい、もしもし?」
「真田だが……。今、話しても大丈夫か?」
「うん、平気っす。ちょうど病院を出たところだから」

数秒、真田が沈黙する。

「もしもし?真田さん?」
「すまない。お前にどう話そうか、ずっと悩んでいたのだが」
「ああ。俺達が会ってるって、幸村さんが知っていたことでしょ」
真田の言葉を遮り、リョーマは要点を口にした。

「幸村さん、気にしていないみたいだったよ。
特に問題は無かったっす」
「そうか……」
「でも、良かったね。これで色々解決出来るんじゃないの」
「どういう意味だ」
「いや、だって俺なんかより、幸村さんの方がずっと頼りになるでしょ。
立海テニス部にも働き掛けてくれるだろうし。
だから、もう……俺があんたの話を聞く必要は無くなったんだよね」

言いながら、どうしてだか虚しくなって来る。
成り行きとはいえ真田の相談に乗って、力になっているつもりだった。

しかし実際には、幸村の方がずっと頼りになる。
彼が真田の相談相手になるのなら、自分はお払い箱だ。

仕方無いんだ、とリョーマは携帯の向こうにいる真田に気付かれないよう、軽く溜息をついた。

だが真田は「そんなことはないぞ」と、否定の言葉を口にする。

「幸村が力になってくれるのは心強い。
だがそれでお前のことが不必要になったとは思わん」
「それって、どういう……」

真田はきっぱりとした口調で続ける。


「遠慮ない言葉をぶつけて来るお前に、心が軽くなるのがわかった。
色んな考えもあるのだと教えられた。
だからこれからは俺の悩みに関係なく、友人として会ってもらえないだろうか」

真摯な真田の声に、嘘は感じられない。

今までのことは無駄ではなかった。
真田の励みになっていたと思うと、嬉しくなる。

だから「いいっすよ」とリョーマはその提案に賛成した。

「では、決まりだな。
それから近々会えないだろうか」
「いいけど。何?幸村さんの所に一緒に見舞いに行こうとか、そういうこと?」
「それも考慮しよう。
だがまた別の話だ。その、友情の為にしなければならないことが出来たからな」
「何それ?」
「こっちの話だ。とにかく、会って話がしたい」
「はあ……」

さっぱり見えない話に首を傾げるが、とにかく真田が会いたがっていることはわかった。

「じゃあ、明日は委員会の当番があるから、明後日はどうっすか?」
「俺は構わない。ではまたその時に改めて話をしよう」
「うん、わかった」

挨拶をして、携帯を切る。
再びポケットへと収めた。



それにしても電話で言えないような話とは、なんだろう?

口振りからして、また何か悩みを抱えたのかと推測する。
よくよく色んな悩みを抱えるものだ。
しかしそれも真田の生真面目な性格から来るものだろう。
正直で、不器用な人。

そんな彼が自分と一緒にいて気持ちが軽くなると言うのなr、
惜しみなく手を伸ばしてあげたいと思う。

この手は二本ある。

一方は幸村に、もう一方は真田に。

それでバランスは崩れることはないと、根拠も無くそう思った。


チフネ