チフネの日記
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2010年05月25日(火) miracle 21 真田リョ

誰かの恋の応援とは、どういう風にするものだろう。

考えても、良い案が浮かばない。

誰かに聞くわけにもいかない。

幸村は自分のことを信用して、リョーマが好きだと打ち明けてくれたのだから。

(しかし困ったな……)

気持ちだけとは言ったが、ここは友人の為に何かするべきだろう。
きっと幸村も喜んでくれるはず。

だが恋愛問題は、真田にとって最も苦手とするものだ。
幸村とリョーマが上手く行くような手助けの仕方など、思いつくはずがない。

唸りながら歩いていると、
「どうした、弦一郎」と柳に声を掛けられる。

「朝から深刻そうな顔をしているな。
昨日、幸村に言われたことが相当堪えたのか?」
「いや、それは問題無い。……いや、しかし新たな問題が浮上したような」
「弦一郎?」
「なんでもない」

幸村が自分から話さない限り、この件は黙っておこうと決める。
柳は信用出来る男だが、自分の知らない所で言われるのは良い気分じゃないはずだ。

「大丈夫だ。俺は俺でやれることをするまでだ!」
「……そうか。頑張れよ」

何も聞き返すことなく、柳は黙って横を歩いている。
きっと気を利かせて、深く詮索してこないに違いない。

やっぱり良い友人だと、改めて柳のことを賞賛する。


しかし柳は全く違うことを考えていた。

(ぶつぶつ呟いて、情緒不安定のようだ。
やはり幸村が何か言ったに違いない。
あまりきつく当たるなと、一言申し出るべきだろうか……)

大会前に副部長が壊れたりしたら大事だと、柳は小さく溜息をついた。

心配事は真田だけではない。
部内全体についても同じことだ。

ふと反対側の道に仁王がふらふらと歩いているのが見えて、柳は足を止めた。

どこか虚ろな表情をしている彼が、心配になったからだ。

「弦一郎。悪いが先に行ってくれないか」
「あ、ああ」

真田が頷いたのを見て、柳は仁王が歩いている歩道へと移動する。

「仁王!」
「なんじゃ、参謀か……おはようさん」
「おはよう、はいいが。すっきりしない顔をしているな。
夕べはきちんと睡眠を取ったのか?」
「さあ、な」
「仁王。茶化していないで、きちんと答えろ」
「……」

ふいっと、仁王は目を逸らした。
どうやらあまり眠っていないようだ。

「練習にはちゃんと出てる。問題ないじゃろ」
そう言って仁王は逃げようとする。
が、柳はその前に腕をぐっと掴んだ。

「問題無いわけないだろうが。
今のままで、試合に勝てると思っているのか。
これから全国へ向けて、相手ももっと強くなる。
いつまでも勝てると思うなよ」
「そう思うじゃったら、俺をレギュラーから外せばいい」
「仁王!」

少し声を上げても、仁王は全く動じることは無い。

どうしたものかと考えていると、
「二人共、どうかしたのですか」と声を掛けられる。
顔を向けると、柳生がこちらに急いで近付いて来るのが見えた。

「仁王君、また何かトラブルでも起こしたのですか?」
「俺は何もしとらん。参謀が勝手に絡んで来ただけじゃ」

ふん、と仁王は乱暴に掴んでいる手を振り払う。

「さっき言ったことは本気じゃ。
問題あるのなら排除でもなんでもしてもかまわんぜよ」
「仁王……」

あまりの言い分に絶句している間に、仁王はさっさと学校へ向かってしまう。

「一体、どういうことなんですか?」

怪訝な顔をしている柳生に、額を押さえながら柳は簡単に今の出来事を説明する。
こんなこと、真田にはとても言えない。
今はダブルスの相方である柳生に、なんとかフォローしてもらうしかない。

「わかりました。出来るだけ、仁王君から目を離さないようにします」
「頼む。それと真田との接触も避けるようにして欲しい。
レギュラーを落とせばいいと二度もそんなことを口に出したら、殴られるだけじゃすまなくなるかもしれない」
「そうですね。そちらも気を付けましょう」

頷く柳生を見て、少しはマシな事態になればいいが、と柳は考える。

しかし根本的な解決をしなければ、結局何も変わらない。

幸村だったら、こんな時どうするだろう。

(あいつの抜けた穴は大きい……)

考えても仕方無いことだ、と柳は軽く首を振る。

今ここにいるメンバーでなんとかするべきだ。

なんとかしなければ、と背筋をすっと伸ばした。



















その日の夕方。

リョーマは約束通り、幸村の病院を訪れた。

検査の結果も気になるが、それよりまず彼に謝罪するべきだろう。
試合が終わったら寄ると言ったのに、その約束を破ってしまった。

ずっと待っていてくれた彼のことを思うと、何度謝っても足りない気がする。
合わせる顔が無くとも、逃げてはいけない。

思い切ってドアをノックすると、
「どうぞ」と幸村の声が聞こえた。

一つ深呼吸して、リョーマは中へと入った。

「やあ、越前君」

幸村はいつものように穏やかな笑みを浮かべて窓辺に立っていた。

「君が来るのをここから見ていたんだ。
あんなに急いで来なくても良かったのに。
ああ、それに傷が痛々しく映るよ。大丈夫なのかい?」

怒ってはいないようだ。
でも内心では傷付いているかもしれない、とリョーマは思い直す。

ここは誠意を見せるべきだ。

入り口に立ったまま、「昨日はごめん」と謝罪の言葉を口に出した。

「ここに来るって約束してたのに、守れなかった。
悪かったと思ってる」

最後まで聞いてから、幸村は少し首を傾げた。

「そんなに謝ることじゃないよ。
だって試合中に怪我をしたんだよ。
しかも目なんて大事な所。
治療もしないでこっちに来て欲しいなんて、思ったりしないよ。
だからそんな顔しないで」
「……けど」
「いいから。それより今日は中庭に出てみない?
ちょうど花が綺麗に咲いているんだ。君にも見てもらいたいな」
「えっでも、いいんすか?」

いくら授業が終わった後に直行したとはいえ、もう夕方と言える時間だ。

しかし幸村は「平気だよ。夕飯までに病室に戻って来れば問題ない」と言った。
そして笑顔で近付いて来て、さっとリョーマの手を取る。
引っ張られる形で、エレベーターに乗って1階へ降りる。
その間も手は繋いだままだ。

二人は中庭へと直行する。
風が出て来た所為か、人影は他に無い。
リョーマも幸村の体調が気になって仕方無いのだが、彼がここに来たがっているから無理に帰ろうとも言えない。

夕陽が差し込み、花壇を紅く照らしていた。

その中の一つに近付き、幸村は口を開いた。

「この辺りの花の世話は俺がしているんだ。
といっても無理は出来ないから水をあげる程度なんだけどね。
お手伝いしたいってお願いして、特別に認めてもらった。
花の世話をすると、なんだか気持ちが上向きになるんだ。
家にある花達のことを思い出すからかな」

薄紫の花びらに触れながら、幸村は寂しそうに笑った。

家に帰りたくない、はずがない。
今だってすぐに退院していはずだ。
そして思い切りテニスをして、大会を勝ち抜く。

当たり前のことが失われた今、毎日をどんな気持ちで過ごしているのだろう。

代わり映えのしない日々の中で、
誰かが訪ねて来てくれることは、幸村にとってささやかでも楽しい時間に違いない。
なのに自分はその約束を破った。

しかも呑気に真田と寄り道して、すっかり頭から抜け落ちてしまったなんて。

(最悪だ……)

やっぱり許されることじゃない、とリョーマは唇を噛んだ。

「越前君?どうかしたのかい?」
「あの、俺、幸村さんに言わなくちゃいけないことが」
「それって、真田のこと?」

先に言われて、リョーマは眼帯が無い方の目を見開いた。

そのまま固まってしまっていると、
「昨日、真田が打ち明けてくれたんだよ」と幸村は言った。

「君と会って、相談に乗ってもらっているって。
俺に負担を掛けるから言えなかったって、全部話してくれた。
けど黙っているのも限界だと思っていたらしくてね。
検査が終わるまでずっと待っていて、その後で全部聞いたよ」
「そう、っすか」

何だ、とリョーマは脱力した。

でもこれで幸村に対して誤魔化したりする必要がなくなる。
真田が先に言ってくれて良かったと思う。
相談に乗っていることを幸村に勝手に告げるのは、さすがに気が引ける。


「真田さんと会ったのは偶然で……。
あの人、なんか思い詰めた顔をしていたからそれで話しを聞くことになったんだ。
それだけっすよ」
「うん。わかってるよ」

幸村は頷く。

「君達が仲良くなってくれて、嬉しいと俺は思ってる。
だって二人共、大切な友達だからね」
「幸村さん……」
「けど、一言話してくれても良かったのに。
なんだか二人が秘密を作ったみたいで寂しかったな」
「そんなこと無いっすよ!誤解だって」

強く否定すると、「うん、わかってる」と笑われる。

「ひょっとして、俺のことからかってる?」
「ちょっとだけね。いいじゃないか、君達二人が俺に早く相談しなかった罰だよ」
「それは……。真田さんが、本当に幸村さんには負担掛けたくなさそうにしてたから。
本当に真面目というか、融通が利かないというか。
頑なな人だよね」
「けど、いい奴だよ。真田は。
君にもわかってるでしょ?」
「まあ、それは……」

真田の真面目なところは好ましいと思う。
自分には到底、真似出来ない。
だからこそあのまま彼が潰れるのは、見たくないと思った。

話を聞いて真田が楽になれるなら、微力ながらの手伝いでも自分にでも出来る。

どうしても幸村には言えない部分はあるだろう。
真田は必要以上に、幸村を気に掛けている。退院まで揉め事に巻き込みたくないと頑なに守ろうとしている。

(不器用な人、なんだろうなあ)

だからこそリョーマも手助けしようと決めたのだった。


「真田は俺にとっても自慢の友人だよ」
幸村はにっこりと笑った。

「君が相談に乗ってくれて、助かった。
あいつ……、俺には話してくれなかったんだ。心配掛けたくないからって。
けど一人で悩んでどうするつもりだったんだろうね。追い込まれるだけなのに。
だから越前君が真田の話を聞いてくれて良かったよ。
でなかったら、部長代理を辞めると言い出していたかもしれない」
「そうなの?」
「うん。君の優しさが真田を救ったんだよ」
「優しい?俺は別にそんなつもりじゃ」
「ううん。君は優しい子だ。
俺にはわかるよ」

握っていた手を引き寄せられた、と思ったら、甲に幸村がそっと唇をつける。

何していたのかよくわからずぼんやり見ていると、
「驚かないんだ?」と幸村は意外そうな声を出した。

「自分でやっといて、何聞いているんすか」
「そうだね。けど、君はこの程度じゃ動じないことがわかった」
「はあ……」

納得しているような幸村に、なんだかわからないとリョーマは眉を寄せた。

「その内もっと驚かせてみせるから、楽しみにしてて」
「一体何をするつもりっすか」
「さあ?」

フフフ、と笑う幸村に、リョーマは変なことじゃなければいいけど、と思った。

(びっくりさせられないよう、これから気をつけよう……)

意外と子供っぽいんだから、と溜息をつく。

そんなリョーマの心境など知らず、
幸村は「越前君。真田は大丈夫だよ」と言う。

「大丈夫って?」
「元々立海の揉め事だ。君が気にすることはない。
部長として、真田の相談には俺が乗るから心配ないよ」
「そう、っすか……」
「うん。それでも真田がどうしても君に話したいことがあると言うのなら、
後で何を相談したのか教えてくれるかな?
立海のことだとしたら、俺も把握しておきたいからね」
「……うん」

頷きながらも、どこか釈然としない。

幸村はあまり部内のことに関心無さそうと感じたのは、気のせいだったのだろうか。

不自然さを感じ取りながらも、嫌とは言えない。

幸村の言う通り、立海のことに口出しする権利は無いのだから。

それに真田にとっても幸村が味方についてくれた方が、嬉しいに違いないはずだ。

(俺には話を聞くこと位しか出来ないから、幸村さんの方がきっと心強いよね)

問題が解決しそうで良かった、と思ったけれど、
どこか寂しくも感じる。

笑顔でいる幸村にはとても言えず、リョーマは複雑な気持ちのまま提案に従った。


チフネ